第3話 気儘な怪物

「ん……んん?」


 夜会の翌日、エマは作業台の上で目を覚ました。


「私……生きてる……」


 ぼんやりとした意識のまま、ゆっくりと体を起こす。

 振り返るとカンタレラが、真白な瞳でエマを見つめていた。


「おはようエマ」


「あ、おはようございます……」


「可愛いお尻だね」


「えっ……きゃあ!?」


 エマは丸裸で寝ていたことに気付き、慌てて作業台の裏に隠れる。


「ちょっと、どうして私は裸なのですか!」


「裸でやる事なんて、一つしかないでしょ?」


「ひえっ!?」


「冗談だよー」


 クスクスと無邪気に笑うカンタレラ、どうやらエマをからかって楽しんでいる様だ。


「ところで体の調子はどう?」


「体の調子って……あれ?」


 エマは自分の体を見て驚愕する。

 鞭打ちの痕も虐待の傷も、綺麗さっぱり消え去っているのだ。


「寝てる間に治しておいたよ」


「あんなに酷かった傷を、一体どうやって?」


「アタシの細胞を分け与えたの」


「さ、細胞?」


 訳の分からない状況ながらも、エマは必死に頭を働かせる。


「えっと……とりあえず質問です、あなたは何者なのですか?」


「アタシはカンタレラだよ、自己紹介したのに忘れちゃったの?」


「名前を聞いているのではありません。いきなり地下室に現れて、大量の毒薬を飲んで、私の傷を全て治して、とても普通ではありません」


「そうだね、普通じゃないかもね」


「人間……ではありませんよね?」


「アタシを人間なんかと一緒にしないで」


「では亜人ですか?」


「亜人とも違うよ、強いていうなら怪物かな」


「か、怪物……?」


「歩く厄災とか、彷徨う猛毒とか、こどくの王って呼ばれたこともあるよ」


 いちいち理解不能なカンタレラの発言に、いよいよエマは頭を抱えてしまう。


「ねえねえ、それより朝ご飯を作ってよ」


「朝ご飯?」


「そうだよ、もう全部飲んじゃったから」


「全部って……えっ」


 エマは地下室を見渡し、驚きの余り目を丸くする。


「ええぇーっ!?」


 空のビーカー、割れたフラスコ、そして転がる薬瓶。エマの作った数々の毒薬は、一滴残らずカンタレラに飲み干されていたのである。



 ──────。


 ────。


 ──。



 数刻後、綺麗に片付けられた地下室で、エマはフラスコと睨めっこしていた。

 無色透明な液体を薬瓶に注ぎ、丁寧にラベルを貼り付ける。髑髏マークの描かれたラベルを見るに、何かしらの毒薬なのだろう。


「ふぅ、最低限の量は完成です」


 数刻前まで空っぽだった薬棚は、薬液の入った薬瓶で埋まっている。どうやらエマは僅かな間に、薬棚を埋めてしまう量の毒薬を作ったらしい。


「毒薬でいっぱい、もう飲んでいいよね?」


「ここにある毒薬はご主人様の大切な商品です、勝手に飲んで良い物ではありません。そもそも毒薬を飲もうとしないでください!」


「でも美味しそう──」


「美味しそうではありません、毒です!」


 エマの迫力に圧倒され、カンタレラはしぶしぶ作業台に腰かける。


「さて、改めてあなたに質問があります」


「カンタレラって名前で呼んでほしいなー」


「……ではカンタレラ、どうして地下室にいたのですか? どうして毒薬を飲みたがるのですか? どうして毒薬を飲んでも平気なのですか?」


「むぅ、質問ばかりでつまらないよ」


 立て続けの質問に機嫌を損ねたのか、カンタレラはそっぽを向いてしまう。しかしエマは諦めない、液体の入ったフラスコをチラチラと振って見せる。


「毒ですよ、飲みたいですか?」


「飲みたい!」


「質問に答えてくれたら差し上げます」


「分かった、何でも質問して」


「それではまず、どうしてカンタレラはこの地下室にいたのですか?」


「毒の香りに誘われたんだよ」


「毒の香りですか……ここは地下室です、どうやって侵入したのですか?」


「あそこから入ってきたんだよ」


 カンタレラは天井に開けられた通気口を指差す。

 小動物でも通れるか怪しい小さな通気口だ、しかも鉄の格子まで嵌められている。どう考えてもカンタレラに通り抜けられるとは思えない。


「あんなに狭い穴からどうやって……」


「ニュルニュルって入ってきたんだよ」


「ニュルニュルですか……分かりませんけど分かりました。では次の質問です、どうして毒薬を飲みたがるのですか?」


「好物だからだよ」


「毒を好む生物なんて聞いたことありません」


「聞いたことなくて当然だよ、この世にアタシと同じ生物は存在しないから」


「……やっぱり分かりません、どうして毒薬を飲んでも平気なのですか?」


「それは答えたでしょ、怪物だからだよ」


「怪物って何なのですか……」


「怪物は怪物だよー」


 カンタレラは受け答えに飽きてしまったらしく、エマの手からフラスコを掠め取ると、勢いよく中身を飲み干してしまう。


「平気ですか?」


「うん、程よい苦みで美味しかった」


「はぁ、そうですか……」


 勝手気儘なカンタレラの言動に、思わずため息をつくエマなのであった。

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