第2話 真白な少女

「お代わり貰える?」


 どこからともなく現れた、雪の様に真白な少女。

 おどけた様に首を傾げ、ペロリと舌を出して見せる。どうやら可愛らしい仕草で何かしら誤魔化そうとしてるらしい。しかし残念ながら誤魔化せる状況ではない。


「ここで何をしているのですか!」


「えっと、アタシは通りすがりの……」


「こんな地下室を通りすがる訳ないでしょう、あなたは何者なのですか!」


 傷だらけな体のことも、主から承った命令も忘れて、エマは真白な少女へと詰め寄る。


「ああ、自己紹介? アタシはカンタレラだよ、アナタは?」


「あ、初めましてエマです……って、自己紹介はどうでも良いのです!」


 カンタレラと名乗った少女は、ビーカーやフラスコを転がしながら地下室を逃げて回る。

 地下室に散乱する空っぽのビーカーやフラスコ、その光景を見たエマの顔色は真っ青だ。


「ちょっと待ってください、これ全て飲んでしまったのですか!?」


「うん、ダメだった?」


「ダメに決まっています! ここは毒薬を作る工房なのです、ここにある薬液は全て私の作った毒薬なのです!」


「これ全部エマが作ったの? 凄い凄い、天才だね!」


「あ、ありがとうございます……って、そうじゃなくて! 飲んだら死んでしまうのですよ!」


「でもアタシは平気だよ?」


「そんな訳ありません、こんな大量に飲んだら数秒で死に……え?」


 ここにきてエマはようやく真の異常事態に気付く。

 散乱するビーカーやフラスコには毒薬が入っていたはず、それをカンタレラは全て飲み干したと言うのである。

 本来であればとうに死んでいるはず、にも拘らずカンタレラはピンピンしているのだ。


「どうして平気なのですか……?」


「怪物だからかな?」


「怪物? 何を言っているのです?」


 全く状況を理解出来ず、パニックに陥るエマ。

 とその時、壁に取り付けられたベルがけたたましく鳴り響く。


「はっ、ご主人様の命令を忘れていました!」


 エマは慌てて薬棚へと向かう、しかし並べられた薬瓶の大半はカンタレラに飲み干された後だった。


「ああ、ほとんど残ってないです。これで足りるかな……とにかくご主人様に届けなくては!」


「騒がしいなぁ」


 エマは無事だった薬瓶を回収し、バタバタと地下室から走り去る。

 そうして一人残されたカンタレラは、のそのそと薬棚を物色するのだった。



 ──────。


 ────。


 ──。



 数刻後、夜明けと共に魔女の夜会はお開きとなった。

 虐げられていた亜人の子供達は、黒塗りの馬車で運ばれていく。行き着く先は一体何処か、どこへ行こうとも地獄であることに変わりはないだろう。


 一方エマは階段を下り、地下室へと向かっていた。


「はぁ……はぁ……、また鞭で打たれてしまいました……」


 肌は赤く腫れ上がり、ポタポタと血を滴らせている。弱った体を懸命に引きずり、ようやく地下室へと辿り着く。


「あ、おかえりー」


「はぁ……まだいます……」


 雑然とした作業台の上で、ゴロゴロ寝そべるカンタレラ。どうやらあれから毒液を飲み続けていたらしい。


「幻ではなかったのですね……」


「もしかしてアタシを幻だと思ってたの?」


「だって……こんな……」


 言葉の途中でエマはバッタリと倒れてしまう。もはや立っていることすら出来ない程、酷く衰弱していたのだ。


「あらら、大丈夫?」


「大丈夫に……見えますか……?」


「うーん……数時間前まで元気にツッコんでたよ?」


「誰のせいだと思っているのですか……」


「エマ死んじゃうの?」


「どうでしょう……、でも……別に死んだって構いません……」


「そうなの?」


「はい……、生きていたって……一生奴隷なのですから……」


「アタシはエマには死んでほしくない、だってエマの作る毒は美味しいから」


 カンタレラは倒れたエマを抱きかかえ、作業台の上へと寝かせる。真白な体はエマの血で、見る間に赤く染まっていく。


「もっと沢山エマの作った毒を飲みたいな、だから……」


 薄れゆく意識の中、白い何かに包まれながらエマは静かに意識を失う。


 そして──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る