第50話 未来
長い長い夏休みも、青春を謳歌せし学生にとっては短いもの。一日が過ぎ、夜になり冷静になると、もう一日が終わるのか、とふと思う。その繰り返しを送っていくと、いつの間にか夏休みなど終わっている。そんなものである。
しかしだ。その、夏休みが早く過ぎ去る現象を回避……とまではいかないが、軽減することならできる。
今日は8月1日。この1ヶ月をどう過ごすか。楽しい日々を満喫するか、いつも通りの平穏を過ごすか。これはシンプルに見えて実は深い選択肢である。
人間とは不思議なことに、楽しい時間というものは短く感じ、退屈な時間というものは長く感じるものである。
つまり、楽しむと言うことは、体感時間の1ヶ月は早く過ぎ去り、逆にいつまでも1ヶ月を楽しみたいのなら、退屈な日々を過ごせという。
これは学生にとって……いや、社会人の長期休暇も含め、究極の二択なのだ。
「…とか考えてる時間が無駄じゃない?」
「玲夢さん。元も子も無いこと言わないでもらえます?そして俺の思考を読まないで?なんか最近俺の思考読む人増えすぎじゃない?」
「夏休みを長く感じたいのは分かるけど、意味の無いつまらない時間をダラダラと過ごす方がもった無いでしょ」
「そりゃ分かってるよ。だからこそ、人は悩むのだよ」
格言っぽく述べたものの、それに対して呆れの意を込めた視線で返された。そして、その視線を続けたまま俺に問いを投げかけた。
「自分の好きな物に溢れた部屋で一日と、真っ白で何も無い無菌室で1週間。どっちで過ごしたい?」
「残念だな。そんな現実離れした究極の選択肢は現実には起きない」
「ま、そんなこと悩まなくてもバカ兄には考える暇さえ無いよ。きっと」
「は?どゆこと?」
すると、テーブルの上に置いていたスマホの通知音が鳴った。
スマホを見てみると、愛依からのメッセージが来ていた。
「ほらね?」
「タイミング良すぎて怖いわ」
澄ました顔で答える玲夢にやや恐怖を感じつつ、愛依からのメッセージを読む。
『急なんだけどさ。今日、会える?』
送られてきたのはその一文のみだった。
海に行った日から数日。あれからまだ愛依とは会っていない。
あの日、愛依の親は再婚相手と会っていたって言ってたし、その関連だろうか。結構思い悩んでいたし、ちょっと心配だな。
「行ってら~」
「お前は人のスマホを勝手に覗き込むな!」
俺の背後からスマホを覗き込んでいる玲夢から送り出され、待ち合わせの場所まで向かう。
そして見つけた。一人、待ち合わせ場所に立つ愛依を。
「早かったな。俺も早めに出たつもりなんだが」
「うん。私も早めに出てきたの」
「それで、話って…」
「まだその話は後。少し歩こ?」
「ん?あ、ああ」
心なしか少し空元気な気がするが、今はそっとしておこう。今回の話の内容もなんとなく読めてるし。
そんな愛依と共に街へ繰り出す。特に目的もなくただ駄弁りながら。学校での話から夏休みの話、この前の海の話など様々。
そんな中、少しの沈黙が続き、一拍おいて本題へ移った。
「親の再婚の話さ。ほぼ決まってるっぽいんだよねー」
「……そっか」
「うん。再婚相手も、その子供とも仲が良いみたいで。実際、この前私も会ったんだよね」
「そうなのか」
「第一印象は、落ち着いた人って感じ?話してても、真面目そうな感じで、でもどこか抜けてるような誠実そうな人。ちょっと夕くんに似てるかも?」
「親子揃って同じタイプが好きなのか?」
「その言い方やめてくれない?なんか複雑…」
「悪い悪い」
この前の夜のように取り乱すことなく、落ち着いた声音で話していく愛依。実際に会ったことも大きいのだろう。
でも、まだ少し割り切れていないような気もする。環境が変わるんだから無理もないだろう。
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「ん?」
「少し、気になってたんだよね。夕くんも、母子家庭…でしょ?」
「あ…そうか。愛依には話してなかったな。咲希からも聞いてないのか?」
「聞ける訳ないじゃない。こんなこと」
「そうだな……」
「あ、嫌なら言わなくてもいいよ?」
「いや、大丈夫だ。咲希と仲直りした時に乗り越えた話だ」
それから俺は愛依に話した。
神外家のこと。神外秋久という男がもたらした俺と咲希の決裂、そして別れ。それからの俺と咲希のことを改めて。
その全てを話した頃には、隣にいる愛依は涙を流していた。
「ごめん……。そんな…」
「いいよ。もう過ぎたことだ」
「……でも、神外って……」
「ああ。母さんの計らいでそのまま神外を名乗ってるんだ。あ、もちろん正式にな?小さい頃の俺には分からなかったけど、多分、俺や玲夢達に気を遣ったんだろう。名字が変わると、周りの人達に離婚したって分かるだろ?そうなると俺達の学校で、いろいろ面倒なことになるかもしれない。そう思ったんじゃないかな」
そう。母さんは本当に優しくて強い。母さんからしたら、神外ってのは最低の夫の名前。それがずっと付きまとうのだ。悲しい記憶が一生付きまとう。これがどんなに辛いことだろう。
「そうだったんだ…」
「今じゃ楽しくやってるんだ。結果よければ全てよし。なんて気安くは言えないけど、でも、これでいいんだよ。玲夢と李湖も幼いながら辛い記憶を負ったけど、今は大丈夫そうだしな。母さんだっていつもほわほわしてちょっと抜けて変わった人やってるし」
「ふふっ。皆強いね」
「どうだかな」
「私も、そうあれればいいな」
「大丈夫だよ。前も言ったろ?お前はお前だ。何も変わらない。俺はちゃんと愛依を見てる。もちろん、俺以外の皆も」
「……うん!」
さっきよりも少し明るくなった愛依。
やっぱり愛依は、いつも明るく輝いている方が似合っている。そう思う。
「ちなみに名字は何になるんだ?」
「えっと、
「双葉か。しばらく慣れないな」
「大丈夫。すぐまた変わるし」
「え?」
「え?」
しばしの沈黙が続いた後、二人して笑い合う。我ながら、とんだバカップルっぷりに呆れながらも、ずっとこんな日々が続けばいいと心から思った。
決してフラグではない。
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