第45話 修羅場
失神者が二名出てしまった後、親が居る手前、居心地が悪くなり、二人のことは保護者二人と李湖に任せ、俺は一人で波に揺られていた。
浮き輪の上に寝転がり、焼き付ける日差しを右手で防ぎながら雲一つない青空を見上げる。
夏休みの娯楽のはずが、なぜこんな疲れる。それも肉体的ではなく精神的に。
しばらく、ぼーっと青空を見上げていると、突然水飛沫が視界に飛び込んできた。
「うぉっ!」
咄嗟に日差しを防いでいた右手で飛んでくる水飛沫から顔を守る。
「くっ。仕留め損ねたか…」
「今普通に起きててこんなことするのは……咲希だな…」
「残念。小鳥遊文弥でした」
「お前の高い声で男の声は無理があるぞ。そもそも、文弥のやつはまだどっか行ってるし」
「その小鳥遊くんに気を使わせた挙げ句、彼女とイチャイチャして妹を卒倒させたバカップルはどこのどいつだろうね~」
「さぁね。で、玲夢の様子は?」
「まだ寝てる。李湖ちゃんがイタズラしてるけど全く反応してなかった」
「そうか。李湖には程々にしとくように言っとかないとな。で、お前は診てなくていいのか」
「保護者も二人居るし、李湖ちゃんも居るからね。だから後は任せちゃった」
「任せちゃったって…」
なんて言ってる俺も、波に揺られてるんだけどな。まぁ、ちょっと熱くなった頭を冷やすという目的もあったんだけど。
「まぁ、たまには二人きりで遊ぼうかな~っていう下心も無くはないんだけどね」
「あー……確かにここのところ、いつも玲夢や李湖と一緒だったし……今日も愛依とばかり居たからな…」
「そうそう。仲直りしてからの方が二人で接することが少なくなるなんて。皮肉よね」
「仲直りしてすぐの頃、昼休みの空き教室で俺の腕にコアラのようにずっと抱き着いていたのは誰だろうな」
「むっ。あれは愛依ちゃんがゆーくんのこと狙ってたからですぅ」
頬をぷくっと膨らませて大袈裟に怒ってますアピールをしてくる咲希。
何でこう、美少女ってのは自分の魅せ方を理解しているのだろうか。普通の女子ならあざとすぎてイラッとくるだろうが、こいつがやると普通に可愛くて困る。これだから男ってのは。
「……で、お前は何をしようとしてる?」
「ほらほら、もっと詰めて」
「お、おい…」
急に水中に潜ったかと思うと、俺が入っている浮き輪に咲希まで入ってきた。大きめの浮き輪と言えど、高校生二人が入るにはギリギリである。
「んしょっ。ふ~。海って波に流されてるだけで気持ちいいよね~」
「いや、それはそうだけど。何でお前まで入ってくる。テントにもう一つあるだろ」
「いいじゃん。別に兄妹なんだし」
「兄妹つってもなぁ…」
兄妹とは言うものの、あくまで俺達は義理の兄妹。いや、正確には義理の兄妹でもない。正しくはただの幼なじみ。親友である。俺もよく覚えてないけど、昔は一緒に風呂に入ったりするまでの仲だったらしい。
が、それは昔の話だ。今じゃ高校生の男女。俺もそうだが、咲希だって女らしく成長しているのだ。
「………」
「ん?どしたの?」
「別に。狭いな、と」
「……ふぅん」
何かを察したのか、こちらへ振り返り、愛依譲りのイタズラな笑みを浮かべる咲希。
「抱きついてみたり~」
「うおぉい!?」
ぎゅむっと柔らかい肌が真正面から密着してくる。とても小ぶりとは言えない胸に、スタイルも良く肉質のいい身体。おまけに水着姿。咲希の体全身が凶器だった。
「さ、咲希…さん?コアラにも程がありますよ……?」
「ふんふん…」
「な、何だよ…」
俺の顔をじっと見つめる咲希。まるで何かを確かめるような調べるような目で。
「………」
ごくり。
真剣な眼差しについ生唾を飲む。
「今の状況、愛依ちゃんに見られたら修羅場だよね」
「でしょうね!?」
何を言われるかと思えば、とてつもなくまずい可能性の示唆だった。
こんな浮き輪に二人で入って更に密着状態。
見られれば修羅場。浮気現場目撃である。
「うわき。うきわ、だけにね」
「黙らっしゃい。そして離れなさい。既に周りからの視線が気になるからやめなさい」
「くっ。愛依ちゃんと私に何の差があるんだ…!」
「いや仮に愛依がこんなことしてきても拒むわ。差というかそもそもここが公共の場なのが問題だ」
咲希の誘惑に耐えつつ、ボケにツッコミを返すという高等テクを繰り出すも、一向に離れる気配がない。力ずくで引き剥がそうにも、そもそも浮き輪の中なのでどちらにせよほぼ密着しているんだがな。
「ん?」
「ん、次はどうしたよ」
「………愛依ちゃん復活してる…。浜辺から明らかにこっちを凝視してる」
「はっ!?」
咄嗟に振り返り、浜辺の方を見渡す。沢山の人達がひしめく中、ジーっとこちらを見つめる女性の影があった。
「ひっ…!」
「ふふ。御愁傷様です。ゆーくん」
「てめぇも同罪だわ!と言うか俺に非はないと思うが!?」
「そんなことを言う人には、こうだ!」
愛依の視線に気付いた後も、咲希は離れることなく俺に抱きついている。そして、咲希による追い討ちはここからだった。
咲希の抱き締める強さが増し、肩に頭を置いてくる。ここまでくるとコアラと言うより親に甘える子供だ。
「おいこら!ふざけんなお前!」
「どうせバレたんなら更に修羅場化させてやる!」
「悪魔か!!」
そう言ってる間にも浜辺の方からドス黒いオーラのようなものを纏った視線を感じる。これは早々に引き上げて謝らないと命の危険さえ感じる。
と思うのも束の間。愛依の方からこちらへ向かって来ていた。
一歩一歩と砂浜を踏みしめる度に何やら覇気のような何かを発している気さえする。周りの人達が気を失うように泡を吹いて倒れ……まではないが、道を開けるように愛依の通り道を空けていくという奇妙な光景があった。
「フフフ」
そして、海まで浸かり、俺達の前までくると、冷たい笑みを浮かべた。
「あ、愛依。聞いてくれ。これは咲希が急に抱きついてきたんだ。そしてお前の視線に気付いてからは更に強く抱きついてきたんだ。そしてお前はいい加減離れろ!」
「それが最期の言葉で、いいのね?フフフ」
「怖い怖い怖い!目が据わってる!」
「大丈夫。あなたが逝った後…私もすぐ逝くから……」
「怖い怖い怖い!!闇堕ちしてる!」
「ふわぁあ~。ゆーくん温かくて眠くなってきた…」
「お前はマイペースだな!?お、おい。愛依さん?落ち着いてその右手の拳を下げようか。その無駄にプルプルと震わせている右手の拳を下げてくれません??あの、マジで、ホントに、や、やめ…!」
その後、何が起きたかはこの場にいる3人のみぞ知る。
しかし、俺はこの時の記憶をなぜか失い、愛依は何も答えてくれず、咲希はこの話になると体を震わせて何も答えられず、事の真相を知ることは叶わないのであった。
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