第41話 もう大丈夫

友人と妹、そして保護者2人と海に来ていた俺は、とある事件に遭遇してしまった。


目の前には、全身を砂に埋められ、横になっている変死体。かろうじて頭だけが砂から出ており、何かを訴えるようにこちらを見てきていた。


「南無」

「助けろよ!何で俺がこんなことになってんだ!呼ばれたと思ったら埋められたんですけど!?」


砂に埋もれている人物は文弥だった。

事情を説明すると、愛依から呼ばれた文弥は、「ちょっと横になって」と言われ、それに従って横になると埋められたのだ。


「おかしいだろこの状況!端から見たら恐怖だろ!ホラーだよ!」


確かにこれは間違いなくホラーだ。

何せ、砂にのだ。よくある地面の上に寝転がって、その上から砂で訳ではない。

きっと、事前に地面が軽く掘ってあって、そこに埋められているのだ。


つまり、端から見たら地面から顔だけが覗いているというホラー以外の何物でもなかった。


「ていうか、よくこんな掘ったな。スコップとか持ってきてたか?」

「そこは気合い」

「手作業かよ…」

「あの!?そこのお二人さん!?悠長に高みの見物しないでもらえますかね!?見世物じゃないんですけど!」

「え、観光名所『地面から生える顔』じゃないのか?」

「心霊スポットじゃん!?」


このまま放っておくのは簡単だが、流石にこれは助けた方がいいだろう。他の人が近くを通った時に騒ぎになる可能性だってある。

第一、このままじゃ何かの弾みで砂から出ている顔まで埋まって生き埋めにもなりかねない。


「はぁ。愛依、助けるぞ」

「むぅ…せっかく掘ったのに」

「それに関してはご苦労様…。掘り起こすぞ」


愛依と共に砂を掻き出して文弥を助けると、文弥はため息混じりに肩をすくめた。


「やれやれ、とんだ災難だったよ。他の人に見られなかったから良かったものの」

「災難というか被害だけどな」

「ったく、悪ふざけも大概してくれよ八重野さん」

「いやーごめんね?面白そうだったから」

「そういうのは彼氏さんにしてあげたらどうなんですかね」

「え?あ…う、うん…」

「………」


文弥の一言で、俺と愛依の目が一瞬合ったが、どちらともなくすぐに目を逸らす。途端になんとも言えない空気が流れた。


「あーはいはい。甘酸っぱい青春ごちそうさまです」


呆れたような様子でこちらを見やる文弥。

そして気まずそうにもじもじする愛依。

そしてそんな二人を前にして客観的な目線になってしまう俺。


結局あの件から互いに妙に意識してしまい、愛依とまともに話せていないままこうしてこの日を迎えたのだ。


「二人付き合ってんのよな?カップルが海に来てるんよな?友達も一緒とは言えど普通二人きりで遊ぶ流れじゃないの?何で俺が間に挟まれてるんだよ俺は緩衝材なのか?疑問符しか浮かばないんですけど」

「ああ。その全ての疑問に肯定で返すよ」

「緩衝材ってことには否定して欲しかったな!?」


文弥の言うこともごもっともだ。

俺と愛依は付き合っている。そして恋人と海に来ている。ならば二人で遊ぶのは必然だろう。


が、俺達の場合はそうはいかなかった。

何せ、恋人らしいことも何もないまま進んでいき、経験値0の状態で海という特大イベントを迎えたのだ。


こんなの初見で難易度プロフェッショナルを選ぶようなもの。特典武器も無しに弾も有限でやるようなもの。鬼畜ゲーだ。

難易度の例えがゾンビゲーのリメイク4弾なのは気にしないでくれ。分からない人はそもそも気にしないでくれ。


「なんて言ってもレコードには特典武器を使わずにプロフェッショナルクリアとかあるんだよな~」

「うん。お前は頭の中で言った文章から続けて話さないように注意しろ。意味わからん奴になってるぞ。俺の『緩衝材ってことには否定して欲しかったな!?』って台詞からどうやっても繋がらないからな?」

「あぁ、すまない。次から頭の中の文章も口に出して話すよ」

「そうじゃないわ」


などと、友達トークをする俺達の横でぼーっと立ち尽くす彼女。

端から見たら異様な光景だろう。


「お兄ちゃんってヘタレ?」

「ヘタ兄ね」

「おいそこのシスターズ。聞こえてるぞ?」

「彼女と二人きりになるのが気まずくて親友を緩衝材にした挙げ句、妹まで巻き込もうとしてる兄がヘタ兄じゃなくて何なの?」

「分かったからその彼女の前でヘタレヘタレ言わないでくれるかな。あっち視点だと彼氏ポイントめちゃくちゃマイナスされてるから」

「うん」

「え、あ……ごめんなさい」


彼女にさらっと肯定されて素直に謝るヘタレ彼氏がここにいた。


「ところで、さ」


キョロキョロと回りを見渡してから愛依が言った。


「咲希は?」

「「「「え?」」」」


愛依以外のここにいる4人が同時に言う。

そして、それはここにいる皆が行方を知らないことを示していた。


そしてこういう時、特に何か根拠がある訳でもなく悪い予感がするのは俺だけではないだろう。


「……李湖。さっきまで咲希姉、海で泳いでなかった?」

「だ、よね……?」


反射的にこの場にいる全員が海の方へと目を向ける。

が、そこには咲希らしい影はない。


「……二人とも、それ、いつ?」

「ヘタ兄達3人が話してるのを見てこっち来たから………その前。そこそこ前……」


じわりと、背中に液体が流れる。

海の海水がまだ付いていたのか、日照る陽射しによる暑さによる汗か……それとも。


「これは、事件……」

「「「「「…………」」」」」


6人が目を合わせた。


「………6人?」


何か違和感を感じて再び6人が目を合わせる。

俺から右に行って、文弥、愛依、玲夢、李湖。

そしてその隣に……。


「咲希」

「ん?」

「てめぇ沈めるぞゴラァ!!?何が『これは、事件……』だ!」


屋台で買ってきたのであろう。片手にソフトクリームを持った咲希が普通に立っていた。

そんな咲希を容赦なしに頭をわしゃわしゃと荒っぽく撫で回す。


咲希はやられるがまま特に抵抗はしない。

が、手に持ったソフトクリームだけは微動だにさせなかった。


「ったく、心配させんなバカ野郎!」

「本当だよ。咲希ったら急に居なくなるんだもん。ただでさえこんな炎天下なんだから」


愛依のそんな一言に俺は一瞬肝を冷やした。


こんな炎天下……。そうだ。今でこそ咲希は普通のように見えるが、今でも体調が悪くなることだってある。

もしここが海の上で、この炎天下で、体調が悪化してまともに泳げなくなったとしたら。


「………」

「ヘタ兄?どしたの?顔色悪いよ?」

「ん…?あ、いや……。咲希、たまにテントに戻って休憩しろよ?こんな暑いんだし…」

「え?うん。分かった……?」


妙に真面目な顔をして言われ、曖昧な返事しか出来ない咲希。

そして、そんな咲希の前で自分の注意の無さを反省する夕。


すっかり重い空気になったところに声をかけてきたのは保護者だった。


「皆~、お昼ご飯にしましょ~」


咲希のお母さんが緩い雰囲気と口調で言うと、咲希は「ゆーくんにも注意されたことだしテント戻りますか~」と軽い口調で答え、皆を連れてテントに戻っていった。


「咲希のこと?」

「あ、ああ……。愛依は、その辺のこと考えてたんだな。そういや、咲希に帽子被せるように言ってたのも…」


海に着くなり、愛依は持参してきていた帽子を咲希に被らせていたのだ。その時はあまり深く考えてはいなかったけれど、これも愛依による気遣いだったのだろう。


少し前までは余計なほどにお節介焼いて、互いに口を利かない程に距離を置くまでしていたのに。

だが、それも仕方のないことだろう。最近では毎日のように咲希が家に遊びに来ている。全く体調が悪い様子もなく、だ。


そんな毎日を過ごす度に、俺はどこか、もう大丈夫、だなんて考えを持ってしまっていたのかも知れない。


「何してんだか…」

「まぁ、何もなくて良かったじゃん。そんな暗い顔してないで早くテント行こ」

「ああ…」


愛依に励まされ、俺は自念の責に苛まれながらもテントへ向かった。

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