第36話 変わりゆく関係 密
愛依と俺は、二人でショッピングに来ている。目的は来週に控える水着を買うこと。
そして今、俺は女性用の水着コーナーに来ていた。
「……俺はその辺で待ってるよ」
「だーかーらー。人の目なんて気にしないの。私も一緒に居るし平気よ」
「とは言ってもなぁ…。逆の立場に立つと分かるぞ」
「気にしない気にしない。それより水着見よ」
「はいはい…」
水着を見ようと言われましても、男の俺がまじまじと女性用の水着を見るのもなんだかな。
「………な、何?何で私ばかり見るのよ…」
「いや、悪い」
どこを見ても目のやり場に困る為、唯一の目のやり場は普段から見慣れている愛依だけだった。
「気にしすぎだって。そんな見ないでよ……なんか、恥ずかしいじゃん…」
そう言いながら両手で体を隠すように抱き締める。そんな行動をされるとこっちが変なことをしている気分になるじゃないか。
「もう……ほら、水着選んでよ!」
「俺が?自分の好きなやつ選べよ」
「せっかく一緒なんだから夕くんが決めてよ。変なのじゃない限りは着てあげる」
「変なのって……俺、あんまり水着のこととか分からんしな……」
「大きく分けるとワンピースかビキニか。それくらいは分かるでしょ?あと、そのワンピースかビキニににもそれぞれいろいろあるんだけど。まぁ気に入ったやつ教えてよ」
「気に入ったやつ……」
その要求がどれほど難しいのかをこいつは分かっているのか。俺がどんな水着を選ぶかによって、俺が愛依のことを普段からどんな風に見ているのかを知られるということにもなる。
特に、ビキニなんかの露出高めのやつはハードルが高すぎる。
とりあえず無難にこの白のワンピースとか?
すぐそばにあった白いワンピースを手に取る。一瞬見た感じは、ちょっと露出の高い普通のワンピースとも見えるようなものだ。
「……無難にいったなこの野郎」
「いや俺に決めろとか無理難題すぎるから」
「むぅ……。じゃ私が気になったやつを何個か言うからその中から決めて」
「まぁ…それなら」
これでいくらかハードルが下がっただろうか。
と、思ったのも
1つ目は水色のフリルのついたビキニにスカート。オフショルダーというやつ。
普通に似合っている……が、あまり直視できない…。俺にビキニを着た女子を見るなんてまだハードルが高いようだ。
2つ目は……あれ?これさっき俺が選んでた白のワンピース……。自分で選んどきながら、まぁ無難だろうか。
思った通り、これも普通に似合っている。愛依って元が可愛いしスタイル良いから何を着ても似合うんだろうな。
本人には口が裂けても言わないけど。
3つ目は……。
「はっ!?これ…!」
つい声が出た。無理もない。
だって、この水着、かなり攻めている。胸を隠す布面積が少なく、下もなかなかに際どい。
背中から見たらほぼ裸なんじゃないだろうか。
「どう?」
「待て待て!これは流石にふざけただろ」
「………ご希望なら…これにするよ…?」
「いやいや!それは駄目だって。その……海には皆だって来るんだぞ。他の人も居るし…」
「……じゃあ、二人だけなら良いの…?」
「な……!いや、そういうことじゃなくてだな…!」
水着を着た愛依と、試着室の前で言い合う二人。端から見たらただのバカップル。この瞬間さえも恥ずかしいってのに。何よりこれ以上愛依のこの姿を周りに晒すのは……は!?
周りの視線を気にして周りを見渡していると、同じ店の中に見知った姿を捉えた。
「お母さん。別に水着くらい自分で選ぶよ」
「そんなこと言って、去年の水着を着ていこうとしてたでしょ?ちゃんと新しいの買わないと夕ちゃんに呆れられるでしょ?」
「だからって二人で来なくても…」
そこに居たのは外神親子だった。
「むぅ~……これとか良さそう…かな?」
「どうせだし、もっと見てみたら?」
まずい!二人がここにいるなんて!
あたふたと一人慌てる俺。すると、そんな俺の腕を引っ張り、試着室の中へと入れられた。
勿論、その腕は愛依のものだ。
『咲希が居た…』
『気付いてたのか?』
『ううん。私も今気付いた。やばい。私達が二人でここにいるなんて知られたら変な風に思われるよ…』
『だな。何より、お前がそんなエグい水着着るから余計にな』
『そ、それは仕方ないじゃない…!夕くんをからかってやろうと思って…』
『やっぱふざけてたんじゃないか…!』
男女二人、試着室という密室で、しかも女子の方はエグい水着姿という男子にとってはなかなかに刺激の強い状態で閉じ込められてしまった。
どうしても愛依の艶かしい素肌が視界に入り、つい視線を泳がす。
『あ……あんまり、見ないでよね…』
『あ、ああ……』
目を泳がせ、ふと鏡に目を移すと、そこには背中が綺麗に見え、お尻までほぼ見えている愛依の後ろ姿があった。
これは…!
『…?何…きゃっ!ちょっ、後ろは駄目……だから…!』
『あ、ああ…!ごめん…!』
何でこんな水着着たんだよまじで……。
予想してた通り、後ろはもうほぼ裸じゃないか……。
そんなこんなしてるうちに、咲希の声が近付いてくることに気づいた。試着室のすぐ前にある水着コーナーに来たのだろう。
「さっきので良くない?」
「それはともかく、いろいろ見てみたらいいのよ。時間はあるんだし」
と言うか……咲希はともかく、咲希のお母さんにまで目撃されたら本当にまずい。俺だけがここにいることがバレるのはまだしも、こんな水着を着た愛依を見られるのだけは避けなければならない。
しかも、今は二人一緒に試着室に入っているという状態…。見つかるわけにはいかない。
『……ねぇ』
『何?』
『……せめて、この水着からは着替えないとだし……ちょっと、後ろ向いててよ…』
『は……?』
『だから…!着替えるからそっち向いててって言ってるの…!』
『いやいや、俺がいるのに…!』
『いいから…。夕くんは信用してるし…そっち向いてて……』
『いや……あ、はい……』
あ、はい。じゃなくないか…?水着だぞ?服を着替えるのではなく、水着から着替えるって…それは……。
背後からゴソゴソと音がする。今、俺の背後で愛依はどうなっているのだろうか。
いやいや!考えるな!信用してると言ってくれた愛依の信用を無くすようなことをするわけにはいかない!
「あれ…?ここの試着室…靴が2つ…?」
っ!?
布一枚隔てた向こう側から声が聞こえた。
この声、聞き間違いようがない。咲希だ。
いやいやそれより、靴!慌てていた為に試着室の前に置いている靴を隠すことを失念していた!
試着室の前に二人分の靴。それも男物と女物の靴。普通に考えて怪しさしかない。
『……!』
俺はとっさに息を殺した。いや、靴を見られた時点で息を殺したとこで意味もないが。
隣にいる愛依も、息を飲み込みようにして気配を消そうとしているのが分かった。
「こら咲希…!お邪魔でしょ…!離れなさい…!中で何かしてるかもしれないんだから」
お母さんナイス!
でもその変な気遣いやめてください。何もしてないですから。
「………この靴…。愛依ちゃん?」
『っ!?』
妙に鋭い咲希は靴に目をつけたのだった。
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