第20話 5点

「分かってる……て、何が…?」

「………」


お互いもう高校生。どんなに俺が……密かに、遠回しに、何かしていようと、その真意と言うものに気付いてもおかしくない頃合いだったのかもしれない。


つまり、彼女は……。


「ありがと。借り物競争を選んでくれて」

「…………あ。はい」


再び脳裏にクエスチョンマークが大量発生した。

どういう思考でどういう経緯でその言葉が出てきたのか全く意味が分からなかった。


「とてもとても、それはとっても認めたくはないのだけど、仮にもあなたは私の事をよく理解してくれている。私が体育祭のような体を動かすイベントを苦手としていることも分かっていたのね。ま、大きなお世話、とも言えるけど、体を動かすのは本当に苦手、というか嫌いだし、素直に礼言うわ」


前半部分が無ければ素直に感謝として受け取っていたものを。


「愛依ちゃんと協力してたんでしょ?私は運動が苦手だから、私が選びそうな競技は借り物競争か二人三脚だろうと絞り込める。競技が決まったら、愛依ちゃんからどの競技に私が出場するのか教えてもらう。そして、私が出場する競技を聞いたあなたはあなた自身も私と同じ競技を選ぶ」


すらすらと俺に答え合わせをするかのように俺には全く見に覚えのない事を話す彼女。


「すると、必然的にこの借り物競争には協力者が二人生まれる。同じ組の走者の一人、そして、体育委員の一人という強力な協力者。勿論あなたが私と同じ組というのも体育委員である愛依ちゃんが裏工作したものでしょうね」


それに関しては彼女の妄想通りではないが、普通に考えられることだ。あの人のことだ。面白がって裏工作してても不思議ではない。


「こうして、私を影でサポートするには十分な環境が出来上がる。まぁ、流石にここまでされたら気付くわよ。リハーサルが無かったら今日まで分からなかったかもしれないけど」


と、ここで彼女による妄想話が終わった。


「どう?正答率は90は越えてるつもり」

「5点」

「は?」

「そもそも、マジでその話の通りに仕組んでいるとしたら、なぜ俺がそんなことする必要がある?お前の為にそんな面倒なことする筈無いだろ。動機がない」

「それは……気まぐれ、とか。あなた結構気まぐれで動くでしょ」

「失礼な。俺は気まぐれなんかで動いていない。俺に責任がかからず、面倒なことにならない、一番楽な路を考えて動いているというのに。利己的……というかエコ的というか、そういう思考の元、行動しているつもりだ」

「つまり最低ね。ということは、私の話は全くの検討違いと?」

「その通りだ」


よくもまぁあんな妄想が膨らむものだ。

その点については普通に感心する。


「じゃあ5点ってのは?」

「愛依が裏工作して俺達を同じ組にした、てのは否定出来ないから」

「なるほどね。それと、前々から思ってたけどその愛依って呼び捨てで呼ぶのやめてくれない?なんか気持ち悪い」

「人の名前を気持ち悪いだなんて言うもんじゃないぞ」

「名前じゃなくてあなたがそう呼ぶ事に気持ち悪いと言ってるの」

「ならそれは愛依に言ってくれ。愛依から強制されてるんだよ」

「う~ん……。なら仕方ないわね」

「分かってくれたか」

「その口を縫い合わせるしかないかぁ」


口元に人差し指を当て少し考えるようにしてから、さらっと恐ろしい事を提案してきた。


「何が恐いってお前なら本当にやりそうなのが恐ろしいよ」

「ふふっ。今夜あなたの家に伺うわ。裁縫道具を持ってね」


悪魔的な笑みを浮かべ、少し声を可愛らしくしてそう言った。


冗談だと分かっていても俺に対しての彼女ならば本当にやりかねないかもしれない。


ふと、時計を見る。

随分と話し込んでしまったようだ。校舎に入ってからもう一時間以上経過していた。


俺が……いや、俺達が出場する8番目の競技、1年生全員参加の綱引きまでにはまだ1時間はあるが、そろそろ戻った方がいいかもしれない。


会話が終わり、互いに持っていた本へと視線が向けられている中、俺は静かに立ち上がり、持っていた本を棚に戻した。


「……もう行くの?」

「綱引きまであと一時間程だしな。お前も参加するんだからそろそろ戻ったらどうだ」

「言われずともそうするわよ。でもあなたが先に出ていってくれる?」

「あ?なぜ」

「二人で校舎から出てくるところを誰かに見られて変な噂にでもなったら死にたくなるもの」

「なるほど。それは同意。じゃ、お先に」


図書室の引き戸を開け、廊下に出ると途端に室温が上昇した。早速クーラーの効いていた図書室が恋しくなったがその誘惑を振り払い、昇降口へと向かう。


彼女とあれほど言葉を交わしたのはいつぶりだろうか。リハーサルの時も少々話しはしたが、あれほどまともな会話という会話をしたのなんて久しぶりだった。



少しだけ、彼女との壁というものが低くなったような気がした。

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