第21話 無駄話

図書室を出てテントへ戻り、一時間程経過した。


アナウンスによる指示により、1年生はゲートの前に集められる。

今から、1年生の団体競技である綱引きが始まろうとしていた。


が、以下略。


綱引きは幕を閉じた。


なぜ綱引きでのエピソードを省略したのか疑問に思うだろうが、これは当然の事である。

省略せざるを得ないのだ。


なぜなら。


「おい神外、大丈夫か?」

「お疲れ文弥。俺の方はもう大丈夫だよ」

「ったく。入場した途端、フラフラしたかと思えば、急に倒れ込むんだもんなぁ」

「ははは……いや、参ったよ」


俺は競技をする前に軽い熱中症で倒れ、テントへ戻りしばらく休んでいたのだ。しばらく目を閉じ横になっていたので競技の様子もよく見ていない。

故に、競技のエピソードなど語るも何も、競技の勝敗以外はそもそも知らないのだ。


「うちのクラスは2位か」

「隣のクラスが1位。あっち、運動部員多いしなぁ」

「なるほどねぇ」

「それに、どっかの誰かさんが倒れたおかげで、こっちは一人減ったしな」

「あっちのクラスは元々31人。俺らのクラスは32人なんだ。本来これでフェアなはずなんだがな。それに、あっちには助っ人で先生が入る予定だったんだし、これはこれで生徒だけでやれたんだし良かっただろ」

「ま、どちらにせよ勝敗は変わらなかった気がするけど」

「それ、遠回しに俺が居ても居なくても戦力にならないって言ってないか?」

「ま、それは受け取り方次第だな」


友人から戦力外通告されたのと同時に、次の競技が始まり文弥も含め、周りは再び応援ムードになる。


そんな皆を横目に俺は椅子に座りもうしばらく休むことにした。

今思えば、熱中症の原因はクーラーの効いた図書室から、日差しも強い猛暑のグラウンドへと移動したからかもしれない。

だとすると、アイツはよく倒れなかったな。


「倒れたって?平気なの?」

「……驚いた。お前から心配されるなんて、明日は世界の命日かもしれない」

「はいはい。心配ね。してましたしてました」

「感情のこもってない心配なんて煽りでしかないということをよく覚えておけ。んで、うちのクラスに何か用ですか?外神咲希さん」


何の用でこちらに来たのかは分からない。

が、ここで徹底的に無視、あるいは拒絶するのは悪手だろう。なにせ周りの目がある。

男子から人気がある(なぜこんなやつに人気があるのかは理解できん)こいつと話すと後々面倒なことになるかもしれんが、それよりも拒絶して悪目立ちするよりは幾らか良いだろう。


「あなたに用なんてあると思う?」

「はぁ。倒れたのをからかいに来ただけか」

「はい。忘れ物。図書室に置き忘れてた」


そう言い、胸に突き付けて来たのは俺のポケットに入っていたはずの体育祭のプログラム表だった。


「用あるじゃん」

「あなたに用がある、なんて口が裂けても言いたくない」

「それは同意。じゃあ必要な会話も終わったし会話終了でいいな」


元々俺達はこうして会話などしない、してはいけない仲である。たとえ会話が必要な場面であっても必要最低限の会話しかしない。


今までも多少なりともこういう場面は訪れた。小学や中学の頃の授業でも、隣の席の人との話し合い、班を作って話し合いなど、そういう場面で彼女との会話というのは少なからずあったのだ。


「待って」


が、この場面だけは、一言。

たった一言から、今までとは違い、必要のない会話が生まれようとしていた。


「感謝は?」

「は?」

「忘れ物をわざわざ届けに来たのよ?感謝の一言くらい言いなさいよ」

「…………」


必要のない会話だった。

確かに、忘れ物を届けてくれた。ならば感謝の一言くらい言うのは必然であり必要だ。

だが、それは一般論であり、俺達には適応されない。たとえ感謝の一言だとしても、だ。


そして、俺もまた不必要な会話を始めた。


「お前、どうした?」

「は?」

「お前の方こそ、愛依の話に心境の変化でもあったんじゃないか?今まで感謝とか、そんな言葉必要ともしなかったろ。互いに」

「人として、当然のことでしょ?親しき仲にも礼儀あり、よ」

仲にも…ねぇ」

「前言撤回」


親しき、と言うのは本人も気に食わなかったようだ。それにしても、彼女と不必要な会話をしたのは何年ぶりだろうか。


思い返すと、あながち愛依の作戦が効いてしまっているのかもしれない。不本意だが。


「あれあれ~?あれあれあれあれ~?」


と、心の中で呟いた噂さえにも反応して、彼女がやってくる。顔にはこの状況をいかにも楽しんでいるようなニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「愛依……。その顔やめろ」

「愛依ちゃん。そんな目で私達を見ないで」

「ほほ~ん。私ねぇ。咲希の口からそんな言葉が出てくるとはねぇ~」

「前言撤回」


どうやら俺と同じ括りにされる事さえ受け付けないらしい。俺もだが。


「お前、地雷踏み過ぎじゃないか……」

「咲希のアビリティにはマインスイーパーは付いてないからね~」

「何の話を……あー、おい愛依。保護者は保護者らしくこのガキを早く連れて帰ってくれ。そろそろマジで周りの目が痛くなってきた」

「周りなんて気にしなきゃいいでしょ。というか、何でこんなに周りの視線が集まってるの?」


やれやれ。愛依にはもっと自分がどう見られているのかを自覚して欲しいとこだ。そりゃこの二人が並んで立ってるだけでも目立つのに。それが一人の男と話して……目立つ要素しかないな。


「いいから、戻れ」

「は~い。戻ろ咲希」

「うん。それじゃ、精々死なない程度に倒れなさい」

「はいよ」


この一見煽りとしかとれない言葉でも、俺達の間では最上級の気遣いに相当する。こんな言葉など言われたことも言ったことも無かったが、彼女なりの気遣いであることは伝わった。


「ま~たお前はあの二人と仲良さげですな~」

「文弥…」

「何だよ。その、お前は何も知らずお気楽でいいな、的な目は」

「目だけでそこまで伝わるとは、俺の演技力も捨てたものじゃないな」

「んでも、お前と外神さんが話してるの珍しいな。昨日だって仲悪そうだったろ」


人に歴史あり、だ。


などと言葉に出せば彼女と過去に繋がりがあることを教えるようなものだ。


「八重野さんまでお前とばかり……」

「言っとくが、俺は被害者だ。彼女と関わると何かと疲れる」

「良いじゃないか!八重野さんにグイグイ迫られて嬉しくない男子が居るか!」


駄目だ。こいつはもう全面的に愛依の味方らしい。


「唐突だが、そろそろ昼休みだろ?」

「まじで唐突だな」

「お前は家族と食べるんだっけ」

「まぁな。ほとんど皆そうだろ。お前は?」

「ま、俺も同じだよ。昨日みたいに学生同士で食うのも良いもんだがなー」

「そりゃいつもしてるだろ。そういや今朝、やけに李湖が楽しそうにしてた気がしたんだが……」

「あぁ、妹さんか。なぁ神外、暇あったらちょっと見に行っていいか?お前の妹さん。ちょい気になるし」

「お前、中学生はやめとけよ?」

「そういうんじゃないわい!」


その後も競技は進んでいき午前の部は幕を閉じた。

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