第19話 これから
次々と競技が進んでいく中、少しの間俺はグラウンドから席を外し、教室棟に向かっていた。
理由はごく普通、お手洗いだ。
あわよくば少し涼もうとも思っていたが、今の教室棟はいつもと違ってクーラーも効いていない。室温も外と大して変わらなかった。
こんな時にクーラーが効いてる所なんて職員室や校長室、教師関連の部屋くらいなものだろうか。
それか図書室やパソコンの置いてある部屋ならば涼しいだろうか。いや、そもそも今日は体育祭だし鍵が閉まっているか。
いや、ダメ元で行ってみてもいいだろう。まだ自分の種目までは時間もある。それに図書室なら開いている事もあり得なくもない。気がする。
一応パソコン室へも向かい、ドアを確認。
結果、当たり前のようにしっかりと鍵を閉めてある。
そりゃそうだ。次、図書室。
図書室へと足を運ぶと、一筋の希望が見えた。
図書室のある階の一本道、廊下の右側に見えるいくつもの部屋の明かりは消えていたが、その奥には、一部屋だけ明かりの灯る部屋があった。
図書室である。
ほぼ諦めていた手前、少しばかり驚いたものの、その明かりの元へと向かう足を速める。
引き戸に手をかけ、恐る恐る右へスライドさせる。
引き戸は開き、中には天国を思わせる涼しい空気が充満していた。
だが、その空気を味わうより先に俺の視界に、一人の人影が見えた。
「………何で…」
「………来るところを間違えたか…」
なぜいつもこうなるのか。
人影の正体は外神咲希。彼女であった。
「……口を利くと反吐が出そうだが1つだけ疑問がある。いいか」
「その疑問に対して答えると頭痛でも起こしそうだけどいいでしょう」
「お前、何で図書室に?しかも鍵まで」
「理由は単純にして明快、図書委員だもの」
「図書委員ってのは自分の好きなときに鍵を持ち出せる権利があるのか」
「一応この学校において私は優等生で通ってるの。本の整理をしたいから、と理由をつけたらあっさり鍵を渡してくれたのよ。むしろ、体育祭の日まで委員会の仕事をして偉いな、とまで言われたわ」
「ああそうかい。だが事実は違うな。お前の目的は図書室で涼もうとしているだけ、だろ」
「人聞きが悪いわね。ちゃんと本の整理もしてるわよ。それに読書自体も好きだし、図書委員として、いろんな本を読み見聞を深めてるところもあるのよ」
「そうかい。大層な建前だこと」
「それじゃあ次は私の番。あなたの用は?」
「涼みに来た。それだけ。どこかの誰かさんと違って優等生という仮面も何もないからな。そんな大層な建前、作る必要もない」
「あ、そう。お気楽なものね」
と、会話はここで終わり。
ここからはお互い何も干渉はしない。
どちらも悪びれた様子は無いが、体育祭の最中、勝手に図書室を使い、涼みに来ているのだから本来教師に見つかれば叱られること間違いない。
だが、互いに何も言わないのは心底どうでもいいからだろう。
相手が教師に見つかり叱られようと関係ない、興味もない、どうでもいい。
それ故に俺達は互いに干渉しないのだ。
さて、涼みに来たのが目的。とは言え、せっかくの図書室。涼みに来ただけとは言え、本を読まないというのも
俺とて、読書が嫌いと言うことはない。漫画を読書というのは違うかもしれないが、漫画も読むし、ラノベ系のものも読む。
図書室の奥へと足を進め、ライトノベルコーナー……と言うほどの数もないが、その辺から一冊手に取ると、近くの席へ座り本を読む。
「………何で隣に座るの」
「すぐ近くの席がお前の隣だっただけだ。って、お前もラノベか。そりゃ近くの席に座るわな」
「別に構わないけど、騒がしくしないでね」
「一人で読書して騒がしくなるかよ」
そこから再び静寂に包まれた時間が続いた。
隣に座っている彼女もまた、静かに本を読み進める。図書委員と言っていたし、読書が好きなのだろう。今思えば、中学の時の休み時間なんかはよく本を読んでいる姿が視界に映った気がする。
文学少女、と分類されるのかもしれない。
「……何?顔に何か付いてる?」
「いや、何でもない」
「……ねぇ。まさかだけど、愛依ちゃんのやろうとしてる計画、まさか真に受けてないわよね」
「はぁ?俺とお前が恋仲になるって?そんなの真に受けるも何も無いだろ」
「そうね。あり得ないわ」
互いに愛依の計画の実現性は不可と見なし、その場にはまたもや静寂が流れた。
とは言え、今日は少々……いや、かなり特殊な日である。幼い頃以来だろう。彼女とこうしてまともに会話を成したのは。
何を……してるんだろう。俺は…。
このやり方で、彼女は……。
「ねぇ」
「何だ?咲希」
「えっ」
「あ……何か用か?手短に頼むよ」
油断した。ふと昔の事を思い出していたら昔の頃のような雰囲気に飲まれてしまっていた。
「………ううん、何でもない」
「………」
再びの静寂。
だが、今までの静寂とはまるで違う空気が流れていた。いつもの殺伐とピリついた空気ではなく、今は……何とも表現し難い空気である。
表現し難いと言うのは、この状況に適当な言葉が見つからないという意味ではなく、その言葉を当てはめる事に抵抗がある、という意味だ。
過去の俺は……いや、やめておこう。今は過去の事を掘り下げるのはやめだ。危険すぎる。
その後も静寂、静寂、静寂。
聞こえてくるのはグラウンドでの拡声器での声やギャラリーの応援の声のみ。
まるでこの図書室だけ隔離された世界かのような………なんてありきたりな表現をする事に抵抗を覚えるのは俺がひねくれた性格だからだろうか。
無音の世界の中、そんな事を思いながらさっき手に取ったラノベを読み進める。
ジャンルとしてはファンタジー系のバトルものになるだろうか。
突如異世界に召喚された主人公が異世界で最強魔術師となり無双する。いわゆる俺TUEEE系のラノベ。
最近では鉄板となりつつあるこのジャンル。確かにありきたりなものに間違いはないが、結局こういう主人公最強な作品は単純に面白い。
主人公が無双する為、ストレスフリーに読めるという点が、軽く読むには丁度いいジャンルと言えるかもしれない。
「そういうの好きなの?」
???
クエスチョンマークが脳裏に浮かぶ。
なぜこの隣に座っている外神咲希という人物は当たり前のように話しかけてきたのだろうか。
「たまにはこういう系もいいかと」
「気まぐれってこと?」
「そういうこと。そっちは?」
ふと気付いた時には俺も彼女に問いかけていた。さっきの油断もそうだが、今日は俺自身、いろいろ緩くなってる気がする。
「普通にラブコメ」
「女子か」
「女子ですが何か」
なぜかツッコミを入れてしまう。まさか彼女とこうしてまた普通に会話する日が来るとは思いもしなかった。
「………ごめん」
「どした?」
前触れも何もない突然の謝罪に反射的に疑問を投げつけた。
「………このタイミング逃したら、きっと、ずっとこのままだから今言うね」
「はぁ…」
何だか重要そうな話だと分かったものの、全く話が見えない為に呑気な返事しかできない。
「分かってる。全部。あなたのしてきた事。あなたが、私のためにしてくれた事、全部」
「…………」
さて。
これは、俺達二人のこれからに関わる重要な局面かもしれない。
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