第9話 兄
「…………」
「…………」
私と咲希のお母さんの間には今も沈黙が続いていた。
さっきの神外くんの言ったことが……ずっと頭に響いている。親切さえも痛い……。
そんなの………それに、じゃあ、神外くんは……咲希の、何なの……?
「ごめんね。せっかくお見舞いに来てくれたのに」
「あ…いえ、そんな!」
「………夕ちゃんはね。咲希にとって、お兄ちゃんみたいな存在だったのよ」
「お兄ちゃん……?」
「そう。幼稚園の頃から、夕ちゃんだけがいつも一緒に遊んでくれていたの。さっき、夕ちゃんが話してた通り、咲希は幼稚園にもあまり行けなくて、友達もなかなか出来なくてね。例え、たまに行ったとしても、もう幼稚園の皆は友達の輪が出来てる。すると、咲希だけ仲間外れ、
「毎日!?そんなに二人って仲良しだったんですか?」
「ええ。本当に仲良しだったのよ。まさに兄妹みたいでねぇ」
「でも……今は……」
「………夕ちゃんは、今でも咲希のことを大事にしてくれてるの」
「え…?でも……」
でも、神外くんと咲希、結構仲が悪そうだけど、何で?
「そう。まだ距離を取ってるのね……。さっきは本当にびっくりしたのよ。だって、夕ちゃんがここに来きたのは、十年くらい前が最後だったから」
「あ……はい。夕くん、言ってました。小学生からは咲希のこと知らないって……。私、ずっと気になってたんです。幼稚園の頃に、二人に何かあったんじゃないかって…」
「そうね………。確かに、いろいろあったのよ……夕ちゃんのお父さんがね……」
「お父さん……?」
「…………」
咲希のお母さんは、口をつぐんだ。何かを思い出すように、その何かを思い出すと、辛そうだった。
「いえ、やっぱり大丈夫です。すいません。私なんかが人の話に首を突っ込んじゃって」
「ごめんなさいね……。でも、私はね。あなたにも感謝してるの」
「え?私ですか?」
「ええ。さっきも言ったように、咲希には友達がなかなか出来なかったの。だから、高校で上手く友達を作れるのか、不安だったのよ」
「………咲希は、本当に良い人……って、私が言うと何か変ですけど、でも、とても良い友達です!確かに今思うと、友達作りが下手なんだなって思うとこもあったりするけど、そこがなんか……可愛くて……。とても良くさせてもらってます」
「そう……ありがとね。愛依ちゃん」
お母さんは今にも泣きそうなか細い声でそう答えた。本当に、この人にとって咲希は宝物なんだろう。
でも………。
「私は……私は……これからどう接すればいいでしょうか………」
「…………」
私は今、残酷なことをしているのではなかろうか。せっかく出来た娘の友達が、この事を知って、どうしたらいいんでしょうなんて……。
私は、私も………『可哀想だから助けよう』と思って……?
「今のままで居てくれる?」
「え?」
「何もしなくて良いと思う。この話を聞いたとして、貴方は、咲希のこと、嫌いになってしまったかしら」
「いえ!そんな!そんなこと絶対ないです!私にとって咲希は友達です!何があっても!」
「……なら、そのままで居てあげて?」
「…………はい!」
私の方が、涙が出てきてしまった。
1つ、涙が落ちると、2つ、3つと。涙がこぼれてくる。何でだろう。今泣くのは私じゃないのに……。
「ありがとね。愛依ちゃん」
お母さんは、そんな私を抱き締めてくれた。力強く、でも優しく暖かい。そんな温もりに、感化され、涙が激しくなった。
私にとって、咲希は大事な友達。
単純に考えてみよう。ただ体が弱いだけの友達。だから何だと言うんだ。もし寝込んだら、こうしてお見舞いにくればいいじゃないか。
目の前で苦しそうにしてたら、声をかければいいじゃないか。『大丈夫?』と。ただそれだけ。
私のこの親切がもしかしたら咲希を苦しめてしまうかもしれない。でも……私は友達だから、どんなに咲希が痛くたって私はとことん側に居る。
いつか私に、仮面を付けていない、素顔の咲希を見せてくれるように。
数分経っただろうか。涙は枯れたように止まり、平常心が戻ってきた。
「すいません。私ばかり泣いて…」
「落ち着いた?」
「はい。もう大丈夫です。あ、それと……咲希はどこに?」
本来の目的を忘れていた。元々、私達は咲希のお見舞いに来たんだった。……もう、夕くんは居ないけど。
「咲希の部屋は2階よ。階段上がってすぐ右の部屋。ドアに掛札があるからすぐ分かるわ」
「分かりました。ちょっと行ってきます」
「うん。まだ寝てるかもしれないけど、そろそろ夕飯だからついでに起こして来てくれる?」
「起こしていいんですか?熱があるから寝てるんじゃ…」
「大丈夫よ。昼からずっと寝てるんだし」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
私は、その場を離れリビングを出ると、階段の方へ向かった。階段を上がって……すぐ右……掛札……。
「あ、『SAKI’s ROOM』 ここかな?」
でも……SAKI’s?
他に誰か居るの?
疑問に思いつつ、部屋のドアをノックした。
「咲希?居る?」
「………」
返答は無し。
寝てるのだろうか。
「入るよ?」
ゆっくりとドアを開けた。
そこには、ごく普通の女子高生と言った部屋が広がっており、奥には割と大きめなベッドと横になっている女性。咲希だ。
「咲希~?起きて………ないか」
咲希はまだ寝ている。
ならば。
「ちょっと失礼しま~す」
特に目的があるわけではないが咲希の部屋を観察する。とは言え、流石に押し入れの中や引き出しは見ない。あくまで外に出ている物だけ。
流石にしまってる物まで見ようとする度胸は私には無い。
………でも、この部屋、ちょっと調べてみたいなぁ。SAKI’s……なんで複数形?
考えられるとしたら、やっぱ誰か他の人も使ってる部屋ってこと?掛札の感じ的に、結構前からあるっぽいし、昔までは他の誰かも使ってた部屋とか?
でも、この部屋、二人以上居るにしては広いという訳でもないし……。う~ん………咲希って何でこんなに謎があるのかなぁ~!
「いっそ本人に直接聞いてやろうか!」
キッと寝ている咲希を睨む。
聞こえてくるのはかすかな寝息のみ。
はぁ。呑気にスヤスヤ寝ちゃって。
……………起こしますか。
夕くんやお母さんの話を思い出しながらも咲希に近付き、肩を揺さぶる。
反応なし。
耳元で甘い言葉(ちょっとイケボ風)を囁いてみる。
反応なし。
ついに実力行使。ちょっとおでこをデコピンしてみる。
反応なし。
「咲希………あんたどんだけ熟睡してんのよ……。咲希ー。起きてー。朝だよー。夕方だけど」
反応なし。
駄目だ、これは。いつもお母さんはこんな咲希をどうやって起こしているのだろう。
…………。
「あ!神外くんもお見舞いにきたよ!」
「あ……」
反応あり!神外夕の名前強し。そんなに夕くんのことが嫌いなのね。
「お兄……ちゃん……」
「え……」
一言。ただ一言だけ声をあげると咲希は再び眠りについた。
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