第8話 偽善
外神家の玄関。
「おい、どうするんだよ…!」
「何が?」
「何がじゃないだろ…。一応、ここの両親とは面識がある。話したことはしばらく無かったとは言え、中学までずっと同じ学校だったんだ…。俺の顔見たらすぐに分かるだろ…」
「え、もしかして、咲希のご両親とも仲悪い感じだった?」
「いや……そこは別にそんなことはないけどよ……。俺が言いたいのは何で俺がお前の彼氏という
一応、ここの両親は俺を知っている。そんな人の家に、嘘とは言えど彼女を連れてきたりしたら気まずい。
「まぁ……そこはなんとかしよ…」
「適当だな……」
コソコソと話ながら、部屋の奥へと進み、奥にあるドアを開けた。かすかに残る昔の記憶から
推測するに、この先はリビングだろう。
「あら、いらっしゃい!」
「すいません。お邪魔します」
「お邪魔します……」
「あら?夕ちゃん?」
秒でバレた。
夕ちゃんと言うのは昔からの呼ばれ方である。
「久しぶりね~!」
「はい。ご無沙汰してます…」
「あれっ?ということは夕ちゃんが彼氏!?夕ちゃん彼女出来たの!?」
「あ、あ~………そう……ですね?」
愛依を横目に疑問形で答えた。
「愛依ちゃんも、夕ちゃんで良かったわね~。優しいでしょ?」
「そ、そうですね……。はい…」
自分でまいた種のくせに動揺するなよ……。頼むぞまじで……。
かくして、偽の恋人となった俺達は外神家に上がり、アイツの見舞いに来た。強制的に。
「それで……咲希は体調が悪かったり?」
「ええ。ちょっと体調がね。朝、熱を測ったら38度越えてたのよ」
「えっ!結構な熱じゃないですか!?」
「………いつものですか」
「ええ、そうなの。今はもう高校生にもなって成長してるし、昔と比べたら減ってはきたんだけどねぇ」
「えっと……何のこと?」
「咲希は、昔から体が弱くてね。よく、熱を出して寝込んじゃうのよ」
そう。アイツは昔からこうしてよく熱を出していた。確かに昔は今より酷かった。今でこそ出席してる方が多いだろうが、昔はほとんど幼稚園にも来なかった。端から見たら、たまに幼稚園に来てる子、という感じだろうか。
「えっ、初耳だった……」
「………」
「今は体育の授業も出来るだけやらせてはいるけど、本当は心配なのよ。昔は、少し体を動かすだけですぐ疲れて寝込んじゃうんだもの」
「そんなに酷かったんですか」
「学校にもあまり行けず、行けたとしても途中で体調を崩して早退、体育の授業もほとんど受けない。そんな子だったから、友達もあまり出来なくてねぇ……」
…………それに……。
「そんなこと、全然聞いたことなかった。それに、今じゃ普通の女子高生って感じだし、何も気付かなかった……」
「………言えないだろ」
「え?」
「今の俺達からしたら、体が弱くて、たまに体調が悪くなるなんて、そんなの別に大したことない。ただの体が弱い普通の女子。でも、アイツにとっちゃ、その小さな事が原因で過去にいろいろあったから……。人間ってのは、普通とは違うものを除外しようとするもんだ…」
「…………」
「たった一人がそいつを除外しようとしたら、周りの人間までもがそいつを除外しようとする。そうして群れが生まれて、そいつは孤独になり追い詰められる」
「そんなのあんまりだよ。周りの人達に寄り添う人とか居なかったの?」
「寄り添う、ね。人は成長すると自然と道徳心が育つ。だから、そんなそいつに優しく接する人も居たさ」
「そっか……」
「でも、それも端から見ればの話。今まで精神的にダメージを負ったそいつは、その親切にされる行為までもが痛いんだ」
「痛い?」
「『可哀想だから助けよう』『仲間外れにされてるから優しく接しよう』道徳心や親切心なんてほとんど上っ面」
「そんなの!皆が皆そうじゃないかも知れないでしょ!?」
「もし、その気持ちが本物だろうと関係ない」
「え?」
「本当に助けようとして接しても、そいつにとっちゃ同じことなのさ。結局は自分の事を知られて、周りが優しく接してくれている。そう捉えるんだ」
「…………」
「こうして親切さえも痛いそいつはやがて誰を信じればいいのか分からなくなる。だから、まず自分に仮面を付けるんだ。『自分は普通です。皆と同じ普通の人です』と。こうして、周りから異端視されない、されないように振る舞う、これが今の外神咲希だ」
「……………」
「あ…」
ふと、我に帰った。アイツの母親と愛依からは何の言葉もなく、ただそこには沈黙があった。
つい言い過ぎてしまった。愛依はともかく、母親の前で言うようなことではなかった。
「……すいません。俺は先に帰ります」
「えっ?神……夕くん!?」
「悪いな、愛依。それじゃ、また」
俺は外神家を逃げるように離れた。
どうかしている。俺は……。
俺は偽善者なのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます