第7話 彼氏
「苦手だ」
俺は率直な感想を述べた。
「ふむ……なるほど。上手くやり過ごしたな~この野郎め。んじゃ、ここら辺で自分のクラスに帰るとしますか~」
「さっさと帰れ」
日本語というものは確かに難しい。が、上手く扱えば便利なものである。
好きか?と聞かれて好きと言えば勿論アウト。
だからと言って嫌い、と言えば相手を傷つけてしまう。
ならばその好きか嫌いかではなく第3の選択肢もある。『普通』や『別に』など、はぐらかす方式。
でも、愛依には通用しないだろう。この場合の正解はもう1つの選択肢。
『得手』『苦手』の選択肢である。
苦手、という言葉は気持ちでの嫌だなぁという意味は含まれないのだ。
「日本語様々だ」
愛依が隣のクラスに帰っていったのを確認すると、俺も自分のクラスへと戻った。
教室のドアを開いた瞬間、こちらを見ていた男子共が一斉に目線をそらした。
やれやれ。愛依が残していった爪痕は相当なものである。
昼休み。
「ゆ~うく~ん♪」
「………」
急に教室へと入ってきて名前を呼ばれた俺は、相手が誰かも確認せずにその人物をそそくさと廊下に押しやった。
「誰が夕くんだぁ?」
「あなた」
「その通りだ。だから呼ぶな」
「自分の名前お嫌い?」
「特定人物かつ特定の場所で呼ばれるのがな!」
「ふーん。じゃあ学校以外じゃ夕くんって呼んで良いんだね」
「…………」
この人は一体何がしたいのやら。
「それでさ、一緒にご飯食べない?」
「教室でだけは断る」
「じゃどこか空き教室見つけよっか」
「空き教室って……そこまでして俺と一緒に飯食べたいのかよ」
「そりゃそうよ。咲希との仲を良くするための作戦会議をしなくちゃ!」
「あー……」
そういや、そんな話してたな……。
どうでもよくて忘れてた。
愛依と校内を歩き、空き教室を見つけると、そこで弁当を持ちより、食事、改め作戦会議が始まった。
「と、その前に確認しときたいことがあるの」
「何か?」
「夕くんと咲希って、昔は仲良しだったの?」
「そんな話か」
「で?どうなの?」
「さぁ」
「二人ともお互いのこと嫌い過ぎない?本当に何があったの?」
「………本人にでも聞け」
「だからその本人が休みなんでしょ。じゃなきゃ、何で私があなたみたいなのと一緒にお昼一緒にしなきゃいけないのよ」
「本音漏れてるぞ」
「冗談よ」
「どうだかな」
さて、前置きはこの辺にしとこう。
「で、何をしでかす気だ」
「うん。まず二人きりで話せるくらいにはなろうよ」
「却下」
「そうやって頭ごなしにして何も行動を起こさないから仲良くなれないんだって」
「だから、そもそも仲良くなろうと思ってないから」
「そんな態度じゃモテないぞ?」
「急に話題変わったぞ?」
「まぁまぁ、細かいことは置いといて、1つ目の目標はこれね!はい決まり!」
もはや反論など聞く耳も持っていないようだ。
「じゃ、次」
「次?」
「さっきのは小さな目標。そして、今から言うのは大きな目標よ」
「はぁ…?」
「まずは小さな目標をクリアしていくの。すると、自然とその大きな目標へと繋がっていくのだよ!分かったかね?」
「はいはい。で、大きな目標ってのは?」
「よくぞ聞いてくれました!大きな目標は、ズバリ!二人が付き合うこと!」
…………。
こいつはまた、とんでもないことを言う人だこと。
「じゃ……何だ?大きな目標にってのはそれに向けて小さな目標をクリアしていくんだろ?この場合、小さな目標ってのはアイツとそういう方向性で仲良くなれということか?」
「話が早くて助かる~」
「……上手くいく確率はゼ…」
「100%」
彼女は、確信を持った笑みでそう答えた。
根拠が何か……いや、まず根拠なんてあるのかも分からないが、とりあえず深くは突っ込まないでおこう。
「はい。それじゃあ、小さな目標の達成のために、まずはお見舞いに行こ」
「お見舞い?」
「そ。今日学校休んでるし、風邪引いてるかもしれないでしょ?」
「休みの理由が風邪とは限らないだろ」
「つべこべ言わないの。午後の授業終わったらすぐ帰ってお見舞い行くよ」
と、愛依の策略に巻き込まれるのであった。
放課後になると、半ば強引に学校から連れ出され、正門を抜けた。
「で、どっち?」
「は?」
「咲希の家よ」
「知らねーのかよ……。この話持ち出してきた本人が知らないってどういうことだよ」
「幼馴染みなら知ってるでしょ?」
「さぁな」
「はい、そこ。記憶に蓋をしない!」
「ったく………昔と変わってなければ一応」
「よし、行こう!」
もしかして、俺をお見舞いに行かせるという表向きの理由をつけて、本当はアイツの住所を知って見舞いに行きたかっただけなのでは…。
かすかに残る昔の記憶を辿り、なんとかアイツが昔住んでいた家へと辿り着いた。
「あ、表札見て!外神。昔から変わってなくて助かった~」
「…………」
帰りたい。
アイツと顔を合わせるのは勿論のこと、その家族ともしばらく会ってないため、あまり顔を合わせたくないのが正直なとこだ。
などと考えていると、俺の帰りたいという意思を感じ取ったのか、愛依は俺の腕を掴み、強引にアイツの家の前へ連れて行かれ、そのままインターホンを鳴らされてしまった…。
『はい。どちら様でしょうか?』
インターホン越しに聞こえる女性の声。この声、聞いたことがある。
アイツの母親だ。
「突然すいません。私、八重野愛依という者で、そちらの外神咲希さんの友人なんですが……」
『あら、咲希のお友達?』
「はい!今日、咲希が学校をお休みしてたので、気になってお見舞いにと」
八重野愛依。コミュニケーション能力高過ぎである。
『そうだったのね。あ、玄関開いてるから、上がっていいわよ』
「ありがとうございます!あ、それともう一人……」
「あ、いや!俺は……!」
やはり俺も家に上がらないといけないらしい。
『もう一人いらっしゃるの?』
「あ……えっと……」
「すいません。彼、人見知りで」
「んなこと言わんでいい……!」
『あー!愛依ちゃんの彼氏ね。彼氏さんも同じ学校なのかしら』
………は?
とてつもない。勘違いをさせてしまっているようだ。
「え…えぇっと……そ、そうなんです!」
「はい!?」
そこ乗っかるの!?
「それに、彼は咲希と同じクラスなんですよ」
『あら、そうなの?まぁいいわ。二人とも上がって上がって』
「はい。失礼します」
「し、失礼します……」
かくして、愛依はアイツの友達、そして、俺は愛依の彼氏としてアイツの家へとお邪魔することとなった。
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