第6話 私のこと……

朝。学校がある為、平日はいつも同じ時間に起きる。6時30分。いつもこの時間にアラームをかけている。うちの学校は8時40分までに着けば遅刻にはならない。家からそこまで遠くもなく、徒歩でも20分ほど歩けば到着する。朝起きてから2時間もあれば十分なのだ。


だがしかし、今日は6時30分のアラームにより起こされることはなかった。


時計には6時5分と表示されている。

いつもより少し早い起床。


そして、ベッドの隅で着信音が鳴っているスマホがあった。


「…………」


こんな朝から誰だ?と、そんなことを思いながらだるそうにスマホを手に取る。


「…………」


悪い夢だ。


鳴り響くスマホを再びベッドの隅に置き、着信音が鳴り止むまでしばらく呆けていた。



6時30分。スマホが鳴り響く。アラームだ。


スマホを手に取り、アラームの音を消す。すると、画面がホーム画面に戻り、通知が見えた。


……また、見たくもない文字を見た。


何でだ。何で………。


スマホ画面の通知には着信履歴が残っていた。


神外かみと秋久あきひさ


…………この人は俺の父親。

仕事の都合上、昔から別居しており、俺や玲夢、李湖ですら、たまにしか顔を合わせないほどだ。たまにこうして連絡を取ってくるだけ。


物心つくころからそのような生活を送っていたため、正直なとこ父親という実感もない。それもあって、電話が来たとしても俺は応答しない。


それに………アイツは……。


「クソ野郎が……」


着信履歴の通知を消し、何事も無かったかのように部屋を出た。


それからはいつもの光景。

顔を洗い、朝食を食べ、学校の準備をして、登校する。この安寧な時間にあんなイレギュラーなものはいらない。

クソッ、がちらつく。

気にするだけ無性に腹が立つだけだってのに。


………誰のせいでと…。


「はぁ…」


もうやめだ。何も考えるな。


気持ちを切り替え、部屋を出るとすぐに学校の支度をした。いつもより気持ちが暗い。気持ちを切り替えようとしてすぐに切り替えれる人なんてそうそう居ないだろう。


ボーッとしたままいつもの道を歩く。

いつもの、とは言ってもついこの前入学したばかりだがな。


しばらく歩くと、学校が目に映った。

学校が近付くと更に憂鬱になるのは俺だけでは無いだろう。

はぁ。さっきのと学校のダブルパンチだ。

授業に身が入らない事は確定だ。


「と、そこへ1人の美女が現れた」

「………そうだな。自分で美女って言うのかよ、的なツッコミを入れようとしたけど、それが事実だから何も言えない」


確かに俺の目の前には美女八重野愛依が現れた。最近、何かと距離が近くてこの学校じゃ、唯一と言えるだろう女子の知り合いだ。


「神外くんは思ったことを何でも口に出すね」

「ああ。俺の唯一の長所だと自負してる」

「唯一ねぇ…」


なにやら含みを持つ笑顔を作る愛依だった。



学校に着くと、教室の前でそれぞれ別れた。

自分の教室に入ると。


「おい、神外。お前……八重野さんと登校とはどういう事なのか詳しく、詳しく!説明願おうか」


と、一緒に登校しただけでこれである。


「あー……かくかくしかじかで…」

「かくかくしかじかで女子と仲良くなれるならこの世の皆リア充だろが!」


文弥のやつ。いつにもなく荒ぶってるようだ。

たく、本当にきっかけは成り行きなんだが。


というか、きっかけは文弥が隣のクラスの可愛い女の子を見に行くっていう話からだったよな?元凶はこいつじゃねぇか。


「まぁ、そういうこともあると言うことだ」


と文弥の肩をトンッと叩き自分の席についた。


悔やむような妬むような声をあげる文弥を横目にいつものように机に突っ伏した。

特に眠いわけでは無いし、そもそも寝る気は無い。だからと言って特にやることも無ければ何かをやる気も無い。


典型的な無気力人間である。


何もすることが無いのならば、変に体力を使うようなことはしない。学校に行く、授業を受ける、などのやらなくてはならないことだけやる。それも手短に、だ。


これがいわゆる俺のモットー、座右の銘。


「おーい、神外く~ん」


この最近見知ったばかりなのに妙に聞き慣れた声は……。


おもむろに顔を上げ、いま聞こえた声の発生源を見た。


「………何?」


声の主はやはり愛依。


「神外くんは毎朝こうやって机に突っ伏してるの?」

「することも無いしな。別に授業中でもないし、文句を言われる筋合いは無いぞ。第一、違うクラスだろ、あんた。何か用?」

「ううん。用なんて無いよ?用が無いから、暇なの」

「暇………だからここに来た、と?」

「ご名答」

余鈴よれいまで大人しく待てないのか。あと10分くらいで鳴るぞ」

「その10分が暇でしょ?」

「はぁ…………アイツは?」

「アイツって?」

「だからアイツだよ。アイツ」

「名前を言ってくれないと分かりませ~ん」


こいつ、俺が名前を言うまで粘る気か。


「外神なにがしくんの事だ」

「あー、某くん。そんな人いた?」

「…………外神咲希さんは居ないのか?」

「やっと出た。嫌いすぎてフルネーム忘れたのかと思った」

「はいはい。で、居ないのか?いつもお前と一緒に居るだろ」

「それが、今日休みっぽくてさ。まだ教室に来てないんだよね。靴箱にも靴が無かったし、学校に居ないと思う」

「それで暇だったのか」

「そ」


そんなことで隣のクラスまでやって来たのかこの人は。アイツが居ないなら他のクラスの女子とでも話せば良いだろうに。


もしかして……案外こう見えて友達を作るの苦手な感じなのか?


「ううん、友達は普通にいるけどさ」

「さらっと心読まないでくれる?」

「そんな顔してたもん。まぁ、確かにクラスには仲良い友達も居るんだけどさ、気兼ねなく話せる人ってクラスの中だと咲希くらいなんだよね。言ってもまだ入学してから1カ月も経ってないし」

「なるほどな。でも、それで言うなら俺とはアイツと同じくらい気兼ねなく話せるってことになるが?」

「そうだよ?何だかんだで、学校の日はほぼ毎日話してる気がするし、結構仲良しだもんね」


………少し…声のボリュームを下げては貰えないだろうか。今の発言の瞬間、周りの男子共がこちらを睨むような目で見てきた……。


「な、なぁ。そろそろ帰ったらどうだ?もう余鈴鳴るぞ?」

「え?まだ5分あるでしょ?」

「5分前行動だ!」

「5分前に鳴るのが余鈴でしょ?」

「特に話すことも無いだろ?ほら、帰った帰った」

「もぉ~!もっと夕くんと話したい~!」

「ゆ…!」


何でそこで下の名前で呼んだ!?

こいつ、まさか確信犯じゃねえだろうな。この男子共から睨まれて俺が慌てるのを楽しんでるんじゃねえだろうな!?


入学当初から人気はあったけど、今じゃ更に人気が増して学園のマドンナと言っても過言じゃないくらい有名になってる愛依が、こんなに親しく男子と話してたら流石にヘイトを買うだろうが…!


流石にこれ以上は俺の命が危ないと本能が察知し、愛依の背後から両肩を掴み、強引に廊下へと押しやった。


「お前な……どういうつもりだよ……。俺をいじってそんなに楽しいか…!」

「え?そんなつもりなかったけど?」

「個人差はあるだろうが普通にうざいって言う人が出るくらい途中からのお前の発言あざとなったからな?その自覚はおありで?」

「う~ん……ここは自覚はありません!って言って天然女子と偽っていい?」

「確信犯が……」

「あはは!慌てすぎだよ~。学園のマドンナから親しくされるのそんなにお嫌い?」

「そこまで自覚あんのかよ。ますますタチわりぃな……」

「ま、咲希には敵わないけどねー。多分咲希の方が人気あるよ?私は精々、1年生の中でのNo.2くらい?」

「よほど自分の容姿に自信があるようで」

「じゃあ……夕くんは私のこと……好き?」

「…………は?」


突然の質問に戸惑うのと同時に、目の前の可愛い同級生の姿に、つい心臓の鼓動が速くなったのを感じた。

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