プロローグ 外神咲希

今思えば、あの頃の私はどうかしていたのだろう。まだ幼かったから、なんて理由では全く納得できない。


そう。あの頃…。


とある幼稚園に二人の女の子と男の子が在籍していた。

女の子の名前は外神咲希。

男の子の名前は神外夕。

この二人はいつも一緒に遊び、親友と呼べる程の仲だった。


しかし、その仲良しな二人はとある件がきっかけに、疎遠になった。


その件…とは……。


「はぁ………思い出したくもない」


教室の自分の席で、一言呟いた。

あ、言い忘れてた。私は今、高校生である。

私が在籍しているこの高校は偏差値も高く、人気もあり、受験はなかなかの倍率だったけれど、難なく合格した。

自分で言うのも何だが、勉強は大の得意だ。特に受験前に何かするわけでもなく、定期テストの前日くらいの気持ちで軽く勉強しただけ。

え?なぜここを受けたのかって?勿論、将来のことを見据えて良い学校に……なんてのは建前で、結局全てはあの男の存在に繋がってくるのだ。


幼稚園で知り合い、小学、中学と同じ学校で過ごしていた。お互い避け合ってはいるが、どうしても廊下ですれ違うことやクラスが同じになったこともあった。


最初は気まずい、の感情しか無かったけど、中学の頃には気まずいというよりもはや苦手、嫌いという意識が芽生え始めていた。


でも、もうそんな生活とはおさらば。

私はあの男と決別する為、この偏差値の高い超難関校に入学したのだ。

いつまでもあの男の存在に縛られるのも嫌だしね。


「咲希。なんか楽しそうだね。そんなに高校生活が楽しみ?」

「愛依ちゃんは楽しみじゃないの?」


この人は同じクラスの八重野愛依。気が合うこともあって、入学して2日で親しくなった。


愛依ちゃんの特徴はと言うと、とにかく可愛い。いや、可愛いというより美人という方が似合うのかな?艶のある長い黒髪が少し大人っぽさを感じさせてるのかも?

でも今日はポニテだから年相応の可愛いさがある。昨日は髪を下ろしてたから余計に大人っぽく見えてたのかも。

うんうん。それに愛依ちゃんは出るとこ出ててスタイル良くてとても女の子らしい……。

素直にこのモデルさんみたいなスタイルの良さには憧れさえ感じてしまう……。


「え~っと…高校生活は楽しみ…だけど…。何でさっきから私の体を舐め回すようにジロジロ見ているのかな…?」

「えっ?あ、ごめんなさい!ちょっと、憧れちゃうな~って」

「憧れる?何が?」

「スタイルが…」

「え?そう?まぁスタイルの維持には気を付けてるけど、でもそれは女子高生くらいなら当たり前に皆してることでしょ?」

「それはそうだけど愛依ちゃんはそれ以上なんだよ。その身体半分分けてほし~……」

「さらっと怖いこと言わないでくれる…?」


こんな噂を聞いたことがある。その噂によると入学して2日でこのクラスのとある女の子が可愛いと有名になってるらしい。

きっと愛依ちゃんのことだろう。


「でも私は、咲希の方が羨ましいよ」

「えっ、私?」

「人の事あーだこーだ誉めてるけど、咲希だって美人で可愛いじゃない。何より、私と違って頭も良いし、まさに理想の女の子だよ」

「そんな誉めても何も出ないよ?」

「普通にさ。全テスト満点とかあり得ないからね?何でそんな頭良いの?勉強めっちゃしてるとか?」

「うーん、勉強はそこまで特別頑張ってることもないけど…」

「じゃああれだね。生まれ持った才能だ」

「そうなのかなぁ~」


勉強というより授業をよく聞いてるだけなんだけど……まぁ、あんまりそういうこと言うと、妬まれそうだし言わないどこう…。


「あ、まだ授業まで時間あるし、自販機でジュース買ってくるね。愛依ちゃん何か欲しいのある?」

「奢ってくれるの?じゃあ…」

「カフェオレね」

「うわ、私が授業中に寝るのを防ぐ気だ!」

「ちゃんと授業聞かないと駄目だぞ?じゃあ行ってくる」


中学までは学校に自販機があるなんて想像もしなかったけど、高校になると自販機があるんだもんなぁ。無い学校もあるかもしれないけど。


自販機の前に着き、自分の分と愛依のカフェオレを買い、すぐに教室へと帰った。


「ただいま戻りました~」

「おかえり~。って、本当にカフェオレだし」

「寝かせません」

「外神先生は厳しいですなぁ~。あ、そうそう。昼休みくらいにさ。隣のクラス行かない?」

「え?隣のクラスに?何で?」

「呼び出しよ呼び出し」

「呼び出し?先生から?」

「まさか。先生じゃないわよ。咲希を一目見たいと、男子が言ってきたのさ。ヒューヒュー!美人さんは大変だねぇ」

「え、え!?男子から!?何で!?」

「まぁ~、そう言うことなんじゃないの~?青春してるねぇ~」

「ち、違うって!だってまだ入学して2日だよ?そんなすぐ…」

「咲希は知らないの?このクラスに美人で可愛い人がいるって話題になってるやつ」

「それは知ってるけど、それって愛依ちゃんのことでしょ?」

「えっ?………ぷふっ!あはは!本当に言ってる!?この話題になってるのは私じゃなくて咲希よ?」

「へっ?私!?」

「咲希は自分が周りから注目されてるってこと自覚した方がいいよ?冷静に考えてもみなよ。普通に見て、咲希は頭も良くてスタイルも良くて、可愛い女の子なのよ?男子からしたらそりゃもう高嶺の花ってやつさ」

「スタイルは愛依ちゃんに負ける」

「そこは譲らないのね。でも、私が見たところ悪い人には見えなかったし、もしかしたら、告白……って可能性もあったりして……」

「いやいや、無いってそれは!」

「ま、とりあえず昼休みになったら隣のクラスに行こっか」

「えぇ~……」


自販機に行ってる間にまさかこんな事になってるなんて。愛依ちゃんが悪い人じゃないって言うなら信じてみるけど、緊張するなぁ。



などとずっと考えていたらすぐに時が来た。

嫌なことほど時間が早く過ぎるのだ。


「さぁて。行こっか!」

「他人事だと思って楽しそうだなぁ」

「他人事だから楽しいんだよ~」

「もう!」


ほんと、良い性格してるよね。愛依ちゃんって。


「あ、いたいた。ねぇ、君」

「はい?あ、さっきの……人」


隣のクラスの人と話してるようだ。私はそれをそのクラスのドアの陰に隠れて様子を窺っていた。


「そうそう。隣のクラスの人です」

「名前教えてくれてもいいでしょうに」

「それを言うなら君だって」

「俺は神外夕です」


っ!?


その名前を聞き、つい肩がびくんと弾んだ。

神外夕……?いや、まさか。

同姓同名の人も居ないとも限らない。

かみとゆう。かみとゆう。かみと……なんて言う名字をあの人の他に見たことないけど…。


「神外君ね。私は愛依。八重野愛依よ」

「八重野さんね」

「愛依って呼んでくれると嬉しいな。名字は何だか可愛くないでしょ?」

「そんな理由でほぼ初対面の女子を下の名前で呼ぶのは気が引けるな」

「そう?クラスの友達は皆そう呼んでくれてるけど?」

「それ全員女子でしょ」

「せいか~い!まぁ気楽に呼んでおくれよ!神外君!」


愛依ちゃんって凄いな…。会ったばかりの人のはずなのにもうこんなに仲良く……。


「それで、何の用で?」

「何の用かって。あなたが言ってたじゃない。成績1位の女子を見てみたいって」

「それは俺じゃないですし、今はあいつ居ないので。それに、俺はその子に出来れば近よりたくないと言うか…」

「え?どうして?もう咲希呼んだんだけど?」

「え……」


え、これ顔出さないといけない感じ?

嘘……本当にあの人だったら……。


「咲希?どしたの?早くこっち来なよ」

「えっ!あ、えと…」

「咲希?そんな恥ずかしがらなくてもいいでしょ?」


愛依ちゃんに腕を捕まれて強引に神外夕の前に立たされた。


そして、私の目には、とある男子が映った。


教室の向こうには小学から中学までずっと避けていた。いや、避け合っていた人物の姿があった。

そして、私達の視線は交わった。


「「あ………」」


この瞬間より、私達二人の何かが幕を開けた。

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