第5話 闇

「…い。…りしろ!おい!目を覚ませ!」どこだ…ここは。見たことない場所だ

「おい!おい!大丈夫か!」誰だろう。凄く必死な声で俺の名前を呼んでいる。まだぼんやりとしている。意識に霞がかかっているようだ…

「俺がわかるか!しっかりしろ!」段々と目の焦点が合ってきた。俺の名前を呼んでいる声の方を向いた。

「良かった…。無事そうだ…」安堵の声を漏らしている。俺はこの人を知っている。

「俺が不甲斐ないばかりに…守ってやれなくてごめんな…」深く頭を下げられた。どうみても俺より重症な、身体をしている。

「隊長!何してるんです!動いたらダメですって!」後ろからこの人を心配そうに声をかけている。こいつも見たことがある。

「大丈夫…です。ご迷惑おかけして申し訳ありません」とベッドに上から頭を下げた。意識はハッキリとしているはずなのに、何故かふわっとしている。俺に一体何があったんだ…思い出せない。

「な、何を…お前が謝る事なんて何もない…寧ろ悪いのは俺だ…本当に申し訳ない…」床に大粒の涙が溢れている。本当に俺の事を心配してくれたのだろう。

「顔を上げて下さい…」そうだ、この人は隊長だ。さっきそう呼ばれていたな。なぜ、こんなにも心配して頭まで下げて謝罪するのだろうか。確かに、部下ではあるがそこまでされることなのだろうか?

「もう少し早く森を抜ける指示を出していればこんなことにはならなかった…俺の判断ミスだ…。」

「もう、大丈夫ですから…。本当に。顔を上げてください」森を抜ける…。あぁ!そうか、俺はこの人と一緒に国境付近の森で警備をしていたんだった。それで…黒い靄に…ダメだ。思い出せない。あの時いったい何が起こったのだろうか。それにしてもなぜこの人はこんなにも謝っているのだろうか。確かに一緒に行動もしていたし、隊長という立場もあるからだろうが、それにしてもなぜだろうか。激しい後悔の念を感じる。

「すまんな。少し席を外してくれないか?こいつと二人で話がしたいんだ」隊長が後ろの男にそう告げた。

「そう…ですか?くれぐれもご無理なさらずに…」そう言うと男は部屋を出た。神妙な面持ちでゆっくりとこちらを向き直して、改めて大きく息を吸った。

「改めて君に謝罪がしたい。まずは、本当に申し訳ないことをした。」と深く頭を下げられた。

「もう、その件はわかりましたから。それに話って何ですか?」ゆっくりと顔を持ち上げてゆっくりと目を開いた。

「こうなったことの発端について話したい事があるんだ。これから話すことは少し長いが全部本当のことだ。質問は最後に聞くから、まずは俺の話を聞いてくれ。」どう言うと彼は話始めた。

 事の発端は今から10年以上前の話。隊長であるゲイオスは盗賊団「霧」の頭領だったと言う。盗賊団「霧」とは12.3年前に海の国を騒がした盗賊団で主に魔法石や歴史的に価値の高いとされる物を窃盗し売りさばいていたらしい。その盗賊団の名前由来は窃盗した後、瞬く間に霧の様に消えることからそう呼ばれたらしい。そしてその盗賊団の頭領が隊長だったというのだ。そしてサブの立ち位置にいたとされるのが俺の親父だというのだ。そして10年前のある日、盗賊団を解体する事件が起きたと言う。

 その日は雨だった。盗みを行うには絶好の日だった。仮に失敗して姿を見られても雨なら視界も悪い上に追いにくい。この日の獲物は小さい祠にあると言われている宝石だった。なんでもその宝石は300年前に魔女が落としたものらしい。だが、それ自身に強い力が有るため近づくことも、触ることも出来ないと言う。ある森の小さい村の外れにあるらしい。

「それで、その情報は本当なんだろうな。雨の日だけその石の効力が弱くなるってのは」不機嫌そうにタバコをふかしながら言った。

「あぁ、確かな筋からの情報だ。だが、弱まるとは言え、まだ協力らしい。それを上回る魔力を出力すれば相殺出来るみたいだ。その隙に頂くってわけよ。」と頭を人差し指でトントンとしながら答えた。

「マーレ。お前の話は回りくどいんだよ。もう少し分かりやすく言え。」先程の話を理解していないようで眉間の皺が深くなった。

「おいおい。ゲイオス。今のでわからんのか?お前はどこまでも…。雨の日に強い魔力を持った人間なら触れるって、事だ。わかったか?」わざとらしくオーバーなアクションで伝えた。

「ふん。最初からそうやって言えばいいんだよ。んで?誰が行くんだ。」タバコの火を消してゆっくりと立ち上がって言った

「俺とお前の二人だ。今回は特に危険だからな。お前が魔力を放ち、俺がそれを盗る。他のやつは足手まといになってしまう。」

「それにしても…それは本当に価値があんのか?それなら今まで何故盗まれてない。偽の情報を貰ったんじゃ無いのか?」

「疑うのは勝手だが、確かな筋の情報だよ。なんでもその宝石には魔力が宿っているみたいなんだが。見た目も綺麗ってんで買い取り手もいる。まぁ、今回の依頼主だがな。前金でこんなに貰ったんだ嘘は無いだろ」机の上に置かれた札束を見て口の端を持ち上げた

「おめぇ…そろそろ盗賊やめねぇのか」急にゲイオスが言ってきた。

「何だよ。急に。」少し狼狽えながら答える

「ガキ…いるんだろ。」下を向きながら小さく呟いた。伴侶がいることすら教えていなかったのに何故知っているんだ。

「何故…妻の事も話して無いのに…」

「俺様を甘く見すぎだ。結婚したってのも何となく雰囲気でわかる。それにここ最近のお前の仕事を見てれば尚更だ。だから、このヤマ終えたら抜けろ」俺はこの男を見くびっていたのかもしれない。盗賊の頭領をするだけのことある。普段の会話は知能の低さが滲み出ているが、ふとした時のカンや鋭さは一級品だ

「そこまで…バレてんだな…」観念して全てを話して、言われた通りこのヤマを終えたら抜けることを決意した。

「はっ!しゃらくせぇ。なーに隠し事してんだか。別にこの団はおめぇが居なくても成り立つんだよ!」急に大きな声を上げて勢い良く外に飛び出して行った。

「お、おい!待て。なにも今から急に行くことも無いだろ。そんなに俺を抜けさせたいのか。」

「うるせぇ!ガキがいんだろ!さっさと帰ってろ!それと。今回の前金は全部てめぇにくれてやる。出産祝いだ。」振り返って大きく口を開きながら笑っている。こんな男だからこそ俺はこいつに惹かれたんだ。

「あぁ…すまねぇ。助かるよ!」二人で目的の祠まで走り出した。

 小さな祠の回りには草木が一本も生えていなかった。まるでその周辺だけ誰かが手入れをしているみたいに綺麗に整地されていたのだ。

「大丈夫なのか?なんか、誰か手入れしてそうな場所だぞ。」普段手入れをしている人間がいると言うことは荒れればすぐにバレてしまう。しかも、いつ表れるのかわからない。

「なに。心配ないさ。今日は雨で、今は夜。今更誰も来やしないさ。それに中身が無くなった所で直ぐにはバレないさ。」心の中で焦りはあった。だが、今回もいつもと同じようにすれば問題はないと考えていた。

「それにしても本当にこの中にあんのか?どうみても雑な祠にしか見えんが。」目の前にある小さい木で出来た祠に手を伸ばした。簡単に開いたその中には透き通るような緑色の石が2つ並べて置いてあった。

「よし、これだ。今からこれに魔力を放ってくれ。なるべく強くだ。相殺された穴に俺が手を入れて取る」

「あいよ。おらっ!」張られていた魔力の結界が魔力によってこじ開けられていく。腕が入る程度まで開いたらそこに手を入れた。そして片方の石を地面から持ち上げた瞬間だった。

「ァァァァァァァアアアアアアアア!!!」断末魔のような悲鳴が急に響いた。それも俺達のすぐそばで。

「な、なんだ?敵襲か?それとも近隣の人間にバレたのか?」石を握りしめながら狼狽える。

「わからん…なんだ…この異様な声は」ゲイオスもたまらず、耳を抑える。

「…えせ…返せ…」断末魔の合間合間に何か声が聞こえる。微かだが確かに聞こえてる。二人ともどこから声が聞こえてるのか探りながらキョロキョロとしていた。少しして断末魔は収まった。

「なんだったんだ…今のは…」

「わからん…だが、止んでる今のうちにもう一つ頂こう。なにが起こるかわかったもんじゃない。」

「あぁ…そうだ…。あ…あぁ、ァァァァァァァアアアアアアアア!!!」

急にゲイオスが叫びだした。まるで先程の断末魔のような声だ。口をカタカタと震わせながら指を指している。祠の奥の方。腰を抜かしているのか立てずにいる

「おい、なんだ。どうした。」俺には何が起こっているのかさっぱりだったが

「あ…あれ。あれ」と指している方を目を細めて見てみた。なんだ。あれは。黒い靄のようなものが下のほうで蠢いて見える。誰かの残留魔力なのか。いや、それにしてはハッキリとし過ぎている。

「逃げよう…はよく!」とゲイオスが俺の腕を引っ張る。だが、もう一つの石を手に入れていない。

「お、おい。ちょっと待て。あと一つはどうする。依頼主にはなんて説明するんだ」と腕を振り払おうとしたが

「そんなものはどうだっていい!今は自分の命が最優先だ!お前も逃げるぞ!早く!」いままでになく必死に表情と気迫に押されて、引こうとしたときだった。

「ヤバイヤバイヤバイ!早く!走るんだ!」とゲイオスの顔がみるみると青ざめていった。掴んでいた手を振りほどき全力で走っている。その様子から明らかにヤバイ事はわかった。振り返っては行けない。そんなことは直感でわかっている。だが、アイツがなにを見てそこまで取り乱したのか。確かめようと思った。恐る恐る振り返るとそこには、黒いローブを羽織った背の高い人がいた。おそらく…女性だろうか…手を顔に当てて下を向いている。小さくうめき声をあげていた。さっきの声の正体だろう。見てわかった。こいつは人間じゃない。顔を抑えている手から水滴が流れ落ちた。少し粘りのある液体だ。暗くて見辛いし、雨が降っていてわかるはずがないのだがそれは見えた。血だった。彼女は血を顔から流しているようだった。降りかってまだ、1秒も経過していないのにそれがわかった。そして、これはヤバイ。早く逃げなければと急いで走ろとしたその時だった。彼女が、顔に当てていた手を離して顔を上げてこちらを向いた。その顔には片方の目が無く、その無くなった空間から血が流れていた。左目には今自分が握りしめている物と同じものがあった。この石はこいの目だったのだ。それを取られてこいつは断末魔のような悲鳴を上げて、盗んだ人間を殺そうとしているのだろう。逃げなければ本当に殺されてしまう。いや、石を返せば…無理だ。そんなことでどうこうなる問題じゃない。早く動け!と念じた時。雷の矢が彼女に刺さった。これは…ゲイオスの魔法だ。振り返ると震えながらもこちらを向いているゲイオスが見えた。

「今のうちだ!早く逃げるぞ!こい!今のとさっきの使った分で、魔力は消費しきった!」と叫んでいる。

今のうちだ!と勢いよく駆け出した。やつは腹に矢が刺さっている。簡単には追い付けない。

「すまない。ありがとう…」森を抜ければ何とかなるだろう。走りながら後ろを振り返った。追いかけてくる気配が無い。ホッと前を向いた瞬間絶望した。やつが目の前にいるのだ。先程の刺さった矢をそのままにこちらを向いている。大きく開けた口と右目があった空間は光すらも飲み込むような闇のような暗さをしている。長い髪を左右にユラユラと揺らしてゆっくり手を伸ばしている。

「こいつは、いよいよ本当にヤバイな。こっちの道をいこう」と進路を変えてまた、走り出したが少し走るとやつは俺達の前に表れる。まるで幻のようにふっと表れるのだ。やはりコイツは人間じゃない…俺達は手を出しては行けない物に。踏み込んではいけない領域に入ってしまったのだろう。大人しく観念するしか無いのか…そう思っていると急に目の前のやつが叫び出した。苦しそうな声をあげながら、徐々に消えていった。何事かわからずに、二人で立ちすくしていた。一体…何が起きたのだろうか…。そう思っていると

「君たち…やはりそれに手を出してしまったんだね」と急に後ろから声をかけられた。その声の主はこの国の王子だった。俺達のようなアウトローでも知っている大物だった。

「お、王子のお前がなんでこんなところに…」と狼狽えながら声をあげるも、先程の事でフラフラであった俺達はそのまま倒れた。

 目を覚ますと王宮の医務室に運ばれていた。二人とも気を失っていたところを運ばれたみたいだった。

「やぁ、目が覚めたね。ゲイオス君にマーレ君。」

二人のベットの間に立つようにして王子が言った。

「なんだよ、ここは。」と混乱して様子で私は尋ねた

「王宮だよ。まぁ、私の所有物さ。そして、君たちは私があそこから連れ帰った。質問は私の話を聞いた後にでもしてくれ。今から私が話すことを聞いてくれ」

と言って王子は話し出した。

「君たちが出会ったのは魔女…まぁ、魔女と言っても本来は精霊だ。どうやら、人間に対する憎悪や殺意によってあぁなってしまったようだ。私も詳しくはわかっていない。そして、君たちが盗もうとしたもの。あれは彼女の目だよ。彼女の目は特別なものでね。石を魔眼として使っていたようなんだ。そして、その石には凄まじい力があるとされている。」一通り話を終えた後に続けてこう言った。

「その石を盗むように指示したのは私だ。その石には可能性がある。故に国の為にと思ってね。君らは悪人だ。それくらい利用するのは問題無いだろう。前金もくれてやったしね。」と言った。なるほど。俺達はまんまと利用されたってわけだ。

「ふん。じゃあ、その石はくれてやる。さっさと俺らを帰せ。」ゲイオスは騙された事に腹を立ててそう言った。俺も同意見だ

「いや。帰さないよ。君たちはそもそも犯罪者だ。本来なら投獄だよ。決定権は私にある。そうだな…君たちにはこの国の軍人となってもらう。なに。私が根回しすれば問題はない。」高笑いをしながらそういった。意味がわからん。俺らの様な人間を入れるメリットなんて何も無いだろう。

「何を…今更この国の為に働けってのか?」そう言うと真剣な顔になって

「君たちに選択肢は無いんだよ。もしそれでも断ると言うのであれば君たちを処理しなければならない。君たちのお友達含め…全員ね。これの意味がわかるかい?この事件に関わった以上は逃がすことはしない。死ぬか私の管理下におかれるかの二択だ。」そう指を立ててこちらを凝視している。

「わかった…わかったよ。軍人でもなんでもやってやるよ。だが、他のやつは関係無い。俺だけが軍に属する。それで手打ちにしてくれ。」ゲイオスがうつむきながらそう言った

「すまないが、君たち二人で…だ。」何か含みがあるような言い方だった。

「俺も…か?俺なんかが軍人になった所で出来る事なんてなにも無いぞ?」と言った。俺は本来戦闘向きでも無いし、魔力センスも魔力量も少ない。

「マーレ君。君には整備隊に入ってもらう。新しく新設する部隊だ。君の整備の腕は知っている」何故この男はこうも色んな事を知っているのだ。情報が全て筒抜けみたいだった。

「それと一つだけ…本当に申しあげ難いんだが…」と今まで饒舌だったのが急に静かに話し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨と石 @Kngr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る