第3話 過去

私が自分を認識出来るようになったのはいつからだろうか。いまからずっと前…何百年も前に遡るだろう。その昔、私は精霊と呼ばれる類いの一種に属していた。精霊とは魔力の塊。もしくは自我を持った魔力等の認識でいいと思う。私自身も出世は不明なのでわからない。気が付いたらいたのだ。精霊とはそれぞれに司る能力のような物がある。これも能力と言うと少し違うのかもしれない。自分の魔力が影響を与えた結果そうなるものだと認識した方がしっくりくる。なので特に何をするわけでもないのだが。私は天候を、特に雨を降らせてしまうという事があった。意識して降らせてる訳ではない。ただ、何かの拍子に魔力を放つと雨が降ると言った感じだった。この能力故に一時期人間の間で信仰されていた。祠を立ててもらい、その中で生活をする。雨に困ったら村人から魔力を少しづつ借りて雨を降らせる。そんなことを何年かしていたと思う。いま考えれば上手く利用されたのだろう。たが当時はそんなこと思ってなかった。

 精霊と呼ばれる存在には親等は存在しない。仮に同じタイミングで同じ場所に産まれたならそれは兄弟として扱われる。だか、それは稀な話だ。私は無論一人で産まれて一人で育った。他人から何かをしてもらう、またはしてあげると言ったことはそれまで全く無かった。他の精霊がどう思ってるかは知らない。だが、私にとって人間はすごく興味があった。

 ある日ふらっと人間の集落に立ちよった。姿が視認出来る人間と出来ない人間がいるようで、視認されたことは少なかった。なのでバレないだろうと思っていた。その集落、人間はサハト村と言う所では干ばつが続いており、雨が降らないとの事で悩んでいた。神…とやらに祈りを捧げて必死に雨乞いをしている。それから何日もその村に立ち寄っては同じ光景を目にする。正直あまり見てられる者では無かった。精霊という立場で人間に干渉することは良くないとは思っていた。だが自分の力があればどうにか出来るかもしれない、そう思ってしまった。

「一回だけなら。見つからなければ問題は無いだろう。手を貸してあげるだけだ。」自分に言い聞かせるように、呟いた。自分の魔力を使い、サハト村周辺一帯に雨雲を作った。これで大丈夫だろう。

「これで良かった。皆あんなに幸せそうだし。それに私がしたと言うことはバレていない。」ポツリと呟く。

「誰?誰かいるの?」小さい子どもの声がした。やばい。私がしたことがバレてしまう。いや。相手は子供だ。冷静に対処すれば問題はない。

「見つかってしまったね。私にそんな大それた力は無いよ。」慎重になろう。大丈夫。

「あなたは、魔法使いなの?」

「ま、まぁ。魔法使い…なのかな。君たちの間にもいるだろ?」人間でも使える事は知っている。この村の人間がどうかは知らないが。

「私も使えるけど、ちょっとしか出来なくて…。それに村の大人の人は使っちゃダメだって言うから。」魔法を使ってはダメ?奇妙だな。

「私に魔法を教えて!そしたら村の人の役に立てると思うの。」小さいのになんて、しっかりした考えなのだろか。 人間に干渉してはいけない。そう自戒してはいたはずなのに

「いいよ。明日またここにおいで。誰にも見つかってはダメだよ。」咄嗟に口からそんな言葉が出ていた。言った後自分でもびっくりした。だが、一度言葉にしたことを訂正なんて出来ない。あんな嬉しそうなキラキラとした目を見せつけられては。

 それから彼女との秘密の特訓は続いた。精霊と人間では魔力操作が異なる。だがこの子は筋が良いみたいだ。センスもあって、直ぐに魔法を使えるようになった。使えるようになる度に彼女は嬉しそうに

「出来た!出来たよ!ほら!凄いでしょ!」とはしゃぐのだ。なんとも微笑ましい。家族がいたらこんな感じなのだろうか。それは産まれて初めて抱いた感情だった。

「あまりはしゃぐと村の人に気付かれるよ。でもすごいね。筋が良いよ。えっと…」

「ペトラだよ。もう!名前覚えて!」と頬を膨らませる。

「ふふ。冗談だよ。ペトラ。すごいすごい。」と頭を撫でてあげる。ふと、疑問に思ったことを彼女に聞いてみた。

「ペトラ?」

「なに?」

「私が怖くないのかい?他の人…とはちょっと違うだろ?」

「なんで?何処が違うの?怖くないよ?」キョトンとした感じで彼女が言った。きっと彼女には人間と精霊の違いがわからないのだろう。そう思っていた。

「ペトラ。今日はおしまいだよ。村へお帰り。」と帰宅を促した。だが少し俯いてちょっとだけ悲しそうな、寂しいような顔をしているのが見えた。

「ペトラ…?どうしたの?」優しく声をかけた。するとペトラはふっと我に帰り

「ううん。何もないよ。」と明るく言った。いや、明るく振る舞っていた。

「そう言えば…あなた名前は何て言うの?」と急に聞いてきた。そう言えば彼女からは「あなた」と呼ばれていた。

「私は精霊だから、名前は無いの。」と答えた。

「じゃあ、私がつけてあげるね!あなたの名前!」と言ってくれた。名前か…私は何て呼ばれるか…気にしたことも無かった。誰かに呼ばれるなんて考えた事もなかった。そうか…名前か。私の名前

「そうねぇ…じゃあ、カリーナってのはどうしから?美しい人って意味よ。」とニコニコと微笑みかけてくれる。

「カリーナ…言い名前ね…ありがたく頂戴するわ。本当に…ありがとう。」目から涙が溢れた。誰かに私と言う存在を呼んで貰えること。認識して貰えること。がここまで嬉しいものだったのか。涙が溢れて止まらない。

「カリーナ?嫌だった?私が考えた名前…ごめんね」

「ううん。嫌じゃない。嫌じゃないの。とても嬉しくて。こんな気持ち初めてで…」うまく言葉が出てこなかった。

「そろそろ、私…帰らなくちゃ…。また明日会いましょう。じゃあねカリーナ。」手を振って家に帰って行く。私に子供が出来たら、こんな気持ちになるのだろうか。精霊の私には無理な話だが、今はこの幻想を続く限り噛み締めたい。

 翌日ペトラは来なかった。その翌日も。彼女が私に名前をくれて以降、彼女が私に会いに来ることは無かった。

「村の方で幸せに暮らしているならそれで問題ない。そうよ。彼女が幸せならそれに越したことは無いわ。」噛み締めるように呟いた。その時茂みからカサっと音がした。ペトラが来てくれたのだろうか。ハッとそちらを向くとそこには大人の村人が数人でこちらを見ていた。その目は得体の知れない物を見る目。畏怖する目だった。その中の一人が

「魔女がいたぞ!」と叫んだ。それを聞いた途端こちらにものすごい勢いで大人数人が襲い掛かってきた。抵抗する間もなく彼女は捕まってしまった。

「何故…なぜこんな事をするの。」よわよわしく、縛られた彼女が問いかける。

「黙っていろ。この魔女め。お前は今から村に連れていって断罪する。はやく歩け。」とこちらには目も向けずに答えた。やたら早口でそうまくしたてる。

「私は」と言いかけたとき、横から頬を鈍い痛みが走った。

「黙れ魔女。貴様の言う事には耳をかさん。いいからさっさと歩け。」この人たちは私が見えている。つまり私が精霊の類であることはわかっているはずなのだ。後に知ったことだが、この村では魔術事態を悪とする考えが存在していたみたいで、その根源は魔女すなわち精霊であると思っていたらしい。そのせいで干ばつが続いていたと。その村の若い少年がとある精霊にたぶらかされて一度村が潰れかけたとの事だった。だが、それはその精霊が悪かっただけなのだがその少年と言うのが当時の村長の息子だった。それで村を上げて精霊は悪という風習に変わったのだという。とんだ迷惑な話だ。確かに人間に恨みを持つ精霊もいるだろう。いたずらをする精霊もいるだろう。だが私は違う。そんなことを今訴えてもきっとまた殴られるだろう。

「貴様。この村の少女とあっていたな。」ハッと思い咄嗟に首を横に振った。

「嘘つくな。あのガキが白状したんだ。それがお前だろ。」こいつらには感情がないのか。ふざけるな彼女は何も悪くないだろ。

「彼女は関係無い。私を恐れているなら私だけでいいはずだ。ペトラをどうするつもりだ。彼女にひどいことしてみろ。貴様らただで済むと思うなよ」初めて腹の底から憎悪が沸き上がってきた。こいつらには外道という言葉すら勿体ない。

「っへ。お前もガキも一緒にこれから火刑だよ。せいぜいしっかり燃えろや」これがこの世の人間の考える事なのか。人間とはここまで非道になれるのか。ふざけるな。魔女は私だ。私さえ死ねばペトラは関係ないだろう。

 村に着いた時愕然とした。そこには変わり果てたペトラの姿があった。あんなに小さくて可愛い顔が倍くらいにまで腫れあがり、手足は痣だらけだった。

「ぺ。ペトラ…なんで…どうして…」彼女に近づいてそっと手を握った。まだ辛うじて息をしている。

「カリー…ナ。ごめん…ね…」と今にも消えそうな声で彼女が呟く。その手には握りしめられていた。彼女はその手をそっと開き

「これ…ね。あなたに…」と緑の石を私に渡した。特に何の変哲もない石だが、それからは彼女の思いが流れ込んできた。彼女が宝物にしていたものなのだろうか。石からとても暖かい感情が流れ込んでくる。これは彼女がこの石に込めた魔法なのだろうか。

「ありがとうね…大切にするよ…」と握りしめた。彼女はその言葉聞いた瞬間ふっと目を閉じた。

「魔女、貴様とそこのガキを今から火刑に処す。」彼女の家族は縛られている。猿轡もされているようだった。

「貴様ら人間にこの私がむざむざとやられるとでも思っていたのか?貴様の言う魔女相手に本気でこんなものが聞くとでも思っていたのかぁあ!」あふれ出る怒りが魔力となり嵐をおこした。うなる風は村の家屋の屋根を飛ばし雨は前が見えない程に降りしきっている。

「この身が枯れ果てようと貴様らを生かすと思うなよ。末代まで貴様らを呪ってでも殺してやる。精霊をなめた代償は重たいぞ。」その時の私はきっと彼女のが付けてくれた名前とはかけ離れた姿と見た目をしていただろう。私に初めての感情をくれた彼女を失ってしまった。彼女を守れなかった自分にも、彼女に手をかけて人間も。すべてが憎い。人間!人間!!人間!!!

 その雨が収まるのは一週間後の事だが、その中で生きていける人間がいるはずも無かった。無論彼女の両親やそのほかの村人も…手元に残されたのは人間に対する酷い憎悪と彼女がくれた二つの石。

「私は無力だ。精霊なんて大それたものじゃない。私は魔女だ。彼女を奪ったには罰。」いつしか彼女を覆っていた白いローブは黒く変色していた。唇は噛み締めた時に流れた血を塗って。彼女は自分のことをカリーナで有ることを忘れ、いつしか人間が畏怖の念を込めて付けた名前「雨の魔女」「ペトリコール」として時を過ごした。

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