意向
仙崎が早めに帰宅することを宣言したので、僕は以前から伺おうと思っていた人物を探すことにした。夕方頃に意識が覚醒できるようになると、行動範囲も広がるのでいいものだ。仙崎と夕陽を見られる日が来るとは夢にも思わなかった。今日は外が明るいうちに、自然を堪能しようかな。季節が秋だったので、木々は朱色だったり、黄色だったりと、色が多い。いい季節だ。歩いていると、紺色の着物を羽織って、狐みたいな白いお面を被ったシロに出会った。まあ、偶然ではなく、必然だったりする。シロを探していたのだ。石に腰掛けて、仙人みたいに瞑想しているシロに声をかけるのは気が引ける。しばらく待とうかな。
近頃の事を思い返す。僕の魔力が上昇したことで、悪霊退治の術者達がこぞって僕に襲撃を仕掛けるようになった。どれも陳腐な術式を扱う奴らで、全員返り討ちにした。実は、仙崎以前から僕に襲撃を仕掛けてくる輩がいたので、そんなに珍しいことでなかったりする。『世界の意思』の元で動いてる組織を除いても、小さな団体や副業で怪異胎児を営んでいる術者がいてもおかしくはあるまい。
しばらく思案を巡らせているとシロは座禅を解いて、僕を認識した。
「やあ、シロ。久しぶりだな」
「絶鬼。何しにきた」
シロは口数が少ない。必要最低限の言葉しか発しないが、無視はしない。暇つぶしの話し相手には勝手が良い。人の扱いをしていないかも知れないが、シロは人間ではなく、自動自立型人形なので、問題はなかったりする。
「暇つぶしだよ」
「暇なら剣を持て。そして戦え」
シロは鞘から刀を抜くように、左の掌から刀を召喚した。既視感のある光景である。
「なんでそうなる」と言いながらも僕は影の魔力を一点に集中させて、黒剣を制作した。
「なあ、シロ。僕が勝ったら主人に会わせてくれないか?」
「それは無理だ。お前のような危険因子を会わせるはずがない」
「大丈夫だ。僕は何もしない」
「なぜ言い切れる?」
「僕は人畜無害の凡人さ」
シロとの打ち合いが始まった。相変わらずアクロバティックな動きを高速で打ちこんでくる。僕は必要最低限の動きで、避けてカウンターを狙う。ここだ。僕の剣は当たらなかった。シロは読んでいたようで、しゃがんで避けた。こんな感じで何度か打ち合って僕は降参した。何だか飽きた。
「もう、やめよう」
「お前の負けでいいんだな」
「そうだな。今日は割と本気で君の主人に会いたいからな。彼女が下校するまで、あんまり時間はない」
「お前、主人を知っているのか?」
「当然だろう。生前はお世話になった。死後になってからは会ってないと思うけど」
シロはしばらく停止した。本当に停止した。無言はもちろんのこと、瞬きもしないし、指一本も動かさなかった。そして、口が動いた。
「記憶が戻ったなら、会わせてやろう」
「いいのか?」
唐突な意見の変化に、何だか拍子抜けだ。しかし、会わせてくれるなら、甘受しようではないか。
「主人が会うと言っている。ついて来い」
「言っているってどう言うことだよ」
シロは停止していただけで、僕の目の前から消えたわけでない。まさか、思考だけでやり取りができるのか? 人形の視界を共有できるみたいな特殊な機能もあるのかも知れない。なんせ世界最高の人形師ジャン・クロード・ロマンが自ら製作したとされる自動人形だ。埒外の技術が搭載されていても、何ら不自然はない。
「思考を共有している。どこにいても指示がある」
ジャン・クロード・ロマンはやはり凄いな。これから会えると思うと緊張が強くなってきた。
●
彼女は記憶のままであった。端正に配置された顔のパーツ、黒くて長い髪、長い手足に、締まった腹囲によって強調される大きめの胸囲。容姿に関して弱点は見当たらない完璧な女性である。少女らしいあどけなさは若干残してはいるが、彼女は高校生にして完成された美を体現していると思う。誰もいない教室で、こんな女性と二人きりだと思うと、色々期待する。しかも呼び出されたことを鑑みると、告白でもされるかも知れない。それはさすがに期待し過ぎだし、僕は死んでいる。いいことはないだろう。
「柿原君。久しぶりね」
彼女ーー安原さゆりは窓に背中を預けたまま言った。相変わらず僕を見下すような態度である。そう感じるのは、やはり僕の心が汚いのかも知れない。けど、よく観察すると、安原は下民を小馬鹿にする貴族のように、頬を緩ませているようにも見える。そう思うのは、僕が自己肯定感が低い偏屈者だからなのかも知れない。しかし仕方ないことではないだろうか。これといって成功体験が乏しい僕に肯定的な思考を持てと言われても難儀である。
「久しぶりだな。君はあんまり変わらないようで何よりだよ」
「久しぶりに会う女性には、とりあえず『綺麗になった』と言えるようになるとモテるようになるよ」
「とりあえずはダメでしょ。とりあえずのヨイショなんて簡単に見透かされますよ。それに死んでるんでモテる必要がないです」
「その割には仙崎さんとよく会ってるみたいじゃないの?」
「何でわかるんですか?」
「監視しているからよ」
僕は椅子に座って停止しているシロを見た。「こいつだろ?僕を監視しているのは」と、目でアピールだ。
「僕にプライバシーはないんですね」
「当然でしょ。あなたは鬼なんだから」と安原は笑った。いや鼻で笑った感じであった。
「ところで、私のことは思い出したの?」
「少しだけな」
意識が覚醒している時間が延びるにつれて、僅かではあるが記憶が戻っている。仙崎との記憶はもちろんのこと、安原さゆりが重要な人物であることも思い出しつつある。しかし、自信は持てない。妄想とも取れる素っ頓狂な内容だからだ。だが、こうして安原さゆりが僕との対面を承諾したなら、やはり事実なのだろう。
「君は、ジャン・クロード・ロマンだ。生ける伝説の人形師であり、僕の死に大きく関わっている」
「そう」と安原は嘆息混じりに億劫そうに答えた。「正解ね。概ね当ってる。否定するところはないわ。わざわざ補足するのも面倒ですし」
「本当にそうなのか?」
嘘だろう。何百年も前から存在する人形師が現役の女子高生なんてことあるのか?自信を持って指摘したのは僕だが、誰よりも疑心が強いのも僕であろう。
「ジャン・クロード・ロマンは世襲制なのよ。私達の一族は代々、ロマンの名を巡って骨肉の争いを繰り広げていたの。君はその争いに巻き込まれた」
「骨肉の争いって、ロマンの名前には大金でも絡んでるのかよ」
富豪の一族だと財産を巡って、骨肉の争いをしているイメージがある。ロマンの名前にも、汚い大人の欲望が絡んでるに違いない。何だか嫌な話だ。
「膨大な財産もあるかもだけど、欲するのは歴代の英知と継承される魔力よ。君がかつて所有していた妖刀のように記憶と魔力を継承することができる。一応、正当な継承に選ばれた私は、歴代の記憶と累積された魔力を自身の物にしている」
「何だか僕みたいだな」
妖刀「弥助」の戦闘の記憶と、絶鬼の魔力。生前の僕は、最低でも二つの魔力を継承したことで、それなりの戦闘能力を有していた。ジャン・クロード・ロマンも酷似する様式で、代々力を継承しているらしい。
「そうね。あなたの「弥助」の能力を参考にして初代様はこのシステムを採用したみたいだし。ところで私のことを怒ってる?」
安原は首を傾げて言った。傾げたのは僕もだ。
「君のせいで死んだとか思ってないけど」
仙崎の話を聞く限りでは僕は利他的に動ける人間だったようだ。ならきっと僕は安原の役に立てた事を誇りに思っていたのではないだろうか。憶測に過ぎない。
「違うわ。彼のことよ」
安原が視線を向けたのは、暇そうに頬杖しているシロである。彼は教室まで僕を案内すると、椅子を反対にして座っていた。話を振られても特に様子を変えることはない。毅然としている。
「あの子は、柿原翔太の遺体をベースに製作した自動人形なの。私が正式にロマンになって初めての作品であり、私が所有する最高の人形よ」
「そう言うことか。通りで弥助を扱えるわけだ」
「弥助に選ばれたなら世界に影響を与える逸材だったはず。実際にも世界を救っている英雄なんだから。やはり素材として申し分ない。普段が火力を抑えているけど、出力をあげれば、あなたともそれなりに戦えるはず」
「それは僕を倒せる可能性もあるのか?」
「無理ね。私、ジャン・クロード・ロマンの歴代の魔力と英知を集結させても、あなたには敵わないわ」
「そんなことあるのか?」
「並の人間が少しくらい知恵を絞ったところで、神の域に到達することは不可能よ。それだけあなたは特殊なのよ」
「特殊か……過去に前例もないのか? 僕以外にも神の域に達したとか。一件くらいあるだろう。その時はどうやって対処したんだ」
「アリスからも聞いたでしょ? 基本的には神に域に達する前に処分するものなの。あなたのような前例はもちろんあったけど、例外なく『神殺しの魔力』を前に消滅している」
そう言えばそんなこと言ってたな。アレクサンドロス大王や織田信長、ナポレオンは神に匹敵する力を持ち、世界に多大な影響を及ぼす前に消滅させられたとか、何とか。
「『世界の意思』ってやつなら聞いた。仙崎が消滅する可能性も」
「それなら安心して。『世界の意思』の時間概念は私達とは違う。過去、現在、未来を世界は同時に認識している。つまり全ての可能性を網羅してる世界が、仙崎さんを選んだなら、あなたが消滅する運命は確定している」
残念だけど、仙崎さんによってあんたは消滅する、断言してもいい、と安原は凄味を言葉に混ぜた。凛としているとも思った。
「そうか。なら安心だな」
「怖いの?」
「怖いさ。死ぬのは怖いだろう。普通」
「正直ね。死を一度は経験してるだろうに」
「覚えてないよ。僕に死ぬ前の記憶はない。そもそも僕は柿原翔太じゃないんだろ?」
「それは断言できない」
安原の口調に変化があった。知的な老翁を彷彿させる。そんな気がした。
「僕は、柿原翔太の生前の記憶と、絶鬼の残滓を偶然持って生まれた鬼なんだろ?」
「私達は長い年月をかけて蘇生の研究を続けてきた。遺体に魔術的な刺激を与えることもあれば、時には科学的なアプローチもした。あらゆる手を尽くしたが、私が望むような成果はなかった。遺体を動かすことはできても、人格を再現することは叶わなかったんだ。それはなぜか。人格が身体に、脳に宿るものであると断言していたからだ。しかし、君のような存在がいるなら、やはり人格や魂とされるものは、身体とは別にあるのかもしれない」
「それって」
「断言はできないけどね。あなたは柿原翔太だと私達は思うよ。生前の柿原君は、この学校によくないものが集まりやすい事を危惧して、夜な夜な鬼の魔力を使った特殊な封印術を仕込んでいたのよ。おそらく学校の魔力と絶鬼の魔力、あなたの魔力が上手く結合して誕生したのが、あなたよ」
元の雰囲気に戻った安原は、微笑んだ。
「記憶が残っているのが何よりも証拠よ。そもそもそこまで卑下する理由は何なの?それともあなたが納得がいく言い回しをするべきかしら。あなたは分裂したの」
「分裂か」
僕に起こっている状況を最も上手く説明するなら分裂なのかも知れない。魂はあの世に行って無に帰り、肉体は現世に残って人形なった。そして特異な魔力は一部の記憶を持って現世に留まっている。僕が膨大な魔力の塊でなければ、このような状況にならない。鬼の力さえなければ僕は無であった。記憶がなければ意識もない。完全な無だ。
「あなたが自殺志願者なのはわかっているつもりよ。罪悪感で溢れていることは、周知になってる。だけど仙崎さんだけではなく、私もあなたを助けたいのよ。あなたは楽しくないだろうけど」
「助けるってなにをするんだよ。僕は怪異だ。消滅すること以外に何があるんだ」
「あなたが望むなら、記憶を別の物に転移させることも可能よ」
「そんな誘惑はやめてくれ。僕は世界の敵だ。何が目的なんだ!何がしたい!!」
僕は怒声をあげていた。安原の無責任な言葉には、僕は動揺して、激昂した。これは自分に対する怒りだ。
「世界の真実を知りたいの。あなたには世界に近づく力があるのよ」
「なにを言っている」
「気にしないで何千年後の話よ。私達の世代じゃない。次世代の話」
やはり裏があったのか。安原と言うよりはジャン・クロード・ロマンの意向なんだろう。やはり信頼はしてはいけない。遺体と同じく怪しげな実験に使われてしまう。恐ろしい女だ。
「大丈夫よ。あなたが望む物を目指すから。何かをする事で不正と咎められる事はあるけど、何もしないことで咎められることもある。後者の方が最も罪深いことだと私は思ってる。何よりもあなたに嫌われたくないからね」
僕が接触を試みることがなかったら、放任してそうだったような気がする。そんな余計な事は口にしない。
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