襲撃

 今日も仙崎は会ってくれるのだろうか?

ちらほらではあるが回数が減少した。一ヶ月以上に亘って僕なんかの元に来訪するほうが、おかしな話かもしれない。寂しいとかではないよ。強がりでもない。マジで、本気で。そもそも、生者ならまだしも、死者が人に依存するなんて、悪霊でしかない。僕はそんなおこがましい死者ではないのだ。生者だとしても他人に依存するのは褒められることではないだろうし。


 ただ、なんだか心配なのだ。仙崎はあくまでも表の人間でありながらも、悪霊退治まで従事する魔女である。最終的に仙崎と対峙する構図は、否応なしにも巡ってくる選択肢の一つになりゆるだろう。どうして僕が死ぬ必要があったのかなど、知りたいことは幾分にある。成仏するには、心残りが多いのも事実。しかし、仙崎が本気で僕を倒すと言うなら、覚悟を決めなくてならない。そんなことを仙崎と過ごすようになってから、感じるようになった。我ながら素晴らしい成長だ。仙崎に出会う前は、朦朧な意識の中で、ひたすら影を取り込むだけの怪物だった。自我を求めて、目的を求めて。


 そんなくだらない妄想は置いといて、今日も校内に沈殿する影の回収でもしようかと思う。仙崎が来訪するまでは、僕はいつも校内の見回りをしていた。この高校はマンモス校だった頃の活気の名残りもあってか、影が集まりやすい。僕の意識が悪霊として顕在化するのにも、動因となっていることだろう。


 ルートは生徒が今も使っている校舎、教室から、順番に巡回するようにしている。最も見落としたくないからね。とは言え、活気が満ちている教室で、影が元気よく沈殿することは、滅多にないことだったりする。わかってはいるが、夜は長いので、隅々まで懇切丁寧に巡回していく。教室はどこも施錠されているが、影の力で鍵を生成すれば簡単に入室する事ができた。どうやた僕は、影の力は自由に扱えるみたいだ。かなり便利である。不意に僕が使っていた教室でたどり着いた。急に思い出したのだ。仙崎との出会いで、僕の自身の記憶が朧げにだが、取り戻しつつあるのかも知れない。進歩していると思えば利得である。


 とある教室の前で僕は停止した。この部屋に何かある。直感でそう感じたのだ。慎重に扉を開くと、誰もいなかった。僕の考え過ぎだったかも知れない。しかし、魔力の痕跡である魔痕を感じるような気がする。僕は魔力の感知が得意ではないので、直感は、どこまでいっても直感でしかない。ただ、現状は誰に命を狙われてもおかしくない状況ではある。仙崎しかり、左客を送り込まれる可能性は常に考慮しなくてはいけない。


「あ‥‥」


 僕は阿呆である。散々心中で注意を促しながら慎重に足を運んでいたのにも、関わらず結界に閉じ込められた。力任せに魔力を練り込ませた僕の結界とは違い、洗練された真四角の結界だ。感心するくらい綺麗な真四角に見惚れする。過度な魔力はなく、バランスがいい。しかも爆発させることもできる。僕にこんなことはできない。


「なんだ。随分と間抜けなんだな」


 男は僕と同じくらいの年齢に見えた。高校生だろうか?この高校の生徒ではないことは確かだ。長い綺麗な黒髪に、長いまつ毛。顔立ちは羨ましいくらい綺麗だ。容姿はいいが前屈みに机に座った男は、僕を嘲笑う。


「こんなクソみたいな結界に拘束されるなんて、なんだか拍子抜けだな」


 返す言葉はない。


「僕が大したことないのがわかったなら助けてくれ。僕は無実だ」


「それは無理な相談だ」と男は立ち上がった。「絶鬼をみすみす逃す訳がないだろう? 世界最強の怪異の一角をこのまま野放しにするのは、世界への反逆に等しい。人類への裏切りだ。君もそう思うだろ? 人の心が残っているなら」


 心拍が上昇したことを認めた。


「絶鬼‥‥僕がかい?」


「おいおい。本気で言ってるのか」


 男は拳銃を向けた。おそらく術式が仕込んである拳銃だろう。術式の詳細が確認できるまで、不用意に攻めるのは得策ではなさそうだ。ただし、戦うことは避けたい。戦わずして勝つ。


「柿原翔太はたった一人で絶鬼を討伐したことで、英雄と謳われた。しかし、この話には裏がある」と男は引き金を弾いた。すると結界が爆発した。僕は咄嗟に魔力で肉体を包み込んだ。それでも全身に痛みがあった。死んでるのに痛いのか。なんて嫌味は置いといて、僕は窓際に跳躍する。


「やはり、ただの悪霊ではないな」

 

 男は二丁の拳銃を構えていた。どちらも銃口は僕に向けられている。


「一応だけど術式くらいなら扱えるので」


「そうか」と男は引き金を弾く。魔法陣が僕の腕に現れた。立体的な魔法陣だ。僕は反射的に覆いかぶせるように封印術を発動させて、そのまま男の術式を無効化した。案外、上手くいくものだ。


「チッ」

 

 男が跳躍して迫ってくる。銃口の向きとは関係ないようで、僕の右の太腿、左の腕に魔法陣が展開された。先刻と同じように魔法陣を無効化する。蹴りへの反応がやや遅れたが、片腕で顔を守る。男は至近距離で銃口が向けた。まさかの実弾か。フェイントだった。向けられた銃口は空中で静止していた。男が手を離したんだ。空いた手は僕の鳩尾を抉っている。重ねて顔面に蹴り。僕は大きくのけ反った。魔力で強化された体術は厄介だ。速度、重さ、どれもヘビー級のファイターと遜色ない。


「お前、本当に絶鬼か?」


 なんだかデジャブだな。仙崎にも似たようなことを聞かれた気がする。


「まあ、どっちにしろ。お前には死んでもらう」

 

 男は再び銃口を向けた。僕の半径3メートルを覆う大きな魔法陣。明らかにオーバーキルだ。だが、この状況は僕には都合がいい。


「な‥‥」


 男は唖然としていた。おそらく僕を確実に仕留める強力な術式だったのだろう。残念だが、僕の封印術は更に上を行くようだ。初めて僕は攻勢に出た。仙崎には上手くいかなかったが、吸魔の力を行使する。どんな強い術師でも魔力がなければ、ただの人だ。無力化に成功すれば、僕の勝ちだ。


 一気に距離を詰める。右手で触れるフェイントをして、左手で男の腕を掴んだ。僕の勝ちだ、と思ったが左手がなかった。切り落とされたんだ。素早い斬撃は、建物ごと教室を切断したことで、床が陥没した。狙ってやったなら大したものだ。


 別棟の屋上で刀を構えている白い狐の仮面は、再び刀を振りかぶった。宙を切り裂く刀身から、魔力を帯びた飛ぶ斬撃が迫る。僕は右腕に現時点で扱えるありったけの魔力を拡散させて一気に凝縮することで、斬撃を受け流した。イメージしたのは刀だ。敵の斬撃に耐えられる強力な武器の生成して得物として扱う。存外、上手く行くのものだ。魔力を極限まで凝縮した漆黒の刀は、禍々しい魔力を放っていること以外は、概ね良好だ。ちなみに左腕も全快した。


「おい! シロ!! 邪魔するな。俺はまだやれるぞ」


 拳銃男は怒声を上げる。どうやら白仮面はシロと言うらしい。


「時間切れだ。鬼は力を増した。お前の手には負えない」

  

 拳銃男はシロの言葉に顔を顰めた。そして、憎悪と不快感、憤怒が混ざった瞳を僕に向けた。なんで僕なんだ。僕がなんかしただろうか? 今のところは、僕が被害者のような気がするんだが。けど、自慢の術式を無効化して戦力外通告を受けたのが、僕の責任なら、それは妬心であろう。勘弁してくれ。


 なんて緩慢に思考をしていると、シロが居合いの構えで、僕の目の前にいた。銀色の閃光が走る。拳銃男なんて比較にならない速撃に、僕は慌てて防戦する。反応できている。最低限の動きで、避けて、受け流す。カウンターとか狙いたいが、そこまでの余裕はない。


 シロは構えを変えた。両手で持っていた刀を片手で構えたのだ。たった、それだけなのだが、動きが極端に変貌にしたのだ。跳躍に回転、飛ぶ斬撃、無駄な動きが多いが、魔力で大幅に強化された体の動きはとんでもなく速い。つまりアクロバティックな動きによって、動きがなんだかよくわからん。変則的な動きに脱帽した。僕は完全に翻弄されている。カウンターなんて狙えない。防戦に集中するしかない。


 とは言え、シロの動きには覚えがある。妖刀『弥助』。僕がかつて使っていた「怪異殺しの刀」だ。戦国時代に活躍した異国の侍である弥助は、世界最高クラスの我流の剣豪であった。魔王、海賊、劇作家、女王、人類の脅威を討ち滅ぼして、伝説を残した弥助であったが、死後を安らかに過ごすことは叶わなかった。遺体が掘り起こされたのだ。盗まれた遺体は何らかの方法で、刀となり、今日まで残ることになる。その妖刀は、選ばれた所有者に、弥助の記憶をアップロードすると言うもの。つまり弥助の戦闘経験と、剣術、魔力操作を再現するのだ。ここだけの話だが、全く持って素人であった僕が、鬼と戦えた理由は弥助の力である。しかしだ。弥助の戦闘技術を再現するには強靭な筋力が必要なのだ。筋力が足りてなかった僕には、完全に再現する事ができなかった。


「やっぱり弥助かよ」


 鍔迫り合いとなり、刀を目視した。断言できる。この刀は弥助だ。かつて僕が振るっていた妖刀であり、相棒だった刀だ。こうして敵となって再開することになるとは、人生とは否、存在が続く限り、何があるかわからない。


「どんな訓練を積んだら、そんな動きができるんだよ」と僕は感嘆から聞いてみた。答えはなかった。代わりに、ゼロ距離で斬撃を放たれた。防ぎはしたが、体が宙に浮く。この一瞬を見逃すシロではない。剣技では勝てない。地上戦で防戦一方。空中戦なら間違いくやられる。それなら、出鱈目に魔力を放出して、爆発させた。漆黒の魔力が過多に出力されて、室内の全てを吹き飛ばした。本当に言葉通りだ。机も、椅子も、窓も、壁も、人も、全てが爆発の衝撃で飛んだ。ここまでするつもりはなかったんだが。まさか、死んでないよな。殺すつもりはなかった。言い訳だが、明らかに僕の魔力が増幅していたんだ。急成長かな? それなら僕はまだまだ若くて伸びしろがあるようだ。死んでるから、年齢を重ねるって言う概念はないが。


 黒煙が落ち着くと、二人の男は平然と立っていた。良かった。けど拳銃男は、ぶつぶつと呟いている。耳を澄ませば、詠唱を唱えていることを認識できた。魔術か。うん? そもそも魔術が使えたのか。


「術式解放」と拳銃男が言う。大、中、小の魔法陣が、僕の周囲を囲いながら召喚された。数は無数だ。捉えきれない。爆発。今度は僕が爆撃に巻き込まれた。魔力で肉体を覆ったので無傷だったが、気が付いたら中庭にいた。三階から落ちたのか。衝撃はなかった理由は、即席で創作した着脱式の魔力シェルターのおかげだ。魔力の上昇によって自動的に僕を守ったんだ。


 シロは半裸で煤を被り、怪我も目立つし痛々しいが、刀は構えている。厳戒態勢を解く気はないようだ。あれだけの爆発に二度もあっても、よく元気で入れるものだ。生前の僕なら戦意を失い、落とし所を探すと思う。本当にどんな鍛えたかたしてるんだよ。できれば生前に仲良くなりたかったな。


「冬至‥‥今のはやりすぎだろ」


 冬至と呼ばれた拳銃の男は、額から血を流して片腕を押さえていた。


「うるせぇ。死んでも殺す覚悟がないと、あいつはやれない」


 冬至は拳銃を握り直す。シロよりも後方を陣取って知ることからも、サポートに徹する感じだろう。


「心意気は称賛するが、勇気と無謀を履き違えるな」


「わかってる。援護する」


 友情が芽生えた感じか。かつて対立したライバル同士が、共通の敵を持ったことで、分かち合い、最高のフレンドになるって言う王道パターンか。いいなぁ、楽しそうだ。青春って感じ。そして、僕は敵なのか。弥助の剣術に、空間を掌握する術式を同時に相手するのは、少々骨が折れる。二人とも満身創痍であることは否めない状況であるが、変則的で予測は難しい。やり過ごせる可能性は決して高くはない。


 なら、攻勢に出ようか。彼らが命を落とす覚悟で挑むと言うのなら、僕もそれなりの覚悟で挑まなくては失礼だろう。


 ここからは一方的だった。僕は影の魔力を最大限まで解放させた。影を収斂させての斬撃、光の束として砲撃、巨人の腕を模倣した打撃。もちろん僕自身も高出力の術式に、かつて得意とした剣術。技のバリエーションは彼らの上を行くことは自負している。彼らはよくついて来たと思う。しのぎを削るとはこのことだろう。それでも最後まで立っていたのは僕だったが。


「おい‥‥死んではないだろ。聞きたい事があるんだが」


 僕は片手で冬至を持ち上げた。言葉通りに首根っこを掴んで持ち上げているので、その様はペットみたいだ。第三者から見たら、極悪人にしか見えないだろうけど。


「お前ら仙崎の仲間か?」


 返事はなかったが勝手に話を進める。冬至は顔を上げた。


「そうだとしたらどうするんだ?」


 質問を質問で返すのか。この状況下でもイニシアチブは取らせるつもりはないようだ。凄いな。そう思ったら、冬至に対して凄みを感じた。自然と気が引き締まる。


「君達の言動から、僕を討伐する事が目的なのはわかる。わかるが昨日までの仙崎の態度とは違って見えたから」


 仙崎とは最初こそ食い違いがあったが、最終的には和睦したと思う。ただ、新しい人物の登場で、仙崎が仲間との意見が食い違った挙句に、何らかのペナルティーを受けていたのではと、心配になった。考え過ぎならいいが。


「お前が仙崎カンナに酔心なのは本当のようだな」


 冬至の言葉に時間が止まったような錯覚に陥ったのは、何を隠そう僕だ。


「その反応は図星か。お前と仙崎の関係のことは聞いている。だけどよ、お前は死者で、仙崎は生者だ。住む世界が違う。もう一度よく考えることだな」


 何だよそれ。それをお前に言われる筋合いはない。


「仙崎はお前を消すことに同意している。無論、俺たちも反対するつもりはない」


 本音を言えばだ。この場で冬至の頭を握り潰したいと言う衝動に駆られた。何度も、何度も、踏みつけて、肉片をすり潰して、原型が一つも残らない肉団子にしてやろうと思ったが、僅かに残った理性が抑制してくれた。


「君たちの考えはよくわかった。それで仙崎はどこにいるんだ」

 

 僕は怪異だ。それも、かなり強い怪異であることは否定できない。危険な存在だ。人類にとっての脅威であり、彼らに討伐されることは道理だろう。だけど、もう一度仙崎と話す権利くらいあってもよくないか?


「お前に会わせるか。バーカ」


 わかりやすいくらい単純な煽り。沸点が低くなっていた僕には、充分過ぎた。感情に比例して、爆発的に魔力が上昇する。理性は反比例するように消失していった。これまでとは比較にならない感情の爆発に、僕は人間の姿を保っていないような気がした。今なら鬼と言われても、否定は絶対しない。首肯して現実を受け入れると思う。最も知性があったらの話だが。


 その瞬間、僕は発火した。



 


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