是正
一ヶ月が経った。この一ヶ月を長く感じるか、遅く感じるかは、人それぞれだろうが、僕にはとても短く感じた。発見が、とても多かったからだ。
まずは仙崎の話をしよう。僕を成仏させると誓った日から、仙崎は日課のように僕の元に訪れた。一度は帰宅して、下準備をしてから、訪れているようで、制服ではなく私服だし、入浴を済ましているので、いつもいい匂いがした。
そもそも帰宅して着替えてから来るように言ったのは僕だったりする。と言うのも、仙崎は授業が終えると、そのまま学校で一晩過ごすとか言い出したからだ。女子がそれでいいのか?
仙崎にはなるべく普段通りの生活リズムを崩さないようにと懇願した。仙崎は少しムスッとしたが、最後に折れたようで承諾してくれた。
最初はちょっとした世間話をしていた。学校のこと、クラスのこと、友達のこと、話していくと、発見があった。僕の記憶では高一の夏頃だったんだが、どうやら違うようで、現在は高三の夏前だと言う。
生前の記憶は最低でも一年はない。本当にそうなのか。正直に言うと自信はない。確認することはできないし、仙崎とは高校生からの付き合いだし、僕とも深い仲ではなかったと思う。しかし、仙崎は意外にも僕のことをよく知っていた。少し驚嘆したが、同時に記憶にある生前の僕と変わりはないようだ。友達はいない、つまり誰も僕を知らない。僕なんかと話すのは、仙崎のような変わり者くらいのようだ。
「死んだ人間とまで仲良くする必要はないだろ?」
僕はつい口にした。仙崎は本当に変わっている。クラスで浮いているような残念な人間と積極的に関わるかと思いきや、死んだ人間にまで世話を焼くのだ。もはや、変人だろ。
「そうかもね」
あっさり仙崎は答えた。ツッコミを入れたくなるくらいあっさりだったが、仙崎の表情が神妙だったので、良しとしない。
「けど、カッキーには世話になったからね」
いや。世話になっているのは僕なんだが。それとも追試でカンニングの幇助をしたことが、あったはず。それを、今でも恩に思っているのか。
「忘れているみたいだけど、生前のカッキーはすごくいい人だったよ」
そうなんだ。と僕は心中で呟いた。なんせ実感がないので、口にすることは憚れる。それとも僕は、仙崎との出会いで心変わりをしたのかも知れない。少なからず仙崎から、いい人と評価されるくらいには。
「本来なら死が永遠の別れでしょ。それがこんな奇跡があるんだから凄いよね。そう言えばカッキーはなんであの教室にいたの?」
「噂を聞いたからだよ」
薄々感じていたことだが、僕は夜の学校でしか顕在化することができないようだ。昼の間は、存在があやふやで意識が薄弱としている。全く意識がないわけではないので、なんとなくではあるが、生徒の話や噂話を認識できたりする。
「いつから記憶があるの?」
「死後の話なら、多分最近だと思う」
意識が明確になったのは、おそらく最近の話だと思う。自信はない。
「なんだか曖昧な事が多いね。これじゃ別の選択肢を探すのも難しいかも」
「そうだな」
僕の死についても仙崎に聞いた。仙崎は嫌悪感を露わにしながらも、「高二の夏頃に、亡くなった」と話してくれた。「それしか知らないとも言った」遺体が見つからないなど、不審な点が多いらしい。クラスメイトも、教師も口を揃えて「詳しいことは知らない」そうだ。
まあ、これはどう考えても、霊的、魔力的なことが起因していることは、明白だな。僕の存在は制約によって、曖昧になっている。
「呪縛霊になったのと関係あるのかも知れないな」
「どう言うこと?」
「生前の僕……記憶の僕は絶鬼との戦いで多くの力を失ったはずなんだ。霊的なもの感覚も、戦う魔力も全てだ。それがどう言うことか、高二の夏に戦うことになり、自身の存在を失った」
「呪い? みたいなこと?」
「そう言うことだ。制約とか条件を課すことで、一時的に巨大な力を得たと推測することができる。そうじゃなければ、僕の存在はあまりにもイレギュラーだ。呪縛霊になっていることが、なによりも証拠になる」
「だけど、どんな敵だったんだろう」
「それはわからない。僕から探るのも難しいし」
仙崎は口を閉ざした。
●
話の流れで仙崎に術式を教えることになった。仙崎は深夜になると魔力操作を練習するようにしているらしいが、上手くはいっていない様子だった。
危なっかしいので、僕は助言をしてしまった。失言だったと思っている。仙崎が魔力に目覚めたのも半年前らしく、出力の加減ができない。いつ教室を半壊させてもおかしくない。
魔女に従事しつつ教えを乞うているようだが、僕の一件もあってしばらく会ってないことも、成長の妨げになっているらしい。そう言うことなら、面目ない。
教えてみると仙崎には魔術師としての素質があるように思えた。感覚でやっていることを説明するのは難しいし、表現や、感覚は人ぞれぞれだ。仙崎は僕の言葉の意図を理解して、形にしていく。天才かと素直に思った。
僕なんか術式を覚えるのに時間が掛かり過ぎて、時雨から「君は、あれだね。才能がないね」と太鼓判を押されたくらいだ。
自信がついた仙崎は、術式を教えて欲しいと要求が増えた。なんでも、生前の僕が使っていた術式が以前から気になっていたらしい。
「ちょっと待てよ仙崎。生前の僕は君の前で術式を使ったのか?」
「使ったことあるよ」
それは聞いてないな。もしかして僕が仙崎を裏の世界に招き入れたのか。人知れず存在する世界は、魔法だろうが、霊的だろうが、任侠だろうか、ひっくるめて夜の世界だろうが、知らないに越したことはない。
「勘違いしないでね。カッキーは私に関わらないように注意してたから。寧ろ私が強引に巻き込んだくらいだから」と仙崎は言ってくれたが、それはそれで困惑する。
仙崎は魔女の弟子ではあるが、魔法や魔術、術式の概念はなかった。そもそも魔法は、魔力を使い森羅万象あらゆるものを自在に操る、もしくは創造するものである。しかし、魔力を自在に操ると言うのは、一部の才能ある者しか扱うことはできないとされる。
魔法を行使するには、魔力を知覚する、魔力に干渉をすることが重要だからだ。古代には魔力を知覚して自在に操る事ができる者が多くいたようだ。しかし、世代交代を繰り返して行くと、魔力を知覚できても魔力に干渉できる者が極端に減少した。古代から受け継がれた魔法が廃れることを恐れた魔法使いは、干渉する方法を模索するようになる。
そうして生まれたのが、詠唱や魔法陣によって発動する魔術だ。魔術は魔法と比較すると自由度は低かったが、総魔力量が伴っていれば誰もが、擬似的な魔法を扱えるようになった。魔術が発展すると、より簡単に、より最速で、使い勝手のいい魔術が求められるようになっていく。現代になれば、魔力を込めるだけで魔術を発動する術式が広まった。術式はあらかじめ魔法陣を組み込んで置き、魔力を込めるだけで発動させる事ができる。媒体は武器だったり、肉体、魔力そのものだったりと、幅広く流用することができ、魔法のように無詠唱で発動させるなど、利点が多かった。
僕の術式は義手に組み込まれた魔法陣によって、発動させる事ができる。主に結果術、封印術だ。まあ、これは生前の話であって、現在の僕は霊体なので、異なる理由で術を発動させている。
「これは何?」
如何わしそうに仙崎は言った。怪訝にするのはわかる。なんせ、僕が手にしているのはA4サイズの紙なのだがら、気持ちはわかる。
「こいつに魔法陣を描くんだよ」と僕は、多分ルーン文字とか、フランス語とか、英語とか、よくわからない言語を扱って描いてくのだが、丸暗記なので自分でも、よくわからない。
「それでどうするの?」
「描き終えたら魔力を流して発動させるだけだけど。それ、やってみい」
仙崎はこれまで内包する魔力を操作する練習をしてきたので、容易に発動はできると思う。
「わかった」
僕の指示通りに仙崎は、魔法陣の中央に手にひらを置く。ちなみに僕が描いたのは結界術である。初級の結界術なので紙に書いた簡単な魔法陣でも、発動はできるはずだ。仙崎が魔力を流すと強い光が教室を灯した。僕が使うと紫色みたいな光を放つのだが、仙崎のは光そのものって感じだ。太陽の光を彷彿させた。
「……ダメだったね」
結論から言うと失敗だった。僕が魔法陣を描き間違えたのかも知れないので、今度は丁寧に細心の注意を払って描いたものを仙崎に渡した。これもダメだった。
「もしかして、私って才能ない感じ?」
「それは早計だと思うけど」
「そうなの?」
残念そうな顔が綻んだ。
「うん。元々僕には魔術適性はなかったし、呪いみたいな感じで今までやってきたから、仙崎は僕と違って自前で魔力持ってるから」
「え!? カッキーは自前で持ってないの?」
「そうだね。最初は刀の魔力を使ってたからね」
「そしたら「今」はどう言う理屈で魔力を操ってるの?」
「今の僕は悪霊だから……つまり魔力の塊ってこと」
「なるほど。術式的な感じだね」
「全然違うと思うけど、まあ、そう言う解釈もあると思う」
その後も仙崎は幾度も挑戦したが上手くはいかなかった。一度だけ盾のような結界が一瞬だけ現れたが、本当に一瞬だけで刹那に消失した。魔力量が過多になっているのではと、仙崎にアドバイスしてみたが、それでも上手くはいかなかった。ただ回数を重ねるのではなく、毎回のように試行錯誤を繰り返したが、全くもって見当違いであった。代りに魔法陣を描くのは上達した。僕の話だけど。仙崎にはとりあえず自分で魔法陣を描くように促しといた。僕が知る限りの結果を話すと、仙崎は結界術を習得することはできなかった。
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