対立

 意識が戻ると柔らかい感覚があった。これは、やや筋肉質だが柔らかい脂肪分も兼ね備えた、いい太ももだ。室内に差しこむ月光を知覚したことで、ここが補習室であることを思い出した。頭と背中の疼痛は生きていることからも、やたらと手慣れていたジャーマンツープレックスは現実に起こったことのようだ。と言うことは、あの絶景は夢ではなさそうだ。妄想ではなく、夢にまで見た双丘は本物なんだと思うと、少し顔が歪んだ。仙崎の膝枕を堪能していると、「あ、もう大丈夫?」


 仙崎は覗き込むように僕の顔を見る。すごい心配そうにしているが、僕は君にやられたのだ。


「多分。大丈夫かな」


 少しばかり痛覚はあるが、大丈夫だろ。僕は立ち上がろうとする。


「ダメだよ。もう少しこのまま横になってて」


 仙崎の意見に従う。もう少しこのままでも悪くはないと思ったからだ。少し恥ずかしいが、こんな僥倖はなかなかないだろう。下心は正直めっちゃあるが、原因は仙崎による不当な暴力だ。少しばかり罪を償ってもらわなくては立つ瀬がない。と自身を正当化して、しばらく仙崎の太腿で横になることにした。それに提案した仙崎は少し恥ずかしそうにしていて、なんだか可愛げがあるし、悪くない。むしろ最高だ。


「あの‥‥ごめんね」


 仙崎は辛辣な様子で言う。


「いや、こちらこそごめん。まさかジャーマンツープレックスをお見舞いされるとは思っていなかったけど」


 思い出すだけで身震いする。あんな痛い思いは金輪際ごめんだ。


「だって」と仙崎は、少し頬を紅潮させる。


「カッキー、私のおっぱいをじっとみてたんだもん。ニヤニヤしてたから」


「え!?」


 驚嘆した。顔に出たのか?スーパーポーカーフェイスのつもりだった。普段から得意としている澄ました顔を晒していたつもりだったのが、気のせいのようだ。欲望が丸出しだったか。失礼しました。しかし、改めて礼を言いたい。ありがとうございます。


「エッチ」


 仙崎は胸を隠すように身構えた。その仕草はやめてくれ。色々と反応してしまう。


「てか、何で着替えてたんだよ。しかも下着まで脱いで」


 仙崎は制服ではない。先刻のニーハイはそのままで、黒を基調とした上着にミニスカート、注目すべきは帽子か。鍔の広い三角形の帽子は、先端が垂れさがって彼女の右耳辺りで其方此方としていた。率直に魔女かと思った。古典的なものではなく、近代的感性を持った現代風の魔女ではある。そう言えばダンス愛好会とか、古典愛好会とか、ゲーム愛好会とか、よくわからん愛好会があったような気がする。コスプレ愛好会があっても何ら不思議はない。


「いつもしてないからに決まってんじゃん」


 さて、どういうことだ? 何の話をしていたんだっけ。そうそう僕は下着がどうこうと、話の流れだったよな。つまり普段から下着を着けてないのか。そういう捉え方以外になにがある。仙崎が露出狂?? 下着をしていない方が感度が良くなるとか聞いたことがあるような。僕の知らない特殊な健康観がある可能性もなくはない。見る目が、変わってしまう。いやいや、待て、落ち着け。いつもスケートが捲れて下着の色は周知になっているではないか。多分、嘘だ。


「ところで‥‥カッキーはどうしてこんなところにいたの?」


「……それはこっちのセリフだよ。仙崎こそ何してたんだよ」


 使われてない校舎の一室で、女子高生が半裸になっている方が不自然だと思う。


「確か走って帰ったじゃないか。何でこんな所にいるんだ」


 補習が終わった後、仙崎は韋駄天の如く教室を出たはず。それは、僕の記憶違いか。そうだ。それは別の日の話だった。


「え? あ‥‥そうだけども、忘れものをしたから取りに行って、あの……ここに……」


 仙崎は逡巡として、躊躇うように言葉選ぶ。僕の記憶違いに仙崎は合わせたようだ。


 しかし、隠し事がある事は明白である。まあ、コスプレだろうけど。もしくは人には言えない性癖があるのかも知れない。僕は時刻が9時過ぎであることを確認して、目を大きくした。もしかしたら僕は顔に出やすいタイプかも知れない。


「仙崎。僕は結構長い間気絶してたみたいだな。保健室に連れて行こう、と言う発想はなかったのか」


「ごめん。思い付きもしなかった」


「益体ない判断力だな」


「まあまあ、そんなに怒らないで、多分誰もいなかったと思うし」


「そうか……」


「じゃあ、僕は帰るよ。仙崎も帰るだろ?」


 仙崎を送って帰ろう。夜は深まった。どんなに仙崎が僕より強くとも、女子高生を一人で帰らせるのは、男としての立つ瀬がない。既にないような気もするが。


 名残り惜しいが仙崎の太ももとさよならして、立ち上がった。少々の立ちくらみ。存外、ダメージが蓄積されているようだ。普段ならそんなことはないのだが。


「え~とねぇ。うん、多分帰るよ」


 仙崎の様子がおかしい。どうして口不調なんだ。


「何だよ。多分って」


「えーっと。えへ」


「何で笑って誤魔化そうとするんだ」


「うーん。わかった。帰ろう」


 迂遠とした態度を改め仙崎はガッツポーズをした。心の整理が着いたようだ。何でもない会話。それは僕だけで、仙崎にとっては重要な意味があったのだろう。


「間が悪いな」


 折り悪くして、大きな違和感が近づいてくるのを感じた。ドアが爆発音と共に吹っ飛ぶ。


 歓迎されない不審者は教室を覗きこむ。人間ではない。黒い。どこまでも深い影が人の形で顕在化していた。僕はこいつを知っている。中学三年生の頃、散々目撃し、再三に渡り退治した鬼の不完全体だ。正式名称はない。強いて言うなら影だ。人の影。抑圧された感情の残渣が、影となって残ったもの。学校で噂になっている都市伝説は、おそらくこいつが原因だ。しかし、どうしたものか。僕の目的は都市伝説の信憑性を確認し、可能なら影を取り込むことだったんだ。仙崎がいる前では下手に動けない。


「せっ、仙崎?」


 僕が緩慢な思考をしている最中に、仙崎は影の首に足から飛び付いて太股で首を締めた。人外に間接技の類いが通用するか疑問を覚えたが、影は苦しみ暴れ廻る。


 過去に聞いた話だ。人から誕生する影は主に感情、思考、無意識から成る妖魔であるが故に人間が本能的に嫌うものが、全般的に苦手らしい。例えば、火とか、高所だとか。ダメージは与えられるかも知れないが、影は人ではないのだ。絞首に至らないはず。はずなんだけど、影は蓄積された魔力を周囲に散らしている。存在があやふやになっているのだ。


「はああああ」


 仙崎は背中から倒れて逆立ちの状態になると、一回転して影を床に叩き付けた。鍛えぬかれた体幹から、繰り出す力技だ。


 影は蒸発するように消える。ぞんざいな結果。疑問が浮かび上がる。黒い影は霊体であって存在はする。存在はするが実体はない。どうやって触れて、どうやってダメージを与えたんだ。普通の人間には不可能なはずだ。


 対して、影は物理的干渉が行え、通常の人間なら一方的に殺される。理不尽な世界だ。


「仙崎、お前‥‥」と僕は驚愕のあまり開いた口が閉じない見たいな演劇をしてみる。


「ビックリした? ごめんね。独りで曲芸でもやってるように見えただろうけど、カッキーには見えない怪物を倒したんだよ、私」


 私って、おいおい。認識ができない人からしたら、確かに曲芸に見えるのかも知れんが、もう少し憚ったらどうなのだ。僕が意識しすぎなのだろうか。そんなわけない。


「知っているよ。僕も一応見える人だ」


 戦闘技術の割に、僕が境界の先に片足を踏み入れていることは、わからないようだ。霊的戦闘技術と霊的な見識は似て異なる。僕の底が知れている浅い知識が一つ増えた。


「え~! じゃあカッキーも襲われるんじゃない?」


「奴らは見える人を好んで襲そう。だけど僕の霊的能力も魔力もド底辺。見えていると悟らなければ、問題はない……と思う」


「詳しいんだね。てか、私と正反対! 目が合わなくても、近くにいるだけで、襲われるんだけど」


「大変な体質だな」


 心底同情する。それなりに苦労してるのにも関わらず、明朗快活な性格でいられる仙崎に尊敬を抱いた。僕とはますます真逆だ。コンプレックスが強くなる。


「カッキーもやっぱり戦えるの?」


「いや。僕に防衛手段はないよ。一方的に殺される」


一方的に殺されるは少々虚言があるが、概ね事実だろう。


「大変だね」


 僕は苦笑いをした。


「しかし、帰りたくても帰れないなぁ」


 廊下に顔を出す。恐怖感とは違う、嫌悪感が心中で渦巻く。影、もしくは鬼がいる。と言っても僕の霊的見識能力は当てにならないので、嘘を言っているようなものだ。いわゆる勘だ。勘ではあるが、影の目撃情報から察するに、油断はできない。一度も遭遇することなく安全に帰られる保証はないだろう。


 最悪、僕も力を発揮する必要がある。正直に言うと、可能なら戦闘は避けたいが、人の命に関わるなら使うしかない。


「心配しなくても大丈夫! 私が守るよ。ウォーミングアップにもちょうどいいし。私はこう見えて魔女見習いなんだよ。ちゃんと送ってあげるから」


 頼もしい。仙崎は肩を廻し、屈伸運動。魔女の格好で、体操ってのどうなんだ。魔女は魔法を使う女の人じゃないのか?


「ウォーミングアップって、魔法を使うんだよな」


 仙崎は首を横に振る。


「私、魔法なんて使えないよ」


「それって魔女なのか?」


「魔女の弟子だから、魔女って言ってるだけだよ」


「僕の認識としては、魔女の弟子なのか疑問だな。納得できない」


「先生は偉大な魔女だよ。私は肉弾戦が得意だから、魔法なんてぶっちゃけ使えなくても、これがある」と仙崎は拳を向ける。


「そもそも、先生は魔法なんて教えてくれないし。そんなことより、わたしについてきて」


 先導役をやってやるよ。と仙崎は続けて、廊下に出る。


「そりゃあ、どうも」


「さあ、行こう。此の世の全てはそこにある!!」


「どこに行く。つもりだよ」


「世界の果てだよ。ワトソンくん」


「……」


 仙崎がピクニックにでも行くみたいなテンションなのは良しとして。つくづく思い通りにはならないものだ。送るつもりが、送ってもらうことになるとは、先導者の背中を遺憾に思う。


「なあ、仙崎。聞いてもいいか」


「なーに?」


「仙崎の思う魔女って何だ?」


 創作の上では、魔法使いの女形で、黒いマントに三角帽子が世間のイメージだ。現実の魔女は糾弾される害で、数百万人が犠牲になった魔女狩りは有名な話だろう。一説では、戦争、天災に対する庶民のストレス発散、スケープゴートにあると言われている。いつの時代もバランサーは存在する。心のバランスを誰かが取らなくてはならない。仙崎は率先して、悪魔払いの勉強していると言った感じか。今日も噂の真意を確認して、可能なら悪霊退治するつもりだったのだろう。犠牲を惜しまない姿勢は素晴らしいものだ。つくづく好い人だな。


「便宜上、魔女って言ってるだけで、 私自身魔女についてはよくわからない。ただ、偶然にも魔女に怪異退治を教わることになったから、格好も、ほら」と仙崎はくるりと廻り、ミニスカートがひらりと舞う。うん、悪くない。


「まあ、ムードを楽しんでるだけ」


「偶然にも魔女に出会ったって、そんな偶然あるんだな。驚きだよ」


 道端で困っていた老婆を助けたら偶然にもその老婆が魔女で、魔法を教えてもらうことになったってか?


 そんな馬鹿げたことがあってたまるか。うん、よくよく考えたら僕も偶然、魔術師に助けられて、鬼退治を手伝うことになり、運良く絶鬼を倒してしまったので、鬼殺しの英雄ともてはやされた。きっかけなんて些細なことなのかも知れない。


「奇遇だね。私も驚き」


 会話が途切れ、沈黙が訪れる。否応と足音が響く。暗闇に目が慣れても、夜の学校には慣れない。学校に怪談話は付き物だ。元クラスメイトから盗み聞きした内容によると、この学校には数々の都市伝説があるそうだ。影はもちろん、魔女を目撃したとか、人形が動いたとか。くだらない挿話として受け流していたが、どうにも頭を過る。暗闇ほど人の恐怖心を煽るものはない。昼間は沈黙寡言を押し通す僕であるが、この瞬間の僕は、胸中で会話の話題を探りに探っている。饒舌に成らなくては、頭がどうにかなりそうだ。


「仙崎は補習とか参加するの?」


「うん‥‥補習? いや、行かないつもりだけど」


 やや遅れて仙崎は答えた。


「いいのか。毎度のように追試受けてるに、このままだと退学だろう」


「うーん。将来は怪異の専門家になりたいから、退学でも問題ないかな」


 怪異の専門家。人類の脅威と人知れず戦う孤独な世界に飛び込もうと言うのだろうか。短期間ではあるが怪物退治をしていた僕の意見を述べると、あんまり楽しいものではないと思う。オススメはしない。普通に生きるのが一番だと僕は思う。しかし、仙崎の利他的な思考は尊敬に値する。僕にはないものだ。


「親御さんが悲しむよ」


「いいよ親なんていないも、同然だし」


「どういう意味だよ?」


「離婚して母子家庭なんだけど、母は入退院を繰り返してるから、家にはいないよ」


 それは初耳だ。両親に愛育されて、優れた容姿から誰からも愛された。結果として人懐っこい性格になった人生の勝利者だと勝手に思っていた。思っていたが、違ったようだ。


「ごめん。余計なこと言った」


「いや、謝らなくてもいいんだけど。誰だって何かしら問題を抱えてるもんだと思うよ」


「まあ、そうだろうけど」


 誰でも隠したい問題はあるだろう。僕も隠し事はたくさんある。


「それより今日はよく喋るねカッキー。もしかして怖いの? 臆病だね」


 僕が臆病であることは否めない。対して彼女の警戒心の薄さは異常だ。僕のような沈黙寡言を通す人間は、不気味に思い距離を置くのが正常の判断だ。しかし、仙崎は距離を置くなのではなく、むしろ邁進する。誰にでも、分け隔てなくコミュニケーションを取り、友人関係を築けるれるのは人間としては優れているが、 生物としては劣等だ。警戒心の乏しさは常に危険が伴う。仙崎に自覚はないだろう。心配にはなる。されど僕が気にするのは筋違いか。


「まあ、否定はできないかな」


 冷や汗垂れ流しで心臓バクバク。なんて余計なことは言わない。昔は鬼と死闘を繰り広げていたんだが、本当にあの日々の僕はどこに行ったんだ。


「だろうね。ハハハハ。わからなくはないけど、学校とかって幽霊とか出やすいから、気にしてもしょうがないよ」


「いやいや、幽霊とかそんなレベルじゃないだろ」


 怪異だぞ。不完全ながらそれなりの力を持った人類の天敵だ。下手したら殺されるんだぞ。理解力が乏しいんだな。知ってたけど。


「怖くないのか?」


 仙崎は速答する。


「怖くない。むしろ何で怖いの? 私にはよくわからないよ。恐怖に怯えていたら、できることもできなくなるし。私は後悔することが一番怖い。鬼なんてヘノヘノかっぱ」


「頼もしい限りだ」


 僕も『力』を持っていた時は、勇敢で溌剌していて、もう少し明るい性格だったし、友達もいたと思う。


「なよなよしやがって、そりぁ!!」


 左の頬が痛い。容赦ないビンタを浴びた。


「いってぇな。叩くなよ」


「え? 叩いてって言ったじゃない」


「はあ? そんーーって!?」


 またビンタ。


「おい!」


「ははは、元気じゃん! いつもそれくらい元気でいたら」


「くっ」


「ほら、知らない? 昔の人達が神様を信じていた理由」


「はあ? なんだよ」


「見える人が今よりずっと多かったの。神様や幽霊、怪異は案外身近な出来ごとだったんだよ。八百万の神なんて言葉もあるようにね。けど、いつしか見えなくなった。諸説あるけど、人類の進化の過程で霊的な力は必要ないってのが有力なんだってさぁ」


「それがなんだよ」


「私達は天然記念物だから、同族同士、胸を張って頑張ろうってことね」


「うーん、よくわからんね。僕と仙崎は全く別の人種だよ」


 僕と仙崎が同類なんてことはない。仙崎が太陽なら僕は宇宙のゴミだし、仙崎がフェンダーなら僕は無名メーカーだし、仙崎が英雄なら僕は悪人だし、仙崎が女なら僕は男だ。真逆とは少し違う変な関係だと思う。


「そんなことはないでしょ。私は人間だもん。カッキーも人間でしょ」


「‥‥そうだけど。そうだけども」


 大きく括るとそうだけど、流石に酷くない。要は僕と仙崎の共通点は『人間』しかないと結論付けてないか。考え過ぎだろうか。


「カッキーのその卑屈な性格が改善されたら、モテると思うよ」


 うーん。それは絶対ないと思うよ。さすがにね。



 思いの外すんなり下駄箱に着いた。昼間は出入り自由だが、夜にもなれば出入口は全て施錠されていた。仙崎曰く、一部の扉は施錠されないよう細工をしているそうだ。靴を履き替え安堵する。


「よかった、よかった。問題なし。やっと帰れるねカッキー。ここから先は超安全だから!」


「何でそんなことが言い切れるんだ?」


 学校は負の感情が集中しているもので、校内から無事脱出したからと油断できるものではない。そもそも僕らが在籍するこの学校は、土地だけは広い。校舎は四つ、体育館は二つ、グラウンドも二つ、生徒人数は最盛期と比べると激減しているので、使われてはいない。それでも校門まではまだまだ距離がある。歩いて10分くらいかな?


「実は三種類の術式が唱えてあって、一つは周囲の霊的エネルギーを校内に集めるもの、二つ目は集めたエネルギーを校内に閉じ込めるもの。だから校内から外は安全のはず」


「へぇー、そんなこと出来るのか。凄いな」


「うん。先生がね!」と仙崎は溌剌とした。


 そうかい。三種類の術式を重ねて行使するなんて優秀な魔術師なんだな。仙崎の先生は、と胸中で呟き僕は扉に触れた。


「ーーーーーいっ!!」


 身体が拒絶する。いや、拒絶された。電流が流れ込むような痺れ。動けない。扉が開かない、開けられないのだ。そんな僕を仙崎は、剣呑な目つきで見据える。


「なるほど、そういうことか」


「何だよ、仙崎……」


 仙崎は屈伸運動をする。まるで、これから全力で敵を蹴散らす準備運動みたいだ。その相手が僕ではないと思いたい。僕と仙崎は旧知の仲であると自負している。同じ目標を持って共に追試と言う青春の弊害、邪悪な行事に立ち向かったんだ。短い期間ではあったが、僕達の友情は嘘なのか。


「あんたはカッキーじゃない。妖魔だ!」


「何言い出すんだよ仙崎、僕はーー」


 そうか。ここで言う霊的エネルギーとは鬼の根元。負の感情からなる霊的エネルギーだ。


『僕も当てはまるのか』


「ちなみに、三種類目はどんな術式なんだ?」


「人払い」と仙崎は短く切り、僕を目掛けて跳躍する。


 なんとなく動きを読んでいたので、僕は術式を発動して仙崎の跳び蹴りを受け流した。盾のような結界を二歩前に展開して、仙崎の速度を遅延させたので上手くいったのだ。そのまま、僕は一目散に逃げ出した。逃げ切る算段はない。とにかく怖かった。仙崎の目は、嫌悪を通り越し、敵意。もしくは殺意のようなものまで感じ、僕は逃げ出した。己の精神の脆弱さを垣間見る瞬間だった。

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