第4話 どこでもドアと同一性2
次の日の放課後も僕たちはいつものように文芸部で各々好きなことをしていた。
チカはギターの練習、僕はスマホをいじったり宿題をしたり、ゴリは筋トレをして汗を流していた。
ゴリが筋トレを終えると僕とチカに「やっぱり昨日のどこでもドアの話は理解できない」と告げた。
「なんでよ」とチカがなぜかとげとげしく言う。「昨日も言ったけどいろんな考え方の人がいるし、これは未解決の哲学の問題なの。これに答えはないの」と淡々とゴリに言う。
「けどまぁ、僕もどこでもドアの話に関してはわかったような、わからないような感じなんだよね」とゴリを庇うように言う。なぜか今日はチカの機嫌が悪い。こういう時のチカは理詰めをしてくるし、ゴリはこういう時のチカが大嫌いだし、うまく反論ができないくせにやけに突っかかる。僕がワンクッション入らないと大喧嘩になるだろう。
「そうだよな!」とゴリがいう。「昨日家に帰ってからも少し考えたんだけど、やっぱりこの問題って人間とモノだと話が違うんじゃないかって思う」
「どういうことよ」とチカがいう。
「人間だけじゃなくて動物でもそうだと思うんだけどさ、記憶を含めてその人ってところがあるじゃん。だから、えーとなんていうんだろう」とゴリが言葉が出ず、口ごもる。
「魂とか記憶とか心とかそういった見えないものも含めて人間で、それを完璧にコピーしてもそれは模造品に過ぎないってことでしょ?」と僕が助け舟を出す。
「そうそう!さすがヒカル!」と嬉しそうに言う。「それにさ、もしそれが模造品だとわからないくらい100%一緒だとしても、それが模造品だってことに気が付いたらそれはもう模造品なんじゃないか」とゴリは続けて言う。
「確かに…」珍しくチカがゴリに言い負かされている。「でも、うん。認知の問題か」チカはボソボソっと呟く。
「いろんな考え方があるからこそ、面白いんじゃないかな」と僕はその場を取り繕うとした。ゴリは満足していたが、チカはそうではなかった。
「ヘラクレイトスの川っていうパラドックスがあるんだけど、それは同じ川に入ることは二度とできないっていう哲学の考えなの」
「また、変なことを話始める」とゴリがいう。
「これの考え方は、川を流れる水は絶え間なく変化し続けるでしょ。だから同じ川に入ることは二度とできないっていう意味なんだけど、でもこの考え方は変よね。だって私たちはその川って概念的なものであって、その一瞬しか存在しない川を指しているわけじゃないものね」とチカが一人納得している。
「でもその話とさっきのどこでもドアの話のどこがつながっているの」と僕は聞く。
「うまく説明できないけど、例えばゴリをどこでもドアに通してどこかに行かせたとするでしょ。そうすると、物質的に通る前にゴリと、通った後のゴリは100%一緒だけど、概念的にはそれは別のゴリになるっていうか」うまく説明できず、チカの顔は苦虫を嚙み潰したようになっている。
「つまり、物質じゃなくて魂とかそういったスピリチュアル的な何かがあるってこと」と僕がチカに聞く。
「多分そういうことだと思う。けど、私の考えていることが全部それに当てはまるのかは私もわからないけど」とやはりチカは少し悔しそうで、悩ましい顔をしている。
「安心しろチカ、俺は途中からなんもわかってないから」と元気よくゴリがいう。
「でも今回は私の考え方が少し間違っていたかも」と珍しくチカが負けを認めた。「それに今日少し不機嫌で、八つ当たりした。ごめん」と僕とゴリに謝った。
「いいんだよ、そんなん不機嫌なのはいつもだろ、それにさっきもチカとヒカルが言ってたけど、これには答えがないパラドックスなんだろ?だったらチカが謝ることないじゃん」とゴリが優しくチカに言う。
「そうだよチカ、ツンデレのデレがないのがチカなんだから」と冗談ぽく僕は言った。
少ししてチカに僕は「不機嫌になるきっかけみたいなのがあったの」と聞いた。
「うん。実は」とチカが話始めた。
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