第20話『榊坂家の仕事 その八』

 夜を走る。

 荘司の右手の先には繋いだ彩葉の温もりがある。

 寒い冬の空気も、その繋がりで十分に癒される。

 抱えて走れば良いのだろうが、急いで彩葉の家でまとめた荷物のせいで不可能だった。


 家には姉がいるから帰ることができないし、荘司も少しサイズは大きかったが、血で汚れた自分の服から彩葉のお父さんの服に着替えていた。思い出の品はほとんど何も持って来られなかったが、仕方ない。これでも極力未練は晴らしておいたのだ。

 彩葉も最初に一分だけ泣いた後は淡々と準備を手伝ってくれた。


 荘司たちは最寄りではなく、隣駅から始発に乗るため、夜通し走り通していた。田舎なので距離はあるが、一応、用心して、である。

 彩葉も戦闘能力の大部分を荘司に渡したようだが、それでも一般人の女性よりは遥かに強靭な体力を保持しているらしい。疲れた様子は見えない。しかし、スレイブ化としては能力が弱い気がする。こんなものなのだろうか? 能力も成長するのだろうか? それとも、力の分配率を操作できるのだろうか? まだ分からないことだらけだ。

 それでもほとんど休まずに音を殺して急ぐ。

 田舎街故に人家は多くないが、皆無というわけではない。


「大丈夫か、彩葉」

「うん、問題ないよ」

「疲れたら言えよ」

「大丈夫だってば」

 だから、無言で移動する方が良いに決まっている。

 こんな深夜に人を嫌っているのだし、目立つことは避けるべきだ。

 しかし、繋いだ手の先が消えそうで、怖くて荘司は話しかける。見るなの禁――黄泉の国に訪れたイザナギの気分を満喫できるが、全く楽しくない。


 彩葉はあまり良い反応を示さなかった。冷静になって自分の行いを省みているのかもしれない。そう予測するが、それも恐ろしく感じる理由の一つだった。その後悔の質は、おそらく荘司を巻き込んでしまったというものだろうから、恐怖は抑えられない。


 恐怖の特効薬は一つだ。

「? どうしたの、荘ちゃん」

 荘司は足を緩め、彩葉の目をしっかりと見ながら言う。

「例えば、俺が後悔しているとする」

「え?」

「今からお前の首を持ち帰って、討伐人になろうとする。それをどう思う?」

「……それでも良いよ」

 むしろ、それを望んでいるような顔の彩葉。目をギュッと閉じて、審判を待つ手の震え。本気で望んでいるのだろう。それはまだ迷っているからだろう。

 だから、荘司はペチッと彩葉の丸い額にデコピンする。


「ばーか」


 彩葉は目を開け、白黒させながら、

「え? こ、殺さないの?」

「お前、全然分かってないよな。根本的に頭悪いんだよ」

「分かってないって何? 何なんですかね!? 本気だったんだよ! 失礼だよね!」

「好きな女を殺せなんて頷ける方がおかしいんだよ」


 恐怖の特効薬は相互理解。たまには本心を言わないと逃げられるだろうから素直に心を込めて告げる。荘司はこの一言のために、世界を敵に回したのだ。至極単純な少年の誓い。


 彩葉はより一層混乱した。

「え、え、え?」

「それよりも、急ぐぞ。追っ手が来ないとは限らん」

「ちょ、ま、待ってよ。荘ちゃん、今のもう一回お願い! プリーズ!」

「ヤダ」

「ヤダじゃなくて、本当にお願い! お願いします!」

「知らん」

「もう! 酷い! 酷いです! 酷すぎですよね!? アタシ、泣いちゃうよ!」

 荘司は笑ってそれを受け流した。そんな恥ずかしいことできるか。たまーに本心を言う程度で十分なのだ。ある意味、世界を敵に回すより難しい。

 ただ、ギュッと想いを手のひらに込めて握る。


「明日は良い日だと良いなっ!」

「もう! ……でも、うん!」


 荘司の言葉で、彩葉はようやく笑ってくれた。

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