第11話『榊坂家の非日常 その五』

 吸血鬼――人の血を吸うという空想の存在である。


 そんなものを口にするほど追い詰められていたのか、と荘司は父を憐れに思う。

「父さん、確かに人を殺すってことは取り返しのつかないことかもしれない。でも、罪を償うことで開ける未来もあると思うんだよ……」

「お前、俺のことを全く信じようとしてないな……。まぁ、気持ちは分からないでもないけどな。鈴木一郎がどんな存在だったか思い出せよ」

「そりゃ、人間離れした力だったけどさ」


 確かに人間とは思えなかったが、だから、イコール吸血鬼は発想が飛躍している。

 すくなくとも論理的ではない。体育会系で脳筋野郎と思われがちな荘司だが、スポーツは論理の塊なのだ。素質や努力だけで勝ち続けられる世界ではない。


 真一は一つ嘆息し、話を続ける。

「荘司は吸血鬼と聞いてどんな想像をする?」

「んー。そうだね。血を吸う。にんにくが嫌い。十字架が嫌い。銀製品に弱い。日光に弱い。鏡に映らない。コウモリとか狼に変身する。流水を渡れない……こんなとこか?」

「意外と詳しいな」

「そう?」

「だが、それらはほとんど間違いだ。体制側による印象操作でネガティブなイメージを植え付けられているだけで、吸血鬼にそんな弱点はない。もちろん、銀の弾丸で心臓を撃たれれば死ぬが、そんなもん人間だって一緒だろ?」


 体制側? 何か大きな権力構造でもあるのだろうか?


「血を吸うくらいだな。ニンニクというか、刺激物が苦手な吸血鬼もいるけど、個体差は大きいから明確な弱点とは言えない。そして、吸血鬼の身体能力は極めて高い。人間の限界は遥かに超越していると思って良い。骨格から変形するせいか、美形も多い。知能も高くなるし、寿命も延びる。記録に残っている最も長命な吸血鬼は五百歳以上だ」

 弱点らしい弱点はない。

 身体能力だけではなく、あらゆる能力が跳ね上がる。

 まだその存在を認めたわけではないが、この二点から荘司は一つの推論を口にする。


「? 吸血鬼は人間の上位種ってことか?」

「そうだな。個体としては人間と比べ物にならない完成度の種族だな」

 確かに素人が荘司を圧倒するほどの腕力を誇ったのだから。おまけに、長命。

「ああ、そうか。吸血しないと死ぬってことか」

「いや、吸血鬼は別に血を吸わなくても死ぬことはない。弱点はないって言っただろ。ただ、吸血行為は性的快感を伴っているらしくてな、吸血鬼になりたては我慢できずに中毒症状に陥りやすいらしい。じきに落ち着くらしいけどな」

「じゃあ、吸血鬼の弱点はないのか?」

「単純だよ。完成されていることだよ。人間を圧倒するスペックの存在ということが正に弱点だ。あえて、悪いうわさを流す程度にはな」


 荘司は考えてみた。つまり、それは出る杭は打たれるということか?

「そうか、分かったぞ。つまり、吸血鬼という少数の存在に人間という圧倒的多数が弾圧している構図か!」

 人間は優れた存在に傅くこともあるし、嫉妬し足を引っ張ることもある。

 それがモロに出たということだ。

 多数が必ずしも正しいわけではないのに力を持つ確かな現実があるのだから。


 父は笑いながら首を横に振る。

「違う、違う。違わないけど、違う。そうじゃない」

「おい、謎かけとか止めろよ。さっさと結論を教えてくれよ」

「別にはぐらかそうとしてるわけじゃない。ぶっちゃけて言うと、吸血鬼には生殖能力がないんだ。だから、吸血行為がそれに値するんだよ。性交もできても、吸血行為の方が気持ち良いらしいしな。伝聞だから詳しくはないけど、とりあえず、吸血鬼は子供を作れないんだよ。これは間違いない」

「えっと、つまり、それは?」

 吸血鬼は自分たちだけでは増えないってことで良いのか?


「分かるだろ。吸血鬼は性行為の代替として吸血行為がある。血を吸われること、血を吸うことで吸血鬼に感染するんだよ。自分が血を吸われることで感染することはほとんどないが、吸血鬼の血を吸うことでの感染リスクはかなり高い」

 だから、あれだけ必死に夕音子は荘司の体を洗ったのか、と今更ながら理解する。

 吸血鬼の血を介した感染で、人が吸血鬼化してしまうのか。

 キスだってそう、と思い出して、姉も同じ考えだったのだろう。目が合い、頬を染める。違う。あれは医療行為とかそんな感じ。つまり、そう、人工呼吸みたいなものだ。


 真一は呆れたように嘆息する。

「あー、お前ら、そういうのは後にしろ。分かるか? 吸血鬼は人を吸血鬼化することで増えるんだよ」

 しかし、そこまで言われれば、何が言いたいのか荘司にも分かった。

「つまり、優れているからこそ吸血鬼になる人間が増えると困るってことか?」

 誰だって、吸血鬼になるだけで寿命が延び、身体能力が向上するなら吸血鬼化することを望むだろう。進化の形としては手軽過ぎて、効果が絶大。しかし、吸血鬼は吸血鬼を直接出産することができない。

 人を吸血鬼にすることで増殖するのだから。

 人が絶滅したら、吸血鬼も何百年か先には絶滅するということ。


「だから、吸血鬼が増えることは絶対的禁忌として戒められているわけだ。吸血鬼が増え過ぎると人間は絶滅してしまうからな。吸血鬼は確かに不老長寿だが、不死ではない。生物としての限界を完全に超越しているわけじゃないんだよ」

「つまり、父さんはそういうことを生業にしているわけか? 増えないように戦っている?」

「まぁ、吸血鬼(ヴァンパイア)討伐人(ハンター)ってやつだな。俺は余分な吸血鬼を絶対に殺さなければならない。そこに例外はない」

 格好良いだろ、と父は自嘲の笑みを浮かべて言う。


 しかし、それは何か声をかけ辛い表情だった。

 もしかしたら、その任を恥じているのかもしれない。

 あるいは、厭うているのか。


「でも、一人や二人見逃しても構わないんじゃないのか? わざわざ、殺さなくても……」

「荘司は六次の隔たりって仮説を知っているか? 人は自分の知り合いを六人以上仲介することで、世界中の人々と間接的な知り合いになれるって話だ」

 聞いたことはある。

 それはスモールワールド現象と呼ばれる仮説だ。

 知り合い関係を芋づる式に辿れば、どんな人間とでも出会える、というもの。

 その人数が平均して六人だ、らしい。

 つまり、父たちが恐れていることは、感染爆発(パンデミック)。


「一人だけ、一人だけだからと許していたら、どんどんねずみ算式に吸血鬼は増大するだろうな。もしも、荘司が吸血鬼になったとして自分だけが老いず、家族や友人、恋人は老いていく。そんな状況に耐えられるか? 吸血鬼にせずにいられるか?」

 無理だ。

 自分だけが特別になったとして、それを分け与えることができるのにしないという罪悪感に耐えられる人間は多くない。すくなくとも荘司は無理だ。

 ふと思い出したのは「お前だけだから」と打ち明けた内緒話が学校中に広まる光景。誰にだって特別な人がいるのであれば、それを差別することは難しい。

 結果が人類絶滅。

 その悲劇はもしかしたら、この世に愛があるからかもしれない。


「だから、俺が知る限り日本で生存権を獲得している吸血鬼は十三人しかいない。十三真鬼と呼ばれている。世界全体でも四桁はいないだろうな」

 十三真鬼。一三信金はその隠語か何かだろう。そのままだな。

「ん。やけに、日本は多くないか?」

 世界には二百カ国以上あるのに、日本だけで十三人もいるってバランス悪くないだろうか? 経済的には豊かでも、そんな広くもない国なのに。

「欧州なんかは魔女狩りの歴史があるし、中東は宗教の力が強過ぎる。逆に、そういった地域は一人だけが絶対的な王として君臨しているんだがな。隠れている吸血鬼だって当然いるだろうし、まぁ、そんな話はどうでも良い。俺が雇われているのは、その一人だ」

「誰だ?」

「『常勝将軍』こと安曇(あづみ)高座(こうざ)だ」

 俺の雇い主だよ、と真一は肩を竦めた。


 荘司は「ちょっと待て」と遮る。

『常勝将軍』という厨二ネームも気になったが、それ以上に気になったことがある。

「安曇高座だ? それって、教科書に名前載ってなかったか? 確か明治維新の新政府軍の英傑で、最期は投獄されて死んだんじゃなかったっけ?」

 詳しくは知らないが、人斬りだったとか、治安維持の名目で数百人を殺し、数万人を生かしたというとんでもない傑物だったはずだ。

「そう、正にその本人だよ。もう戸籍は別人だけどな。言っておくが、もう二百歳越えてるけど、見た目は俺より若いくらいで、教科書とかに載ってる写真そのままだ。歴女に人気らしくて『安曇高座に似てますね?』ってナンパされたりして大喜びしているな」

 歴史に名を残すような人物もいるのかよ、とその残念な低俗さも合わせて空恐ろしくなる。しかし、低俗と言えば聞こえは悪いが、現代に適応していると考えるとその柔軟性は十分武器になっているはずだ。

 長寿という経験が伴った人智を超えた怪物に違いない。


「みんな数百歳とかなのかよ。半端ないな」

「いや、それなりに若い人もいるが……まぁ、俺も十三人全員知っているわけじゃない。そもそも、これは脱線だな。それよりも安曇高座についてだな。あの人は自分の吸血行為で生まれてしまった吸血鬼にチャンスを与えてるんだよ」

「チャンス?」

「生き残るチャンス、だな。見世物というか、興行にしてんだよ。俺と戦って生き残ったら、吸血鬼として生かしてやるってな。結構裏社会では人気なんだぜ。賭けの対象になっている」

 それでは、父は吸血鬼討伐人というより、まるで古代ギリシアの剣闘士(グラデュエーター)ではないか。

 そもそも、自分が勝手に吸血鬼にしたくせに、その生命を弄ぶような行為は人倫に悖ってないか? まぁ、人ではない者に人の倫理を当てはめる方が不自然なのかもしれないが。


「それ、かなり残酷じゃないか。危険だし、どうして父さんがそんなことしてんだよ」

「仕事だからなー。良いとか悪いとかそういうことじゃないな。ぶっちゃけ、平均して年に一度の実働で九桁近い大金が転がり込むからなあ。辞められんよ」

 あまりにもあっけらかんと言ったので、荘司は感想に困る。九桁って億? え、うちってそんなにお金持ちだったのか?

「え、でも、殺すんだよな? 吸血鬼」

「ああ、殺す」

「い、今までに何人の吸血鬼を殺してきたんだよ?」

「今日の鈴木一郎を含めて十四人だな」


 無茶苦茶だった。

 平然と言える神経が荘司には理解できない。


「荘司、お前は俺が怖いか?」

 どう答えれば良いか分からず、困った荘司は姉に視線を送る。

 すると、夕音子はヨシヨシと頭を撫でてくれた。

「荘ちゃんはどう思うの?」

「……正直、父さんが理解できない。姉さんは?」

「私は、もうずいぶん前から知っていたからね。最初は恐ろしいことだと思ったけど、今では必要なことだと納得しているわ。父さんが命を張っていること知っているし、娘として応援したいかな」

 命を張っている。確かに見世物ということは、自分が殺される可能性もあるのだから対等な条件なのかもしれない。


「どうしてか、と荘司は訊いたな?」

「ああ」

「金のためだ。それが第一義。あえて、自分を擁護するとしたら、誰かがやらなければならないことだから、だな。その誰かが俺だっただけ。それで生活が保証されているなら、感謝こそすれ文句もない」

 そこまで荘司はまだ割り切ることができない。

 ただ、覚悟の重さは感じ取る。一体、どうやってその覚悟を身につけたのか分からない。案外、単純な慣れなのかもしれないが。


「あ!」と荘司は思わず叫ぶ。そこで一つ気になったのは当然生まれる疑問。

「ちょっと待てよ。父さんはどうして吸血鬼と真っ向から戦えるんだよ!」

「フフン。俺は強いからな。尊敬しろ」

「ふざけんなよ! お前、拳銃で撃たれたのに、ピンピンしていただろうが!」

 人間じゃありえない話だ。そんな人間がいるわけない。

 そこで自ずと答えが脳裏に浮かび、そのまま言葉になる。

「と、父さん、もしかして、アンタ、吸血鬼なのか……?」

 父は「フッ」とニヒルに笑いながら言う。

「半分正解だ」

「半分って何だよ、半分って!」

「ちょっと待ってろ」

 父さんは急に立ち上がり、部屋の片隅に設置されている防火金庫を開ける。そして、何やら取り出したのは手の平サイズのケースだった。


 その中身は、

「カプセル錠剤?」

 全部で九つほど真紅のカプセル剤が入っていた。


「『弾丸(カプセル)』って呼ばれている薬だ。一時的に人間を吸血鬼化する薬だよ。効果はせいぜい十分ってところだ。すぐに効果は現れるって、絶対に飲むなよ! フリじゃないからな!」

 言われなくても気味悪くて飲みたくないが、その内容は気になる。

「副作用とかあるのか」

「ある。でも、問題はこれの管理と使用の報告が自衛隊の弾薬並に面倒くさいんだよ。使用時の状況とか書類として提出しなけりゃならん。一部の警察や特殊部隊と俺みたいな討伐人にしか支給されないんだけど、三ヶ月に一回の定期点検と月一回の定期報告、抜き打ちの臨時検査まであるからな。『常勝将軍』の部下に元幹部自衛官がいて、超うるさいんだよ」

「ちなみに、虚偽の報告とかしたら?」

「殺されるかもな。試したことないから分からんし、試す気もないけどな」

 何となく杓子定規なお役所仕事である。

 とにかく、ヤバイと憶えておくに留めた。


「で、副作用は?」

「ああ、この『弾丸』を服用すると、一時的な吸血鬼状態、仮吸血鬼(テンポラリ・ヴァンパイア)と呼ばれている状態になる。吸血鬼としての能力を発揮する代償に、徐々に体が吸血鬼化する。俺は人間と吸血鬼の中間、半吸血鬼(ハーフ・ヴァンパイア)とでも言うべき状態になっている。逆に、中途半端な状態で抗体ができて、これ以上吸血鬼化は進まなくなったみたいだけどな。知りたくないとは思うけど、生殖能力はあるし、俺の血を飲んでも吸血鬼化はしない」

「その半吸血鬼ってどんな状態だよ」

「単純に身体能力が向上している。それだけだよ。寿命はどうだろうな。もしかしたら、長くなっているかもしれんけど、俺の父さん、つまり、お前らの爺さんは普通に病気で五十前には生きてなかったし。いつ死ぬかも分からんような生活だし、分からん」


 荘司は、母方はもちろん、父方の祖父母の顔も知らない。

 それを言うと、母の顔も知らないので、勝手に絶縁されているのかと思っていたが、普通に亡くなっているようだ。

 というか、ほとんど親戚づきあいをしていないのだ。


 しかし、更にいくつか気になることができた。

「ちょっと待て。世襲ってことは、俺も吸血鬼討伐人になるべきなのか?」

「いや、好きにすれば良いんじゃないか」

 父は軽く言ったが、そこで姉が叫ぶ。

「ダメ! 絶対にダメ! 絶対にそんな仕事させないからね! 荘ちゃんは普通に大学に行って、普通に働くの! 剣道が一生したいなら、警察とか何だってあるからね!」

「……姉さんって、父さんの仕事認めているんじゃなかったっけ?」

「それとこれは別! そんな危険な仕事荘ちゃんにさせないもん! 絶対に絶対にぜーったいにお姉ちゃんは許しませんからね!」


 夕音子の剣幕に真一は肩を竦めた。

「というわけで、俺は今まで仕事をお前に教えてなかったわけだ。確かに守秘義務はあるけど、吸血鬼と関係ない仕事をすれば良いと思うぞ。今は俺が吸血鬼討伐人をやっているけど、もう年だ。今、引退しても一生苦労しないだけの貯えはあるから安心しろ。大学でも専門学校でも好きなとこへ通え。私立でも構わん」

「そういうこと。分かった? 荘ちゃんは気にしなくて良いの」

「じゃあ、俺が体を鍛えるのって意味なし?」

「阿呆。俺のせいだけど、今日みたいなことがあるからな。実際、お前が何も鍛えてなかったらさっさと殺されていたぞ。間違いなくな」

 つまり、荘司が鍛えていたのは、最低限の自衛のため。きっと姉もそうだろう。

 勝てとは言わない。ただ、身を守るための護身で、常人から見ればプロアスリート並の鍛錬を行なっていたということか。


「まぁ、実際、殺されかけたわけだし、文句はねぇけどな。父さん、お前、どんだけ恨み買ってんだよ」

「さてな。まぁ、今日は事故だ。不慮の事故。こんなことそうそうあるわけじゃない。今までも一度もなかっただろうが」

「まぁな……って、あれ? ちょっと待てよ」

 そこで荘司は一つ違和感を覚える。

「おかしくないか。普段は興行してんだろ。実際、俺は今まで父さんがそんな仕事しているなんて知らなかった。剣道を教えてんだと思っていた」

「そう誤解するように仕向けていたからな」

「ならさ、どうして、あの鈴木一郎はうちに来たんだ?」


 父は押し黙った。

 眉間にシワを寄せ、苦しげに言う。

「気にするな。事故って言っただろ。悪いが、守秘義務でな。そういう事故もありうると思っておけ」

「おいおい、俺は殺されかけたんだぜ。知る権利くらいあるだろ」

「ない。もしも、知りたければ、お前は吸血鬼討伐人を継ぐということになるが――」

「そんなこと私は許しませんからね!」

 姉がギュッと荘司の腕を抱え込む。

 どうやらその件については教えてくれないらしい。


 追求を諦めた荘司はため息を吐きながら、別の質問をする。

「あ、じゃあさ、音無し流とか鉄板流って何のことだ?」

「? ああ、将棋指しじゃないよな。吸血鬼に特有の能力のことか」

「能力?」

「吸血鬼固有の超能力みたいなもんだよ。お前、鈴木一郎と戦っていて、違和感を覚えなかったか?」


 違和感。あり過ぎてちょっと分からないが、あえて言えば、


「やたら速いな、とは思った」

「良い着眼点だな。あいつは気配を断つ能力を持っていた。正確には音を殺す能力だな。俺たちが間合いを測る時には、視覚だけでなく聴覚でも状況を分析しているだろ。その音の部分を自在に操る能力ってところだな。実に暗殺向きだ」

 銃声がなかったこととか納得できるところはある。

 しかし、どういう摂理か分からないが、知らなければかなり厄介な能力だ。


「父さんは? 仮吸血鬼もそんなのあるのか?」

「ああ。俺は肉体硬化。その硬さ鉄の如しってね。大した能力じゃないけど、一撃を受けて隙を作って反撃したりは得意中の得意だな。『弾丸』飲んでないと使えないけどな」

 どちらも知ってさえいれば対処できるかもしれないが、知らなければ切り札になる。

 思い出すと、多分、真一は鈴木一郎に拳銃を撃ち尽くさせる為に能力を使用したのだろう。それを利用して、荘司が人質にされないために。


「吸血鬼ってのは、みんなそんな能力の持ち主なのか?」

「正直、俺とか鈴木一郎はかなり弱い能力だな。もっと悪魔みたいな能力の持ち主もいるからな。『黄昏の魔女』なんて十三真鬼の一人は魅了の魔眼の持ち主だし、『常勝将軍』は大量虐殺のエキスパートだ」

 真一の言葉に、夕音子が眉間に皺を寄せて抗議する。

「お父さん……そういうの止めて欲しいんですけど」

「おっと、そうだな。荘司、忘れてくれや」


 なら、最初から言うなよ、と荘司は声を大にして言いたいが、忘れる。うん、忘れた。


「父さんは『弾丸』を用いないと吸血鬼に勝てないか?」

「いや、今の俺なら勝てるかもしれんけどな。荘司程度の腕前じゃまず無理だ。最低、俺から一本取れるくらいにはなっておかないとな」

 挑発的な笑みを浮かべる真一。

 しかし、荘司はその言葉の正当性を認め、反論しなかった。


「そもそも、吸血鬼なんざ別に良いもんじゃねぇよ。あれは病気――幻想腫の一種だ。血を飲むのだって中毒症状みたいなもんだぜ。人間、子や孫に囲まれて看取られるのが一番幸せな最期に決まっている」

 それこそが真理だろう。しかし、そう考えると、どういう経緯か分からないが、鈴木一郎はよほどの覚悟を持っていたのだろう。そこまで復讐がしたいって、恐ろしい話だ。


「ん?」

「どうしたんだ、荘司」

 そこで荘司は一つ嫌な予感がした。覚悟を持ったとして、鈴木一郎はどこまで徹底していたのだろうか? 例えば、保険とか。

「なぁ、父さん。吸血鬼ってのは血を吸わなくても能力については使用できるのか?」

「問題なく使用できる。実際、俺は『弾丸』を服用しても他人の血を吸ったことはない」

 その言葉に荘司は少しだけ安心する。

 嫌な予感は若干拭われた。気がする。しかし、胸騒ぎは止まない。


 真一は続ける。

「まぁ、血を吸って興奮状態になった方が能力の精度は上がるらしいがね」

「え? それ、本当か?」

「俺も他人から血を吸ったことがないから詳しく知っているわけじゃない。ただの伝聞だ。昔の戦士も興奮剤を使用していたなんて話があるくらいだし、似たようなもんだろ。ん? 荘司、お前、顔真っ青だぞ」

「ホントだ、荘ちゃん、大丈夫?」

 父と姉の言葉はほとんど耳に入らなかった。


 もしも、もしもである。

 自分が鈴木一郎だとして、強敵に挑むとしたらどう考えるか?

 万全の体勢を整えてから父に挑むのが自然ではないか?

 そして、もしも、失敗した時のため、保険をかけないだろうか?


 明確な根拠なんてない。

 ただ、荘司を試したという硬球をぶつけてきた件。あの時、ほとんど同じ場所にいたのに、鈴木一郎は荘司が練習を始めて十五分ほども遅れてやって来た。

 これは何故か?

 ただ時間を潰していただけなのか?


 嫌な予感に襲われ、荘司は立ち上がる。

「荘ちゃん? どうしたの?」

 荘司は夕音子の声を無視して、そのまま家を飛び出した。

 向かった先は、隣の酒屋。

 つまり、彩葉の自宅だ。

 荘司は勢いを減じることなく、店先から中へ入った。

 店は開いているのに、何故か誰一人として店番はいなかった。

 普段であれば、軽口を叩いて荘司をからかう彩葉の父か、優しい割に計算高い発言をする彩葉の母、そのどちらかはいるのだ。彩葉自身が任されることだってある。


 荘司の鼓動は収まらない。

 祈りながら、勝手知ったる他人の家とばかりに、そのまま勝手口から侵入する。

 どこだ、どこにいる。

 目を皿にして、血が流れそうなほど歯を食いしばって探す。


 視野の狭窄と時間の感覚が消える。

 色合いさえも失い、世界はモノクロに変化する。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 ただ、荘司自身の呼吸音がうるさかった。

 探す。

 玄関、廊下、階段、彩葉の部屋……。

 そして、荘司はついに発見する。


「あ、あ」


 それは二階のリビングだった。


「ああああああああああああああ!」


 荘司の口から絶叫が迸る。

 ただ、それから目が離せない。

 打ち捨てられた人形のように、無造作に転がっていたのだ。


 釜田一家三人が倒れていた……。

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