第12話 リーインカーネイション
Cチームとの対抗戦。
俺たちBチームは、Cチームに唯一残っている幽衣と相対していた。
幽衣はゲーム開始早々、チームの仲間を全員リタイアさせたという。
人数差で不利な状況でも、幽衣は余裕の笑みを浮かべて言う。
「だから安心してね? 君たちが意識するのは幽衣だけでいいの。幽衣をボコボコにすればいいだけのことだからね? ただぁ――」
幽衣が右手を前方にかざす。
「幽衣より強いことが前提だけどね?」
「――っ! アイギス!」
再び炎の津波が放たれると予期した時雨は即座にアイギスを展開しようとする。
けど、それは幽衣のフェイクだった。
「がっ⁉」
伊集院の胸で突如発火した猛る炎。
「い、伊集院さんっ⁉」
一瞬で何が起きたのかわからない出来事に、時雨たちは驚愕を隠せない。
俺は幽衣の眼を見る。
その瞳の色は赤く変化していた。
「まずは君から♪」
「――――っっ!」
幽衣がそのトドメの一言を発するのとともに、胸の炎は急速に拡大し――――弾けた。
爆発に巻き込まれる仲間たち。
伊集院は声を上げることも許されないまま遥か後方へと吹き飛ばされていった。
「あはっ、やられちゃったね? ちなみに今のは幽衣のお気に入り、視認した箇所を発火させる『力』なの。どう、食らった感想は?」
すでにこの場にはいない伊集院へと感想を求める幽衣。
「お前、よくも!」
仲間の一人である前田が怒り、デザイアを使って幽衣の背後に回った。
「後ろからなら防げねえだろ!」
前田は無防備な背中目掛けて拳を振るう。
背後を振り返って発火を起こす時間はないはずだ。視認を発動条件とするなら、背後を取っての攻撃は有効と言える。
けど、違うんだ! 幽衣のデザイアはその程度で収まるものじゃない!
「逃げ――」
「うふふ、いらっしゃい♪」
俺の言葉が届くよりも先に、幽衣は笑った。
その歓迎の言葉は、罠に掛かった獲物に対するもの。
次の瞬間、幽衣の背中から赤い両翼が生えた。
「ばがっ!」
赤い翼に右肩と左の横腹を切り裂かれた前田。
目の前の事態に理解が追いついていない。
「ごめんね? 騙すみたいなことをしちゃって。こっちも幽衣のお気に入りなの。ねえねえ、どう? すごい?」
「な、何なんだよっ、お前……!」
二つの力を見せる幽衣に前田が困惑する。
「あいつ、まさかあたしと似たようなデザイアを持ってるっていうの⁉」
複数のデザイアをコピーできる絵馬のナユタと似ている。
けど、その本質は決定的に違う。
幽衣は前田をふるい落とし、残っている相手に目を向ける。
「それじゃあ、最後はみーんな仲良くバイバイしちゃおっか?」
そう言って、幽衣は両手を打ち鳴らした。
どこからともなく現れた炎の津波が俺たちに襲いかかる。
「させないっ!」
しかし、炎がぶつかる寸でのところで時雨のアイギスが間に合った。
けど、さっきほどの余裕はすでにない。
時雨の体がじりじりと後退していく。
それでも諦めない時雨を見て、幽衣は微笑ましいもののように見つめる。
「あはっ、頑張るね? でもぉ、無理はダメだよ?」
「――っ⁉ きゃあああっ!」
炎の勢いが強まり、時雨のアイギスが破られた。
その時を見計らったのか、幽衣が靴底を地面に打ち付ける。
直後、俺たちの足元から地面を割って触手のような黒い塊が無数に飛び出してきた。
「な、何よこれっ⁉」
連続して襲い来る複数の力に絵馬が焦りを見せる。
地割れによって不安定になった足場。
それぞれ手を伸ばし合うも、あっさりと分断されていく。
そんな中、空気中に小さな黒い粒が現れ始めた。
一つや二つじゃない。それは瞬く間に増殖していく。
――まずい!
「弾けちゃえー♪」
幽衣の声を合図に、黒い粒たちが一斉に四方八方へと黒の触手を吐き出した。
その内の一つが俺の眼前に襲いかかってくる――――
はずだったのが、一瞬で視界に映る景色が変わった。
黒の触手も消えている。
「か、間一髪ねっ」
「え、絵馬?」
いつの間にか俺の横に絵馬が立っていた。
気づけば、辺り一面砂浜が広がっている。開始地点だ。
「『テリトリー』であたしたちを空間ごと転移させたのよ」
「そういうことか」
この状況に納得することができた。
絵馬のコピーしたデザイアの一つ、「テリトリー」は指定した空間を別地点の空間と入れ替えるデザイア。この別地点とは、自分が認知している範囲でなければならない。
メインウェポンで利用しているというのが、このテリトリー。他には、重力の力「グラビティ」、氷の力「ブリューナク」と雷の力「トール」があるという。
「時雨たちは?」
「さっきの黒い何か?がぶつかる直前に『グラビティ』を使って全員あの場から逃がしたわよ。……逃がしたけど、まずいかもっ」
焦りを見せる絵馬。
直撃は免れた。それでも、俺たちのように遠くへ逃げない限りはすぐ幽衣にやられてしまうだろう。
俺は一度森の方を見る。
チームの仲間を全員リタイアさせた、か。
だから島の各所がボロボロになっていたんだろう。
けど、その行動には疑問が浮かぶ。
他人を道具として利用する幽衣が取った行動とは思えない。幽衣ならリタイアさせず、利用するはずだ。
「ねえ、さっきの子ってもしかして徹たちの知り合いだったりするの?」
躊躇いつつもそのことを聞いてくる絵馬。
俺は一度思考を打ち切る。
「知り合いじゃない、って言ったら信じるか?」
「……ごめん、無理かも。徹たちの様子がおかしかったもの」
絵馬はここで引きさがる意思を見せない。
これ以上の誤魔化しは通じないな。
「あいつは七雲幽衣。俺と時雨の両親は幼い頃に事故で死んでな、10年前に付き合いの合った七雲家が俺たちを引き取ってくれたんだ。幽衣はその家の末っ子だ」
幽衣の正体と俺たちの過去に絵馬が驚きを見せる。
「し、知らなかった。でも、それならどうして徹たちはその子とその、仲が悪そうなの? ギクシャクってわけじゃないけど、徹も時雨も嫌そうな顔してたし」
絵馬には幽衣たちのことをちゃんと話していない。だから俺たちの間に流れる空気に疑問を覚えている。
「俺を売ったのが他でもないあの幽衣だからな。俺たちを苦しめてきたのも、七雲家の親じゃなくて幽衣とその兄なんだ」
「えっ? ど、どういうことよ、それ⁉」
「幽衣たちの両親は俺と時雨を引き取ってすぐに亡くなっているんだ。そして『自分たちを縛っていた』二人がいなくなったことで、幽衣たちは俺たちを道具として利用し始めたんだ。幽衣たちにとっては、自分以外の人間は全て自身の欲望を叶えるための道具として見ているからな」
幽衣たちもその両親も、俺と時雨のことを善意で助けたわけじゃない。
「い、意味わかんないわよ、それ! どうしてそんな酷い考えになるのよ⁉」
絵馬は幽衣たちの価値観に理解を示せない。
「全ては元凶である幽衣たちの両親にあるんだ。幽衣たちが今やっていることを、両親はそっくりそのまま幽衣たちにやったんだ」
だから、歪んでしまった。
それが当たり前。自分たちにとっての唯一の手本である親がそうしたのだから、そうであると疑わない。
「以降、俺は幽衣たちに使われた。時雨は7年前に幽衣たちの下から離れられたけどな」
「そ、そんな……!」
絵馬は幽衣たちの過去を僅かにだが覗き見てショックを受ける。
変えられない過去。歪んでしまった価値観。
それでも、その行為を許容できるかは別だった。
俺は幽衣たちの価値観が正しいとは思っていない。
どれだけ辛い過去があったとしても、同情だけで理解するつもりはなかった。
「色々と言いたいことはあるけど、まずはこの対抗戦よね。勝たないといけないわけだし。何より今の話を聞いた後だと、尚更負けたくないわ!」
絵馬の瞳に怒りの色が宿る。
「そうだな。時雨たちのことも心配だ。けどその前に、絵馬に幽衣のデザイアを教えておく」
「さっきのあれね。一体何なのあれ?」
結局正体のわからなかった幽衣のデザイア。絵馬はその詳細が気になっているらしい。
「デザイアの名前は『リーインカーネイション』。その力を一口に言うなら、触れた対象を改造させるものだ」
「か、改造?」
「ああ。そして幽衣はこのデザイアを『自分』に使った。結果的に、副産物のような形で幽衣はデザイアのような力を複数使えるんだ」
それが先ほど見せた複数の力の正体。
幽衣は自分を改造していくことで、新しい力を次々と使うことができる。
「自分を改造って、正直正気の沙汰とは思えないんだけど……。けど、それと比べるならあたしの方が有利じゃない?」
幽衣は絵馬のように、無限に近いデザイアを使えるわけじゃない。
「そうかもしれないが、油断はするなよ。実際戦ってみないとわからないこともある」
「わかったわ」
俺たちは再度、幽衣を倒すために時雨たちの下に戻ることにした。
だが、その数分後、Cチームとの対抗戦は幽衣のギブアップによって幕を閉じることとなった。
軽い女だって思われるかもしれないけど ぽんすけ @pon16210
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