第11話 悪魔とは、殺さない限り消えないもの
Cチームの島に到着する。
同時に、体が勝手に緊張してしまう。
理由はわかっている。この島に幽衣がいるかもしれないんだ。嫌でも体は震える。
Bチームに上陸した時と同じで、浜辺にCチームの姿は見えない。
けど、俺はそこであることに気づいた。
荒れてる?
浜辺より奥に控える森林。その一部が焼け焦げていたり、大木が折れたりしていた。
この島で対抗戦はまだ行われていない。となると、これは仲間内で起こったことか?
考えを巡らせていると、エアに表示される時刻が9時に切り替わった。
「皆さん、頑張りましょう!」
時雨の一声に他のメンバーも続いて声を上げた。
奇襲に注意しながら、時雨と伊集院を先頭に奥へと歩みを進める。
森林の入り口に到着するまで、Cチームからの攻撃はなかった。
「うう……暗い」
「足元に気を付けてください」
森の暗がりに不安の声をこぼす仲間に時雨が気遣って声をかける。
「ねえ、大丈夫?」
「え?」
なぜか突然絵馬に心配されてしまった。
「大丈夫って何がだ?」
「いやさ、何か顔が硬いっていうか、緊張しているように見えたからさ。それにほら、時雨も何か変だし」
そう言って時雨も気に掛ける絵馬。
表に出しているつもりはなかったが、鋭い絵馬にはいつもとは違うように映ったのか。
「……気のせいだ。それより、奇襲に注意した方がいいぞ」
「わかってるわよ。……何かあるんなら黙ってないで言いなさいよ」
ぼそりと、最後にそれだけ言い残し辺りを警戒し始めた絵馬。
幽衣たちがゲームに参加していることは絵馬に話していない。
ただ、この様子だと幽衣に相対した時に何かしら勘づかれてしまいそうだ。
それにしても……
俺は一度意識を他に向ける。
森の中に入ると、より荒れ具合が鮮明になっていた。
あちこちで広がっているところを見ると、かなり派手に仲間内での争いがあったと思える。
周囲の木々を見渡しているその時だった。
「――っ! 伏せてください!」
時雨が叫んだ。
「な、何だあれは⁉」
仲間の誰かが目の前から襲い来る炎に絶句する。
周囲の木々や地面を飲み込みながら突き進んでくる炎。それはまさしく津波と表現できるようなものだった。
この攻撃は!
「アイギスっ!」
仲間を庇うように前へと進み出た時雨は、自身のデザイアを叫んだ。
目の前にかざされた右手。
時雨の一声とともに、皇后しさを感じさせる巨大な光の盾が浮かび上がった。
炎の津波が盾に直撃する。
「うっ!」
ガードしても衝撃は凄まじいのか、時雨が苦悶の声を上げる。
守られている俺たちにも、高温の空気が届いてくる。
やがて炎の津波はその場で消失した。
時雨のおかげで被害は0。
ただ、その分時雨に負担がいってしまった。
「はあっ、はあっ、……くっ!」
息苦しそうに呼吸を繰り返した後、前方を睨む時雨。その横顔には疲労が覗いていた。
土煙の向こうに揺れる人影が見える。
「――――っっ⁉」
が、その人影を見た瞬間、時雨が声を押し殺すのがわかった。
もはや疑いようのない人物がそこにいる。
心臓が激しく脈打つ。
呼吸が乱れ、まともに息が吸えなくなる。
暑くもないのに汗が止まらない。
そんな俺を絵馬が見ている気がしたが、確認する余裕もなかった。
待ち構える中、その人影はついに姿を見せた。
七雲幽衣という、悪魔が。
幽衣は人差し指を顎に当て、首をかしげる。その際彼女の特徴でもある紫色の髪が揺れた。
「んんー? だぁれもバイバイしなかったの?」
「あ……っ」
時雨の声が硬直した。
幽衣は俺たちを興味津々と言った風に見回していく。
その光を映さない眼が、今まさに動けなくなった時雨を捕らえる。
時雨を見た彼女はニヤリと口角を吊り上げた。
愛しいものに向けるような眼差し。けど、そこには人に向ける愛情なんてものはない。
ただ自分にとって都合のいい道具。道具として愛おしく見ているだけの歪んだ眼差し。
時雨と年は変わらないのに、肌で感じ取れるプレッシャーは14歳のものではなかった。
そんな幽衣が着ている白のワンピースには、点々と血のような赤黒い染みができている。
「な、何、こいつ?」
幽衣の異様な佇まいに絵馬が嫌悪感を覗かせる。
絵馬の声に幽衣が反応した。
が、すぐに幽衣の意識は隣にいる俺に奪われた。
「あはっ♪」
時雨に向けるものよりももっと濃い、愛おしい眼差しが肌に突き刺さる。
何を今さら喜んでいるんだっ。
幽衣は俺を売った。なら、その目は何なんだ?
それとも、無事であることがわかった途端考えが変わったのか?
俺は深く知りたいとも思わず、幽衣の内情を無視する。
「んー、あと少しかな?」
何かを待ちわびるかのように微笑む幽衣。その表情は幼い子どもを想起させた。
「……っ、皆! 状況はこっちが有利だ。他の仲間に気を付けながら彼女を倒そう!」
伊集院も幽衣に動揺を示しながらも、率先して仲間に指示を出す。
だが、本当ならリーダーである時雨が言う場面。
未だ動かない時雨に伊集院も気づく。
「時雨ちゃん? どうしたの?」
様子のおかしい時雨に声をかける伊集院。
その声に時雨がハッとする。
「あ……、っ! ご、ごめんなさいっ」
顔を上げ仲間に謝罪する時雨。
すぐに振り返り、幽衣へと向き直る。
伊集院たちはそんな時雨の様子に一安心した様子だったが、俺にはそう見えなかった。
明らかに無理をしている。
自身にとって恐怖の象徴である彼女が目の前にいるんだ。それが普通の反応だ。
「さっきの攻撃は私が防ぎます。その間に皆さんは攻撃をお願いします!」
「わかった!」
時雨の指示に伊集院たちは頷く。
そんな時雨たちの様子を見て、幽衣がキョトンとした顔を見せる。
「んんー? 幽衣の思い描いていたシナリオと違うよー?」
「……何のことですか?」
幽衣の言葉に、時雨は知らん顔をして答える。
恐らく幽衣にとっては、この場で時雨は自分に協力すると踏んでいたんだろう。
そうならなかったからこその、疑問。
だが、幽衣にとってその疑問は些細なことだったらしい。
「うふふ、そうー? それにしても、幽衣と違ってそっちは大所帯で大変そうだね。お荷物が増えて邪魔じゃない?」
幽衣は一瞬だけ俺と絵馬に視線を向けた後、同情するかのように言う。
「それはひどい勘違いだよ。人数が多い方が対抗戦では有利になる」
伊集院が即座に言い返す。
「えー? その中にジョーカーが隠れていたとしても?」
「僕たちの中にジョーカーはいない」
幽衣の挑発にも伊集院は迷うことなく言い切る。
そんな伊集院の言葉に、幽衣は興味ありげな眼差しで伊集院を見た。
「それはどうやって確認したの? ううん、あらゆる手段を駆使してジョーカーがいないことを証明したのかな?」
幽衣からの質問に対し、今度は時雨が言い返す。
「私たちは全てを確認し合いました。ジョーカーがいないというのは本当です」
時雨のその言葉は、本音か、それともチームの崩壊を避けるための嘘か。
どっちにしても、幽衣には通じない。
「うふふ――それはとーっても甘い考えだよ? 可哀想だからいるかもわからないジョーカーに一つ忠告してあげる。ジョーカーの存在は明かすべきじゃないの。島流しにされる危険は当然、欲深い子がいればその子にリタイアさせられちゃうからね」
「……確かに、リタイアさせてしまえばジョーカーは浮いてしまいます」
リタイアによるジョーカーの再選定。ジョーカーになりたい者がいれば、仲間内にジョーカーがいることがわかれば手段を問わずにリタイアさせる――つまり裏切っても不思議じゃない。その結果、自分にジョーカーが回ってくるかもしれないから。
エアを壊すか、ゲームを続行することが不可能なほどの重症を負わせられればリタイアさせられる。
リタイアさせることは言うほど難しくはない。
けど、幽衣の言いたいことはそんなことじゃない。
時雨たちは気づいていないんだ。
「うふふ、おバカな子? ねえ、ジョーカーである子がリタイアした場合、ジョーカーは再選定されるって説明は受けたと思うけどぉ、それはどうやって決まるんだろうねー?」
幽衣は面白がるようにその質問を時雨たちにぶつけた。
時雨は幽衣の言わんとしていることに気づいたのか目を見開いた。
「まさか、何か法則があるとでも言うんですかっ?」
「大正解~! パチパチ~、なんてね?」
幽衣は大袈裟に両手を鳴らして時雨を褒める。
その行いに、伊集院たちが嫌悪感を露にしていく。
「幽衣からさらにヒントをあげちゃうっ。法則を知る鍵はズバリ、権利4の特性だと思うよ?」
「権利4だって?」
伊集院は権利4と法則の繋がりに驚く。
権利4は、ペナルティなしにジョーカーを探れる権利。
だが重要なのはそこじゃない。権利4でジョーカーを暴かれた者はリタイアを通告される。
本来なら、権利4で得たジョーカーの情報はジャッジに活用されそうなもの。しかし、せっかく言い当てたジョーカーはその瞬間にリタイアしてしまう。つまり権利4の必要性が皆無に等しい。
なら、ここには別の意味が隠されていると見るべきだ。
「権利4を用いた方法、あるいはリタイアに追い込んだ者にジョーカーは移る?」
「またも大正解! 幽衣、さっきよりも盛大にパチパチしちゃうー!」
答えに辿り着いた伊集院に、幽衣が喜びを見せる。
「もしこの可能性に気づいてなかったのなら、ここで気づけてよかった、よかった♪ ジョーカーを晒すことはリスクを倍増させるだけだよ?」
幽衣は首をかしげ愉快げに時雨たちの反応を楽しんでいる。
だいぶ揺さぶってきたな。これでより、いるかもしれないBチーム内のジョーカーが正体を隠してしまう。
そして仲間同士で疑心暗鬼が強まる。
リタイアさえさせてしまえば、ジョーカーは必ず自分の元に来るというほぼ答えの推測話をこの場で多くの人が植え付けられたはずだ。
「うふふ、わかったぁ? 自分たちの考えがとーっても甘いものだったって。幽衣はそんな甘い考え方はしなかったよ? ドライで合理的に考えたよ?」
幽衣はニタニタと笑い、自分のした行いを言葉にした。
「幽衣以外の子たち、ゲームからバイバイさせちゃった♪」
申し訳なさの欠片も感じられない声音で幽衣は言った。
時雨たちの間に動揺が広がる。
「リタイアさせただって?」
「うふふ、簡単だったよ? みーんな弱いんだもん。えいってやったら、皆泣きながらバイバイしてったよ?」
自分のやったことに微塵も疑問を抱いていない、そんな口調だった。
Cチームに残っているのは幽衣一人だけか。
もし幽衣も何らかの事態でリタイアになれば、その時点でCチームは人数0。
そうなった場合、以後Cチームとの対抗戦は全て不戦勝扱い、もといノーゲーム扱いとなるルールになっている。
「ふ、ふざけてる……!」
幽衣に対し怒りを見せる時雨。
確かに仲間を無理やり切り捨てる行為は褒められたものじゃない。
ただ、戦略上では間違っていないのも事実だ。
ジョーカーが隠れているのなら、暴くのではなく手元から遠ざければいいだけのこと。
幽衣はその手段として全員リタイアさせる方法を取った。
リタイアさせた仲間の中にジョーカーがいれば自分の元に来るし、以後対抗戦に負けない限りはチームの中で探られることもなくなる。
さらに、ジョーカーがどこかのチームで暴かれて報酬の山分けという結果になった場合、一人で1千万円を獲得できるという点だ。
もっとも、この手段は簡単に取れるものじゃない。
「仲間を切るなんて、どんだけ自信あるのよっ」
絵馬が幽衣の自信過剰ぶりに顔をしかめる。
自分の実力に自信がない限り、この手段は自分の首を絞める行為だ。
それでも、幽衣はこの手段を選んだ。
それだけの力が幽衣にはあるから――
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