第10話 好奇心は時に人を残酷にさせる
時雨たちに振る舞ってもらった昼食を食べ終え、片付けをしている最中。
俺は目的の人物に近づいた。
「ちょっといいか?」
「え? ああ、君か。どうしたの?」
優しい口調でそう聞き返してくれたのは、さっき時雨が口にしていた
俺が時雨の兄であることはすでに知っているためか、警戒心なしに迎えられる。
「少し聞きたいことがあるんだ。このチームに入ったばかりでまだわかっていないこともあるし、情報共有もしておきたい」
「なるほど、確かにそうだね。でもそれ、僕よりも時雨ちゃんの方がいいんじゃないかな?」
当然身内の方が話しやすいと考えるだろう。伊集院が時雨を見る。
時雨は今絵馬と一緒に昼食の後片付けをしていた。
「時雨とは少し喧嘩しててな、こうした形で久しぶりに会って少し気まずいんだ。話せないわけじゃないんだが」
俺がそう伝えると、伊集院は納得したように頷いた。
「そっか、わかったよ。それで何を聞きたい?」
そう切り出す伊集院だったが、慌てて言葉を変える。
「ごめん、まずはちゃんと自己紹介からだね。僕は伊集院守。よろしくね。見ての通り、って言っても私服なんだけど学生だよ。高校1年だから、多分同い年かな?」
「俺も絵馬も同じだ。俺は相良徹。よろしくな」
挨拶とともに伊集院と軽く握手を交わす。
「僕たちのことを話す前に、徹君がいたAチームがどんな状況だったかを先に聞いてもいいかな?」
伊集院に聞かれ、俺は包み隠さずにAチームを説明した。
聞き終えた伊集院は、苦笑いを浮かべていた。
「やっぱりそうなるのが普通だよね」
「Aチームは普通よりも少し突出してヤバい気がするけどな」
伊集院がAチームを普通と評するのは、自分のチームが異常であると言っているようなものだった。
「僕はね、今回のゲームの詳細を教えられた時、ほとんどがAチームのようなチームが出来上がると思っていたんだ。だから僕たちBチームもそうなると疑わなかった」
けど、その予想は時雨という存在によって外れた。そういうことだろう。
「時雨ちゃんはいの一番に声を上げたよ。そして皆がお互いに疑心暗鬼にならないよう努めた。さすがにすぐとはいかなかったけど、それでもチームがまとまったのには驚いたよ」
信じられないというような顔をする伊集院。
「時雨は具体的にどんなことをしたんだ?」
「それは……、徹君はジョーカーをどうやって見破れると考えてる?」
答えるよりも先に確認を取ってくる。
「抽選結果のメールが入っているエアか、あるいはジョーカーしか持たない何かになるはずだ」
俺がそう答えると、伊集院は頷いた。
「うん。だからこそなのかな、時雨ちゃんは無理にエアを見せなくてもいいって僕たちに言ったんだ」
「それは、自分がジョーカーであっても無理に告白しなくてもいいってことか?」
「そうだね。時雨ちゃんはジョーカーを探るようなことはしなかった」
伊集院が告げた時雨の行動に俺は驚いていた。
ジョーカーを見つけることが第一に重要な今回のゲーム。にもかかわらず時雨は自チームにおいてジョーカーの捜索を放棄した。
「何でそんなことをしたんだ? もしジョーカーがいたら、チームを裏切ってそいつの一人勝ちになるぞ」
「それでも構わないって言うのが時雨ちゃんの考えなんだよ。無理にチーム内で疑い合って崩壊するのを嫌がっているんだと思う」
知り合ったばかりの他人との関係を優先する。それもゲームに勝利することよりも。
やっぱりか。
俺の予想は間違っていなかった。
どうやら時雨は、本気で幽衣たちに抗うつもりでいるらしい。
命令されて仕方なくだったとしても、幽衣たちに従うなら仲間と協力し合う戦略を時雨が選ぶはずがない。
仲間を裏切って勝利を掴む戦略など、正義感の強い時雨が最も嫌うことだ。
「時雨ちゃんはまず自分のエアを僕たちに見せたよ。そうして自分が一人勝ちする可能性がないことを皆に示したんだ」
見せない限り、時雨の言葉には説得力が生まれないからな。
「その行動のおかげで、僕たちも皆エアを開示したんだ。だから僕たちの中にジョーカーは存在しない」
伊集院は自信を持って答える。
秘密を打ち明けたからこそ、このチームの姿というわけか。
けど、疑問は残る。
確かにエアは開示したのかもしれない。が、時雨も伊集院もジョーカーである証拠がエアにあるとの確信は持っていないはずだ。俺だってそうだ。
もし他に証拠を示すものがあれば、それをBチーム内で持っている者がいないとは限らない。
そしてジョーカーが潜んでいた場合、時雨の言葉で見つけることが困難になったと言える。時雨自身が最初にエアでしかジョーカーであるかどうかの判断を下さなかったからだ。
時雨は誰が勝ってもいいっていうスタンスだから気にしないだろう。
けど、他はどうなんだ?
時雨同様、ゲームの勝敗を運だけに委ねるつもりなんだろうか?
時雨には悪いが、さすがに全員が同じ考えを持っているというのは出来過ぎだ。
単純にジョーカーがエアでしか判別できないと信じ込んでいるだけだからか。
ただ少なくとも、伊集院は気づいていながら気づいていないフリをしている。
さっきの俺の返答を聞いていれば、ジョーカーを示すものがエアだけに限らないとは気づく。
チーム内に時雨の言葉を利用した者がいるかもしれないな。
一言、「ジョーカーの判別方法はエアしかない」とでも嘘に似た決めつけを時雨の言葉に添えるだけでも効果は生まれる。
そうして、ジョーカーは自らの正体を隠すんだ。
翌日の朝、BチームはCチームのいる島へと向かっていた。
絵馬が時雨たちと話しているのを横目に、俺はこの場を離れた。
船のデッキに上がると、まるでこちらを待っていたかのようにフーちゃんが立っている。
「お、もしかしてワタシをお探しかな?」
いつもの調子でおどけて見せるフーちゃん。
俺は単刀直入に聞いた。
「今回のゲームに際して行われた抽選、ハピネス社の介入があったんですね」
「さて、何のことかな? ――って、今さらだよね」
フーちゃんはすぐに誤魔化すのをやめる。
「徹君のことは家庭事情も含めてよく知っていたよ。今までのゲームもあの兄妹に強制的に参加させられてたんだもんね」
「そこまで知っていながら、何で不正をしてまで今回の事態を仕組んだんですか?」
公にでもなれば、ハピネス社は多大なダメージを被ることは免れない。
「単純に面白そうだと思ったから。ワタシたちは全員この世界の人間の行動、感情に興味津々なんだよ」
特に深い理由があるわけでもなく、あっけらかんとした調子で答えられる。
「やっぱり怒ってる?」
「当然ですね。けど、感謝もしています」
「ほう? それはどうして?」
意外そうに問い返してくるフーちゃん。
「俺がここで時雨に出会わなかったから、多分俺は一生このことに気づけなかったと思う。素直に認められた行動じゃないですけど、そう言った意味では感謝しているだけですよ」
「そっかそっか。ちょっと安心。告発でもされたらどうしようかと思ってからね」
本気でその可能性を恐れていないのはさすがに表情を見なくてもわかる。いくらでも事実を隠滅することはできるだろう。
「でもまあ、勝手に仕組んだのはワタシたちだから、こんな話はどう? このゲームで徹君があの兄妹に勝つことができた暁には、ワタシたちは時雨ちゃんを助けてあげる、なんてさ」
フーちゃんから願ってもいない提案をされる。
まさか先にそっちから言ってくるとはな。
「だいぶ曖昧な言い方ですね。何を持って勝つことになるんですか?」
「そこはまあ深く考えなくてもいいよ。どう? 悪くない話だと思うんだけど」
確かにそうだが……
「どうしてそんな話を持ち掛けてきたんですか?」
フーちゃん、しいてはハピネス社が動けば時雨を助けることは造作もないように思える。
ただ、その目的がわからなかった。
「さっきも言った通り、徹君たちには悪いことをしちゃったから、その分の譲歩だよ。それに、このままだとキミ犯罪に手を出しちゃいそうだし」
フーちゃんにじっと見つめられる。
考えていない、とは言えなかった。最悪、そのような手段も考慮はしていた。
「その話、信じてもいいんですね?」
「もちろん! だから、ワタシの心が躍るような戦い方を見せてね?」
ワクワクとした眼差しで見られる。
後ろめたさや同情というよりも、単なるフーちゃん個人の好奇心みたいな理由か。
この人のことは好きになれなさそうだな。
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