第9話 理想のチーム、ではない

 近くで川を見つけ、俺たちはそこに移動した。

 時雨は川に近づき、掬った水で汚れた顔を洗う。


「怪我、大丈夫か?」

「うん、これくらい平気だよ」


 ハンカチを取り出して顔を拭く時雨。

 その顔には、言葉とは反対に若干の疲れが滲んで見えた。


「それで、お兄ちゃんと鏡耶さんの関係って?」


 その点が気になっているのか、時雨は真っ先に聞いてくる。


「売られそうになった俺を絵馬が助けてくれたんだ」

「鏡耶さんが?」

「ええ。まあ、それもおばあちゃんの予知のおかげだけどね」


 予知という単語に時雨が怪訝な顔をする。


「鏡耶さんのおばあちゃんは予知のデザイアを使えるんですか?」

「そうよ。おばあちゃんがいなくなってあたしは一人になったけど、予知のおかげで徹に出会うことができた。おばあちゃんも言ってたわ、あたしを助けてくれるのは徹だってね」


 以前俺に話したそのことを聞き、時雨はどう思っただろうか。

 時雨は考えた後、こう結論付けた。


「つまり、お兄ちゃんは鏡耶さんに助けてもらって、その代わりに今度はお兄ちゃんが鏡耶さんを助けようとしていると?」

「別にあたしは見返りを求めているわけじゃないけどね」


 絵馬の言葉を確認し、時雨はようやく警戒心を解いた。


「鏡耶さんでしたね。お兄ちゃんを助けていただきありがとうございます」


 丁寧に頭を下げる時雨。

 そのかしこまった態度に絵馬は慌てて手を顔の前で左右に振った。


「べ、別にいいって。それにあたしがっていうより、おばあちゃんの予知のおかげだし」

「それでも、です。それにしても、予知ですか。もしかして鏡耶さんたちはこのゲームの行方がわかっているんですか?」


 やはり時雨も予知と聞いてその点が気になったのか確認を取ってくる。


「それ、徹にも聞かれたけど知らないわよ。何でもかんでも知っちゃったらつまらないじゃない」

「……そういうもの、ですか。けど、鏡耶さんたちが勝利する確率は高いと思いますよ。そのおばあちゃんの予知ではお兄ちゃんが鏡耶さんを助けてくれると予知したというんですから」


 時雨はそう予想する。


「だったらいいんだけどね。まあ、もし今回のゲームがダメでも問題ないわ。また次回に期待すればいいだけだもの」

「次回?」

「徹があたしを助けてくれるのはまだ先かもしれないということよ。何せ、徹はあたしの――だ、旦那なんだからね!」

「ぶっ!」


 絵馬の大胆告白に時雨が吹き出した。


「な、何を言っているんですか⁉」

「じ、事実だもの! あたしを助けてくれるってことは、つまり将来結婚するってことなんだから!」

「どうしてそこまで話が飛躍するんですか!」


 俺と同じようなツッコミをしてくれる時雨。

 よかった、俺の感性は間違っていなかったんだな。


「お、お兄ちゃん、鏡耶さんと結婚するつもりなのっ? ちゃんと責任取れるの⁉」

「飛躍し過ぎだ! そもそも結婚するつもりなんてないからな!」


 急に責任の話を持ち出した時雨に思わずツッコミを入れてしまう。

 そこで絵馬がムスッとした顔をぶつけてきた。


「何よ、あたしを助けてくれるんじゃなかったの?」

「助けるが、それと結婚することは関係ないって何度も言ってるだろ……」


 なぜそこまで結婚に拘るのか。

 俺と絵馬が結婚する未来なんて訪れないのに。


「コホンッ。えっと、それでお兄ちゃん? 鏡耶さんにも内緒にしていた戦略のことを教えてもらってもいい?」


 わざとらしく咳払いを挟んだ後、時雨はそのことを聞いてきた。

 絵馬はまだ今の話に納得していない様子だったものの、話を始めさせてもらう。


「昨日ゲームの仕組みを知った時、俺は真っ先に他のチームへと移動していく考えが浮かんだんだ」

「それは――ジョーカーを見つけるため?」


 時雨は瞬時に俺の意図を言い当てる。


「ああ。今回のゲーム、何よりもまずジョーカーを見つけないと話にならないからな。けど、同じチームに留まっていたら捜索範囲は限られてくる」


 BチームとDチームについては接触する機会はあるものの、Cチームに関してはチームを移動しない限り情報が得られない。Cチームにジョーカーが残り続ければ何もできず最悪敗北してしまう。

 だから早々にAチームを抜け出した。

 これならCチームを知ることができるし、何より内部からジョーカーを探すことができるなど、捜索の手を広げられる。

 そのままCチーム、Dチームへと渡ることも考えていたが、それはおそらく無理になった。

 時雨が故意に俺を追い出すとは思えないし、他の2チームのどっちかには幽衣がいる。

 零士義兄さんと同じで、幽衣とも同じチームで行動するのは避けたい。


「でも、チームを抜けるのも容易じゃないはずだよね?」

「そうだな。だから抜けやすいように色々と芝居を打つ必要があった」


 俺の言葉に、絵馬が思い出したようにハッとする。


「じゃああの時、徹がデザイアを使えないって言ったのって」

「無能を演じるためた。だからあの時、絵馬もデザイアを隠してくれたのは助かった」


 もし、あの時絵馬が本当のデザイアを使っていたら間宮たちは絵馬を引き留めただろう。


「ふふ、ファインプレーってやつね」


 直感に従った行動とはいえ、絵馬の言う通りファインプレーであるのは間違い。


「なるほど。だからお兄ちゃん、さっきチームの仲間から責められていたんだね」


 時雨も納得するような顔をする。

 対抗戦中、俺はわざと宮崎の足を引っ張って怒りを買った。自分を追い出してくれるよう誘導するために。

 絵馬にこのことは話していなかったが、俺が理不尽な追い出され方をすれば反発し、結果俺と同じようにチームを抜けると踏んでいた。


「あれ? でもそれって、ここで話しちゃってもよかったわけ?」


 絵馬が時雨を気にするように見る。

 時雨たちBチームからしたら、敵チームからジョーカーが送られてきたように思うだろう。

 だが、時雨はすぐに首を縦に振った。


「私なら大丈夫です」

「それは徹がいるから?」

「はい。だけど、お兄ちゃんがいなかったとしても、私はすぐにはその相手を拒絶したりしないです」


 真っ直ぐな目で相手を受け入れると言った時雨。

 その返しは予想していなかったのか、絵馬は驚いた様子を見せる。


「ジョーカーの可能性は考えないのか?」

「それは当然考えるよ。でも、すぐに判断できるものじゃないよ。なら、最初から拒絶するのはよくないと思う。その人はお兄ちゃんたちのように理不尽で追い出された人かもしれないから」


 時雨の言葉には微塵も迷いを感じられない。

 やはり時雨は変わっていないな。

 幽衣たちに対するのと同じように、間宮の考えに対しても否定を示している。

 変わらない姿にはつい安心してしまう。

 けど、無理が祟らないかは心配だった。



 目の前に広がる賑やかな光景に思わず唖然としてしまう。

 その辺の木で組み立てられたテーブルや椅子。その近くには、同じように木をメインに葉っぱを組み合わせた寝床も用意されている。

 ここは島の入り口から反対に位置する場所で、Bチームはすぐにこの場所を拠点にしたという。


「すごいチームワークね。あのAチームに見せてやりたいわ」


 絵馬が拠点を見てそう感想をこぼす。

 そんなBチームをまとめているのが、今まさに仲間たちと料理をしている妹の時雨。

 見た感じチームでは最年少だが、リーダーとして時雨は適任だろう。

 時雨が一旦手を止め、俺たちの元に近づいてきた。


「すごいわね。どうやったらたった半日ほどでここまでの形になるのよ」

「そうですか? ちゃんと話し合えば協力し合うなんて簡単ですよ」


 Aチームはその話し合いすら満足にできなかったがな。


「けど、そんな中で俺たちがやってきて迷惑じゃないか? 食糧だって余裕がないだろ」

「ううん。せっかく仲間になるんだから、お兄ちゃんたちだけ辛い思いはさせたくないよ。それに食糧なら昨日たくさん見つけたから心配しないで。ここ、食べられる木の実とかたくさんあるんだよ」


 時雨は首を左右に振って俺の心配を払拭する。


「食べられるかどうかわかるのか?」

「うん。伊集院さんっていう男の人がいて、木の実とかに詳しいんだ。だから何が食べられて食べられないか、伊集院さんに聞けばわかるの」


 それは大きなアドバンテージだな。適当なものを食べて毒にでも当たったりしたらたまったものじゃない。そのリスクを回避できるのは大きいだろう。


「わわっ! 時雨ちゃん、助けて~!」

「い、今行きますっ」


 30代くらいの女性に呼ばれ、時雨が慌てて戻っていく。

 年齢は違えど、仲間に慕われているな。

 仲間と協力しながら戦うのが時雨の戦略なのかもしれない。

 なら、時雨は本気で?

 俺は気になることができ、ある人物に話しかけることにした。

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