第2話 信じてるから、焼肉を食べる

「お待たせしました! こちらカルビ二人前でございますっ」


 店員がカルビの載った皿をテーブルに置く。


「きたきた! それじゃあさっそく――」

「いやちょっと待て!」


 ワクワクした面持ちでカルビを網の上に載せようとしたためストップをかける。


「何よ?」

「何よ、じゃねえ! この状況は一体何なんだ⁉」


 男たちにどこかへ連れていかれそうになったところを目の前の少女に助けられた。その後、「行くわよ」とだけ言われついてきたわけだが、なぜに焼肉屋なのか。

 しかも、自己紹介も何もないまま食事を始めようとまできた。


「おかしなことを聞くわね。見ての通りお昼ご飯じゃない」

「いや、そうじゃなくてだな。えっと、まずお前は誰なんだ?」

鏡耶かがみや絵馬えまよ。これからよろしくね、徹」


 相手の名前を知るとともに、先の疑問が再び湧く。


「どうして俺の名前を知ってるんだ?」

「おばあちゃんが教えてくれたのよ。とりあえず時間がもったいないから先に焼くからね」


 トング片手にカルビを焼き始めた鏡耶。

 そのどこかウキウキとした様子に、拍子抜けするような気分になってしまった。


「お前のおばあちゃんはお前に何て言ったんだよ」

「お前じゃなくて絵馬」


 トングを突き付けられるとともにジト目を向けられてしまう。


「……絵馬。それで、何て?」

「あたしのおばあちゃん、未来を予知する『デザイア』を使えたのよ」


 さらっと告げられた事実。

 けど、驚くことはなかった。

 俺たちの世界には、デザイアと呼ばれる超常的な力が存在する。

 3年前、ハピネス社と呼ばれる謎の組織がこの世界に突如として現れ、全人類にデザイアと、デザイアの動力源となる「コア」を与えた。

 このコアは、心臓よりも重要な器官。

 コアがある限り、例え銃で撃たれようがナイフで刺されようが死ぬことはなくなった。

 デザイアの使用にコアは消費されていくが、時間が経てば自然回復する。


「……死ぬ間際にね、あたしのために未来を視てくれたのよ」


 絵馬の表情が僅かに暗くなる。

 コアがあっても、寿命による死は不変だ。


「だから俺の名前も、事情も知っていたんだな」

「そうね。そして言われた。徹こそが、天涯孤独になったあたしを助けてくれる人だって。あたしはおばあちゃんのその言葉を信じて行動したってわけ」


 天涯孤独。絵馬にはすでに頼れる相手がいないってことか。


「なるほどな。けどそれ、絵馬が俺の旦那、じゃなくて嫁になるってことは関係なくないか?」


 確か最後、絵馬はそんなとんでもない発言をしたはずだ。


「か、関係大アリだし。助けてくれるってことは、つまりはそういう……一緒にいるってことでしょ? だからよ! 言わせないで!」


 プイッと顔を背ける絵馬。

 俺はそんな絵馬のことを、しばらくじっと見つめた。


「な、何よ?」


 見られていることに気づいた絵馬が照れくさそうに聞いてくる。


「……いや、何でもない」


 俺は目を閉じ絵馬から視線を外す。

 絵馬からは嘘のようなものは何も感じられない。

「あの二人」とは違うんだろう。俺をそういうふうに見ているわけじゃないみたいだ。

 とはいえ、そうじゃないとしても絵馬の考えはさすがに飛躍した考えだ。


「とりあえずその話は一旦置いておく。それより、さっきの2千万円、あれも予知に従って用意したものなのか?」

「え? 違うわよ。あたしなりに考えて、あれが徹を助ける方法だって思ったのよ」


 自分の考えに疑いを持っていない様に、思わずずっこけそうになった。


「ちょっと待て。それならもっと他に手があったはずだろっ。録音するとか!」


 さっきの会話を録音するだけでも効果はあったはずだ。

 普通に気づきそうなものなのに、絵馬は今になって度肝を抜かれたといった顔をしている。


「き、気づかなかったわ。徹、あんた天才ね!」

「いや普通気づくだろ!」


 本気で驚いているから逆に俺が驚かされたぞ!


「き、気づかなかったけど、別にいいじゃない。こうして徹を助けられたんだから」


 助けられたからいい、か。

 俺は口に出しそうになったある言葉をギリギリで呑み込んだ。


「けどその2千万円、どうやって用意したんだ?」


 ただの学生に用意できる額じゃない。

 なら、考えられるのは一つだけだが。


「おばあちゃんの遺産よ。ほぼ全て使ったわ」


 …………は?

 予想していた返答。だが、余計な単語が含まれている。


「お、おい、全てってまさか」

「全財産みたいなものね。あたしの財布にも銀行にも諭吉はもういないわ」


 空の右手を財布に見立てて左右に振る絵馬。


「焼肉食ってる場合か!」


 思わず立ち上がり叫んでしまった。他の客が見てくるも気にしている暇はない。


「な! き、今日くらいはいいじゃない! せっかくあたしたちの出会いの日なんだから! これくらいおばあちゃんも大目に見てくれるわよ!」

「それならせめてもう少し安いところにしろ!」


 息を切らしながら再び腰を下ろす。


「そ、そこまで怒らなくてもいいじゃない。確かにたくさんのお金を失ったわけだけど、すぐに手持ちは増えるわ」

「何を根拠にそう言ってるんだよ」

「ハピネス社の開催するゲームよ」


 ハピネス社。その組織の名前を聞いたことで、絵馬が何を見据えているのかがわかった。


「あ、焼き上がったわね。先に食べるわよ」


 ちょうど焼き上がったのか食欲をそそる匂いが鼻を突いた。

 絵馬が俺の皿にカルビを載せていく。


「食べないの?」


 手をつけないことに疑問を感じたのか、絵馬にそう言われる。

 まあ、食べないのも悪いか。ちょうどお腹も減ってはいることだし。


「う~ん! 美味しいわ!」


 頬っぺたに手を当てうっとりとした顔をする絵馬。よっぽど好きなんだな。


「徹はどうかしら?」

「そうだな。美味い」


 俺は正直な感想を伝えた。

 なのに、絵馬は不思議そうに俺の顔を見つめていた。


「どうした?」

「う、ううん。ただ何か、何だろう?」


 俺の表情に違和感を覚えたのか、何度も唸る絵馬。

 そういうところは案外鋭いんだな。


「そういえばここ、よく来る店なのか?」


 これ以上変に悟られるのも嫌なため話題を変える。


「少し前まで友達と一緒にきていた場所なの。きたのは久しぶりだけどね」


 そう言ってカルビを食べる絵馬の顔は幸せそうだった。


「ところで、さっきのゲームについて聞いていいか?」


 一度中断してしまった話を持ち出す。


「それね。実は1週間後に新しいゲームが開催されるのよ。しかも、今回の勝利者報酬はなんと、最大で1億円よ!」


 絵馬が目を輝かせる。


「あ、ちなみにゲームがどんなものかは知ってる?」


 俺は頷く。

 ハピネス社は世界各地に支社を配置しデザイアの悪用を防ぐため徹底的に管理、統制を行っている。

 世界を滅亡に追い込むような怪物と戦うわけでもなく、ただデザイアを与えられただけの俺たち人間。その多くは悪用しない範囲で私利私欲のために使われているだろう。

 だが、デザイアの一番の存在意義は、ハピネス社が開催するゲームに勝利するためのものだった。

 俺も望まぬ形で何度も参加したことがあるため内容は知っている。


「けどあれって、不定期に開催され、その都度抽選で参加者を募っているはずだよな?」

「そうよ。締め切りは今日までね。明日の正午には参加者が決まるそうよ」


 何ともまた急な話だった。

 しかも、過去に例を見ない大盤振る舞いだな。最大というからには最低ラインも用意されているだろうが、それでもだ。


「1億円なんて掲げたら、今回は相当倍率が高いんだろうな」

「普通なら雲を掴むような話ね。でも、あたしたちにはおばあちゃんの予知がついてるわ。絶対参加よ」


 鏡耶は嬉々とした表情で言う。

 ……冗談、じゃないんだろうな。本当に雲を掴んだのか。

 未来を予知したとはいえ、操作したわけじゃないだろう。相当運が良かったってことか。


「ちなみに、俺がもしこのまま応募しなかったら?」

「何かしらの力が働くんじゃない? まあ参加に変わりはないわ」

「逃げ道なしか」

「ええ。けど、徹が嫌だって言うなら無理強いはしないわ」


 絵馬のその発言に、俺は思わず驚いてしまった。


「な、何よ、その顔?」

「いや、驚いたんだよ。さっき絶対参加って言ってたから、てっきり強制なのかと思っていたんだが」


 自分の身がかかっているんだ、当然そういう考えだと決めつけていた。

 しかし、絵馬は首を左右に振る。


「あのね、あたしに同情してくれるのは嬉しいけど、だからって徹の気持ちを無視する気じゃないわよ。徹にだって事情があるだろうしね。あたしが徹を助けたのだって一方的なものだし」


 助けたのに見返りは求めない、か。

 俺は改めて、絵馬が「あの二人」とは違うということを再認識した。


「わかった。俺も参加する」

「えっ、いいの?」

「ああ。どっちにしても予知した未来が絶対なら、選択肢なんて一つしかないしな」


 俺が参加の意思を伝えると、絵馬は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうっ、徹!」


 安堵と歓喜が合わさったような絵馬の声。

 そういえば……


「なあ、参加する未来を予知したんなら、結果もわかっているのか?」

「それは知らないわ。というより聞かなかった。全部知っちゃったらつまらないじゃない」


 自分の人生がかかっているというのに、随分と殊勝なものだな。

 窮地に立たされているはずなのに、絵馬の眼はまるで死んでいなかった。絶望の色なんて見えない。

 まあ、いいか。

 ともかく、この件に関してだけは協力しよう。

 こうして俺は、絵馬とともにハピネス社のゲームへと参加することとなった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る