軽い女だって思われるかもしれないけど

ぽんすけ

プロローグ

第1話 そいつ、あたしの未来の旦那だから!

 東京都内のとある廃れた繁華街。

 鬱憤とした空気が漂う古びた街の中、俺――相良さがらとおるは二人のスーツを着た男とともに歩いていた。

 片方の男がタバコを取り出し口に咥える。


「にしても、世の中にはひどい輩もいたもんだな」


 タバコに火をつけ、ぼやくように言う。

 後ろを歩く俺に軽く視線だけを向けてくる。


「今頃胸の内はぐちゃぐちゃじゃねぇか? 憎しみや、怒りやらでさ」


 同情するつもりで言ったわけじゃないんだろう。ただ好奇心で聞いているかのようだった。

 俺は今、どんな気持ちを抱いているんだろうな。

 別に男の言うような憎しみや怒りなんて微塵も湧いていない。

 ただ、ラッキーだとは思っている。

 離れられたおかげで、ようやく自由に行動できるからな。


「ちっ、何も答えねえのかよ」


 俺が質問の返答をしなかったからか、男は舌打ちをする。


「まあいい。精々働いてくれ――」



「ちょっと待ったぁ!」



 突如後ろからそんな大声が聞こえてきた。


「あ?」


 男が振り返ったので、俺もそれに倣って後ろを振り返ることにした。

 ――一人の少女が肩で息をしながらこちらを見ていた。左右の手には銀色のアタッシュケースが握られている。

 誰だ、こいつ?

 学生服を着ており、腰まで流れた金髪が目を引く。丈の短いスカートからはスレンダーな足が覗きスタイルは抜群。一言で表現するなら美少女と言えそうだった。

 少女は両手に持つアタッシュケースを地面に下ろす。

 左側腹部で結ったサイドテールを軽く払い、息を整えてこっちを見た。


「そこまでよ! あんたたちの悪事は許されないんだからね!」


 人差し指を突き付け、その一言を高らかに言い放った。

 ポカンとしていた男たちだったが、すぐに我へと返る。


「悪事だぁ? 俺たちはただこいつと歩いているだけだぜ」

「言い訳無用よ! あたしは全て知ってるんだからね!」


 根拠を示さずに言い切る少女。

 何なんだ、一体。

 走ってきたところを見るに、路地裏に入っていく俺たちの姿を目撃でもして怪しいと思ったってところかもしれない。


「適当なことを抜かしてんじゃねえぞ、嬢ちゃん。痛い目見たくなかったらさっさと失せな」

「はあ? 失せるのはそっちよ」


 少女は男の圧にも一切怯むことなく言い返す。


「あたしは知ってるのよ。あんたたちがそこの『徹』を奴隷のようにこき使おうとしているってことをね!」


 少女の口から出た思わぬ真実に、ここまで沈黙していたもう一人の男諸共驚いている。

 ただそれは俺も同じ。

 いや、それよりも何でこいつは俺の名前を知っているんだ?


「……何言ってやがる」

「即座に否定できない時点で図星よ。全く、ひどいことよ。自分たちの家族を1千万円なんていうお金のために売るなんてっ」


 少女がその顔に怒りの感情を露にする。


「おいっ、てめえ漏らしてたのか⁉」

「俺に助けを求められるような人なんているわけないじゃないですか」


 我ながら残念な発言だが、事実だ。事実を盾に潔白を証明する。


「言っとくけど、人身売買は犯罪よ。受け入れたあんたたちにも罪があるからね」


 少女は男たちを責めたてる。

 思わぬ不意打ちに男が舌打ちをした。


「どこで知ったのかは知らねえが、それも結局証拠なんてないだろ? 俺たちはただ仲良く一緒にいるだけだ。だろ?」


 そう言って男が俺の肩に腕を回してくる。

 タバコの嫌な臭いが鼻につき、衝動的に跳ね除けたくもなるがここは我慢。頷いてみせる。

 だが、そんな俺に少女は鋭い眼差しを向けてきた。


「徹、あんたそれでいいの?」


 普通に知り合いであるかのように話しかけてくるな、こいつ。

 少女の目的はよくわからないが、この場で俺にできることはないし、何かをするつもりもない。

 何も言い返さない俺を見かねたのか、少女は落胆したように息を吐き出した。


「納得いかない。けど、ここでうだうだ言ってても仕方ないわね。あんたたち、交渉よ」


 完全に上から目線で男たちにそんな提案を持ちかけだした。


「交渉だと?」

「そうよ。あんたたちは徹を諦めなさい。その代わり、あんたたちにはここに入ってる2千万円を譲る。どう?」


 少女はとんでもないことを口にした。

 な、何を言っているんだ、こいつっ。

 さっきから色々と滅茶苦茶な目の前の少女に段々と思考が追いつかなくなってきた。


「はっ、てめえみたいなガキがそんな大金用意できるわけないだろ」


 冗談だと笑って一蹴する男。


「なら確かめてみれば」


 少女が躊躇いもなく二つのアタッシュケースを男たちの方に蹴っ飛ばしてきた。

 地面を滑りながらやってくるアタッシュケース。


「お、おい、確認しろ」


 疑いつつも男が指示を出す。

 仲間の男がアタッシュケースを開くと、そこには……

 おいおい、嘘だろ?

 中からは、今にも手を伸ばしてしまいそうなほどの札束が敷き詰められていた。

 ありえない光景に男が目を見開くのがわかる。


「全て本物よ。どう、これでもまだ信じられない?」


 証拠を突き付け、交渉の承諾を迫る少女。


「い、意味がわからねえっ。何で2千万も払ってこいつを買おうとする⁉」


 男の疑問はもっともだ。俺と少女には接点がない。身を切って助ける理由なんてないはずだ。

 少女は一度考える素振りを見せた後、こう言った。


「まあ、なんていうか? あたしにとってはそれだけの価値があるってこと。あっ、だからってその程度の金額で十分ってわけじゃないけどねっ。だからつまり、その……」


 どこか言葉の端々に焦ったように言い訳をする節が見られる。

 少女は頬を指先で掻きつつ、少しだけ火照った顔で俺を見る。

 そして、とんでもない発言をかましてしまった。



「と、徹はあたしの未来の旦那みたいなものなの! だからよ!」



 予想の斜め上を行き過ぎるその発言に、俺たちは揃ってポカンとしてしまった。

 ほ、本当に何がどうなっているんだよ……

 しばらく、俺も男たちも少女の告白に呆然としてしまっていた。

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