第1章
第3話 彼女は笑う。人間を見て
僅かに感じた揺れに、俺は目を開けた。
顔を右にずらすと、窓越しに遥か先まで続く水面が見えた。
直後にアナウンスが鳴る。
「お待たせ致しました。当船は間もなく目的地へと到着します。下船の準備をお願い致します。繰り返します――」
もう到着か。といっても、ほぼ寝ていただけだが。
目的地――島に到着すれば、いよいよゲームが始まる。
まさか本当に当選するとはな。
ここまで来た以上、もはや絵馬のおばあちゃんの予知は絶対なものと言っていいだろう。
「むにゃむにゃ……」
すぐ近くからそんなだらしない声が聞こえてきた。肩には何やら重たいものを感じる。
……おい、無防備すぎるだろ。
俺の肩に頭をのせだらしなく眠る絵馬。その服は着崩れており、白のブラウスからは谷間が覗いてしまっている。チェックのスカートもあと少し捲れてしまえば見てはいけないものが見えてしまいそうだ。
この状態で起こせば自分の格好に気づき文句の一つでも言われそうだが、後に自分で起きても結果は変わらないだろう。
そう判断し俺は絵馬を起こすことにした。
絵馬の肩に手をのせ起こそうとする――
その時、船が大きく揺れた。
「おわっ――!」
バランスを崩しそのまま絵馬を椅子に押し倒してしまう。
「きゃっ! ちょ、ちょっと何――――」
真上から覗く俺と目が合い絵馬が固まる。
船内アナウンスが聞こえてくるも、内容を気にしている余裕はなかった。
この状況、どう見ても俺が絵馬を襲おうとしているようにしか見えない。
つまり俺は今ピンチに陥っている。
「わ、悪い! けど誤解だ! 俺は絵馬を起こそうとしただけで、その拍子に船が揺れてこんな形になってしまったんだ!」
矢継ぎ早に言い訳を試みる。いや、言い訳じゃなくて事実ではあるんだが。
だが、絵馬はこの状況に怒るでも叫ぶでもなく、俺から視線を外して頬を赤らめさせた。
「が、がっつきすぎ……。寝込みを襲うなんて、てっきり草食系かと思っていたのに、肉食系だったなんて……。でも! それでも場所は考えて――」
「お前は何を誤解しているんだ⁉」
思わずツッコんでしまった。
「え? 違うの?」
「違うわ!」
俺はハッキリ否定し、絵馬から離れた。
「で、でも服乱れてるし! ここ何日間も手出してこなかったから、隙を狙っていたんじゃないの!」
「それはお前が寝相悪いだけだ! あと隙なんて狙ったことない!」
俺は絵馬の言葉を全力で否定する。
確かに今日までの1週間、俺は絵馬の家で同棲みたいな生活を送っていたが、手を出したことも出そうと思ったこともない。
「何、あたしに魅力がないってこと? これでもあたし、通っていた学校じゃあ美少女認定されてたんだからね」
それは初耳だ。
けど、怒りの論点がおかしい気がする。
「そうだな。俺の好みとは違うからそんな気は起きなかったんだ」
俺は少しいじわるにそんなことを言ってみた。
別に絵馬に魅力がないわけじゃない。ほとんどの男子から見ても可愛いと思えるだろうし、実際に美少女認定されたっていうのは本当だろう。
「へー。……本当かなぁ」
絵馬がジト目を向けてくる。
「本当だ。それより、そろそろ着くみたいだから出ようぜ」
この話題を打ち切るように俺は部屋の外に向かった。
「わわっ、待って!」
絵馬が急ぎ俺の後についてくる。
「……変なの」
「何がだ?」
「単純に手を出す勇気がなかったっていうよりも、別の理由でそもそも手を出すつもりがなかったように見えたのよね」
絵馬が不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
健全な男子なら、絵馬みたいな女の子と一緒に生活していれば、モヤモヤみたいな空気は顔を覗かせてしまうかもしれない。それを感じる側も気づいたりする。
ただ、絵馬は俺からそんな空気を感じなかったと言いたいんだろう。
本当、意外と鋭いな。
俺は何のことだかわからないというようにスルーする。
絵馬も理由までは思い当たらなかったのか、それ以上は追及してこなかった。
船が島に到着した。
外に出ると、さっそく太陽の光が照り付けてきた。
手を目元にかざしつつ、俺は目の前に広がる景色を見る。
木の屑や貝殻が散乱する砂浜。奥が見通せない森。
とてもじゃないが人の住んでいるような形跡は見られない。
島の全域がどれほどかはわからないが、どう見てもここは無人島にしか見えなかった。
「はあ……」
隣から重たいため息が聞こえてきた。
「どうした?」
「……いや、どう見てもこれ無人島での生活を要求されるわよね? 虫とかうじゃうじゃいそうで嫌だなあって」
心底嫌そうな顔で絵馬は言う。
今回のゲームは、何日間かは明記されていなかったものの、長期間行われるものということは知らされている。そのため、各自着替えの服を持ってくることを推奨されていた。
必要に応じて日焼け止めや防虫スプレー等の持ち込みも可で、絵馬がさっそく鞄から防虫スプレーを取り出し散布した。
「それにしても、この島もハピネス社が管理しているんだろうな」
作り出したものなのか、もしくは元からあったものを買い取ったのかは定かじゃないが、色々と常識外れの組織だ。
「あたしも無人島一つ持ってみたいわね」
「欲しいのか?」
「だって好きなことし放題でしょ? 何か面白そうじゃない!」
絵馬が目をキラキラさせる。
虫が嫌だからやっぱりいらないって言う未来が視えそうだった。
俺は一度島から、俺たちの乗ってきた船とは別の、他2隻から降りてくる人たちを見た。
老若男女、俺と絵馬含めて全員で10人いた。
いや、11人だな。
「げっ、何よあいつ?」
絵馬も炙れた一人を見つけて、引き気味な顔を見せた。
高価そうなスーツを身に纏い、ニコニコ笑顔の女性。
その左胸、赤い血を噴き出しながら銀色のナイフが突き刺さっていた。見るからに痛々しい。
俺は彼女のことを知っているから驚かないが、初めて見たら絵馬みたいな反応になるだろうな。
彼女が一度船に向けて手を振った後、1隻だけ残し他の船はこの島を離れていった。
肩には大きなボストンバッグがかかっている。
「さて、皆ワタシに注目!」
彼女が俺たちに振り返り声を上げる。
絵馬のように引き気味な顔を向ける人が多い中、彼女は笑顔を絶やさずに話し始めた。
「まずは自己紹介からっ。ワタシはハピネス社の運営部に所属するフーちゃんだよっ。よろしくね!」
元気な声で自己紹介を済ませるフーちゃん。
俺はこのフーちゃんを過去に参加したゲームで何度か見ている。
というか、初参加以降目を付けられて困っていた。
「あ、ちなみにワタシのデザイアはご覧の通り『アンデッド』、またの名を不老不死だから、そこから取ってフーちゃんってわけ。どう、洒落てない?」
フーちゃんが参加者の一人、赤髪の眼鏡女子に近づいて同意を求めてきた。
同意を求められた眼鏡女子が怪訝な顔をする。
「あんた、頭おかしいんじゃない?」
立場上は相手が一応上のはずなのに、眼鏡女子は辛口な一言を発する。
背格好を見るに、この眼鏡女子は俺と同じ高校1年生くらいに思える。ただ、その性格は今の反応から見てもかなりきつそうだ。
「あはは、言うねぇ。けど、この世界に頭のおかしくない者はいないんじゃないかな?」
怒るでもなく、フーちゃんは面白おかしそうに言い返す。
そんな二人の光景に、絵馬はますます引き気味な態度になっていた。
「さてさて、雑談はこの辺にして。じゃあまず、ゲームの内容を説明する前に皆改めておめでとう! 我が社が運営するゲームに参加するには強運が必要になる。キミたちはその運を勝ち取った。運は運だけど、運も実力のうちだから誇っていいよ!」
大袈裟に見えるほど盛大に拍手をする。
「今回のゲームは、実力と知恵、そしてこの運がキーになってくるよ。それと、ワタシたちの目的を知っているのなら当然、賞金を獲得したいっていう欲張る気持ちも勝利を掴むための原動力としては必要だねっ」
ハピネス社がゲームを開催する目的。
それは、人間が目先の欲望に対して見せる行動、感情をハピネス社が欲しているからだ。
言い換えるなら、欲望のためならば人間はどれほど必死になれるのかという部分を見たいがため。
ハピネス社はそれを最大にして唯一の目的としているらしい。
「それじゃあいよいよ、ゲームの説明を始めるねっ」
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