第10話 夢の扉が開かれた途端 有希は天の星となった
ひょっとして、この気持ちは、大杉に対する愛の証しではないだろうか。大杉の愛する有希が同時に真由子にとっても、愛の対象となっている。
これが、私の大杉にしてあげられる最大のプレゼントではないだろうか。
真由子は今、大杉と一心同体になった気がした。
有希が買い物から帰ってきた。息遣いが少し荒い。
「さあ、そろそろ帰って晩御飯の支度をしなきゃ」
大杉は腕時計を見た。もう七時を過ぎている。
「そうだな。もうそろそろ失礼しようか」
二人は真由子に、軽くお辞儀をした。
「今日は、いろいろ有難うございました。ではこれで、失礼させて頂きます。
お元気で」
「いえ、こちらこそ」
真由子は自分の珈琲代を机の上に置いた。大杉はそれを制して
「あっ、いいですよ。わざわざ、来てもらったんですから」と伝票をつかんだ。
真由子は、二人仲睦まじく帰っていく後ろ姿を見送りながらも、自分のなかで新しい何かが生まれるのを、感じ取っていた。
二か月の月日が過ぎた後、真由子はぬいぐるみの専門雑誌の中で、デザイナーコンクールに佳作入選した、有希の名を発見した。
紅い頬をした白いうさぎの有希の作品に、真由子は心の中で拍手をおくった。
顔の表情が、有希と似ている。特に、上目遣いをしたときの有希と、そっくり同じ顔つきである。
真由子は、有希のつくったぬいぐるみは、人の心にほっとするようなやすらぎと温かさを与えてくれそうな気がした。
希望に向かってはばたく、天使の翼の羽根を一枚与えてくれたようである。
傷つき、すさんだ人の心を慰め、希望を与えてくれる一服の清涼剤の役目を果たしそうだ。もしそうなったら、有希のデザインしたぬいぐるみは、世の中にブームを巻き起こすかもしれないなあ。とすれば、有希は一躍スターになれそうである。
真由子はこのうさぎのぬいぐるみが、商品となって発売されたら、まっさきに買いにいくのになあと思った。
大杉の選択はやはり、間違っていなかった。これは、大杉の愛が有希に伝わった証拠かもしれない。
一週間後、真由子の自宅に大杉から電話があった。ひどく切羽詰まっていて、悲しそうだ。
「杉田さん、大変なことになってしまった。有希が急死したんだ」
「エッ、ウソでしょう」
真由子は一瞬、耳を疑った。てっきり悪い冗談かと思った。
「僕も最初はそうだった。しかし、現実に有希はもうこの世にはいないんだ。原因の半分は僕にある。
有希の作品が佳作入選しただろう。小さなレストランでお祝いをしたんだ。
僕はボトルワインを頼んだが、有希に一杯だけワイングラスで乾杯したんだ。
有希のような身体では酒は厳禁のはずなのに、僕は少しだけならいいだろうとタカをくくっていた。すると、有希は僕がトイレに席を外している間に、ワインを三杯もおかわりしてしまった。
料理を食べ終わり帰ろうとしたら、有希の顔は真っ青だった。
ふつう酔ってたら真っ赤になる筈なのに、有希の顔は真っ青だった。あわてて救急車を呼んだときは、もう手遅れだった。
人工呼吸したが、それから一時間後、有希は息をひきとったんだ」
急に沈黙が流れた。真由子は絶句した。
「そんなこと、信じられない。いい人ほど、早く死ぬっていうのは本当なのね」
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