第9話 有希をいたわる大杉の愛はほんもの
有希は大杉の話に耳を傾けた。
「実は、有希には持病があるんですよ。有希は生まれつき心臓に疾患があって、もう一生健康体になれる見込みがないんだ。医者の話だと、このまま放っておいたら、ますます悪化する一方で、それを薬と注射で極力抑えてる状態なんだ。
僕が有希と結婚するとき、誰もが反対した。偽善者とののしられたこともあった。
『人は、自分一人の荷物を背中に負って生きていくのが精一杯であり、人の荷物まで背負うと、共倒れになってしまう。もっと冷静になった方がいいよ』などと、もっとも顔で諭されたこともあった。
事実、有希の両親からも『遊びで有希の心をもてあそぶのはやめてくれ』とまで叱責されたくらいだ。
有希からも『私とは同情や哀れみでつきあってるんでしょう』とまで言われたこともあった。
しかし、誰になんと言われようと僕は有希が好きだった。有希なしに日々なんて考えられなかった。だからこそ、有希と一緒の時間を少しでも増やしたかったんだ。
有希は、そう長くは生きられない。だからこそ、有希と生活したかったんだ。出来ることなら、ぬいぐるみのデザイナーになりたいという、有希の夢をかなえてやりたいと思ったんだ。
有希は身体が弱いから、仕事は出来ないし、ハードや勉強も出来ない。
そんなことをしたら、いつ心臓病の発作がでるかわからない。だから、有希の身体をいたわって、僕は今までずっと反対してきた」
大杉の、有希の対する計り知れぬ愛情が、真由子の胸を締め付けた。
大杉は夢中で有希のことを、語り始めた。
「ある日、僕は有希と賭けをしたんだ。有希が初めて作ったマスコット人形を道に落とし、それを拾ってくれた人がいい人だったら、有希のマスコット人形はその人に認められたことになる。
でも、悪い人だったら、お金だけ抜き取って有希のぬいぐるみは証拠になったら困るので、永遠に葬り去られる。その時点で、有希のぬいぐるみは、その人にとって五千円以下の価値のものだった、魅力のない不用品でしかなかったということになる。もし、保管してくれる人がいたら、有希にはぬいぐるみのデザイナーとしての勉強を始めてもいいって」
そうか。真由子は昔、本で読んだことを思い出した。
心臓の弱い人は、やたら血色がよく、りんごのような紅い頬をしているため、健康体と間違われるという。
有希が頬が紅いのはそのためだったのか。一見、健康そのものに見える有希が、心臓病なんて・・・
真由子は急に有希が、消え入りそうなほど、はかない存在に見えた。まるで、霧の中にフッと消えてしまいそうな、陽炎のような存在。
ひょっとして有希は、子供のような無邪気な笑顔のまま、天使のように、天へと昇っていくのだろうか。なんの前触れもなしに、飛び降り自殺した元アイドル岡田有希子のように、夜空の星へと旅立っていくのだろうか・・・
真由子はふと有希の夢を叶えてやりたいと思った。それは、真由子の心に浮かんだ瞬間的な、気まぐれだったかもしれない。それとも弱者に対する同情・・・
この気持ちは真由子自身にも、理解し難いものだった。真由子の恋敵である、有希の夢を叶えてやりたいと思った。
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