第6話 元アイドルに酷似の大杉の妻
その日の晩、忘れ物センターから電話があった。落とし主があらわれ、真由子にお礼をしたいという。
一応、規定では落とし物の一割程の金額のものを送付すればいいというが、真由子は快く応じることにした。
真由子はマスコット人形の落とし主がどんな人か、この目で確かめたかった。
できたら、会ってお話したい。そんな気持ちにかられた。
二日後、真由子が帰宅すると、郵便受けにピンクとグリーンの花柄の封筒が郵送されていた。真由子が、カフェでマスコット人形が入っていた袋と、全く同じ花柄の封筒である。
こんな偶然ってあるんだろうか?
差出人を見ると、丁寧ではあるが、愛嬌のある字で、大杉有希と記されてたった。大杉有希-真由子はその名前に全く憶えがなかったが。
封を開けると、謝礼の500円分のクオカードが入っていた。手にひらにすっぽりと収まるくらいの、小さなカードが同封されている。
「落とし物、拾って頂いて有難うございました。一度会って、お礼がしたいです。
来週、土曜日六時、フレンチビルの一階の‘ありす’というカフェテラスでお待ちsています」
フレンチビルというと、繁華街の一角に最近オープンしたばかりのファッションビルで、マスメディアでも宣伝し、二十代の若者を中心に人気を集めているという。
夕方というと、盛況の時間帯だ。待ち合わせしてもわかるだろうか。
「PS 私、大杉有希は、お会いするときの目印として、テーブルの上に拾って下さった。マスコット人形を置いてます」
文面からして、たぶん二十歳前後の人だろう。
真由子は、まだ見ぬ大杉有希の姿を想像してみた。
スリムな中背、ストレートヘアで髪に、色白で唇が薄くて、人形のような愛らしい顔立ち。妖精のような感じがする子だったら、いいのになあ。
真由子はふと、一昔前のアイドルを思い浮かべた。
アイドルの名は岡田有希子といった。偶然、有希と一字違いの名である。ひょっとして、岡田有希子に似てたりして。
白い肌、ふっくらとした瞳。細い目許と唇。あどけなさのなかに、理知的なものが感じられる。少し線の細い感じがしないでもないが、それが透明感となって人の心に訴えかける。
岡田有希子は、歌は決して上手いとはいえないが、デビューした年には、最優秀新人賞を受賞し、ゴールデンドラマの主役にも抜擢されたトップアイドルだった。
ところが、デビューして二年もたたないうちに、飛び降り自殺をしてしまったのだ。
「夜空の星と化したアイドル」当時はそんなフレーズが週刊誌を賑わわせ、なんと後追い自殺もでるほどだったが、もう世間の記憶からは、なかば消え去ろうとしていた。
岡田有希子の再来。真由子はそんな期待を胸に抱いていた。
真由子の勤務している会社から二つ目の駅に、フレンチビルがある。
一階のカフェテラスといえば、入口が花屋になっている。鮮やかな切り花を鑑賞しながら、珈琲を飲めるのはこの店ぐらいであり、初めて入る店である。
テーブルの真ん中には、ガラスの花瓶があり、遠州流の生け花が彩りよく生けてある。細い枝の前にはビビットカラーのガーベラ、白いかすみ草が生けられ、真上から見ると正三角形になっている。それが、店全体の空気までも、華やかで優美なものに演出していた。
真由子は、店内の全テーブルを見渡してみた。
すると、隅の席に、白いうさぎのぬいぐるみが置いてあるのが目についた。
それを見て、真由子は思わず吹き出しそうになった。まるで、幼児がままごと遊びをしているようだと思った。
ぬいぐるみの向かいに座っている女性と、目があった。
二十歳前後だろうか。真由子に笑いかける人物がいた。まるでそこだけ、隅が照らされたような、まぶしい笑顔。
あっ、この人が大杉 有希に違いない。
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