第5話 意外なところで 大杉との縁があった 

 翌日、母野味へ行ってみたが、大杉の姿はなかった。

 なんでも京都に転勤になったという。真由子は、もう大杉と何の接点もなくなってしまったことが、淋しく思えてならなかった。

 片思いとはいえ、心にぽっかりと穴があいたようだった。

 しかし、京都のどの店にいるのだろうか? 真由子は知るよしもなかった。


 車内には、京都をテーマとした旅行雑誌のカラー広告で満載である。

 京都いえば、先祖代々保守されてきた伝統と、新鮮な刺激が入り混じった魅力的な街である。

 一度、訪れる人はやみつきになるというが、真由子もそのうちの一人だった。

 京都へ行くときは、少しお洒落をしていく。真由子はお気に入りのブラウンのミニのツーピースを着て出かけた。

 三条大橋を渡ったところで、母野味の看板が目についた。ドア越しに店内に覗いてみると、なんと大杉の姿があった。相変わらずレジの前に立っている。真由子は自動ドアを開き、無表情で入っていった。


「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか」

 大杉は目を見張り、ニッコリと笑顔で言った。まるでそれは、旧友に出会ったかのような、嬉しそうな懐かしむような笑顔だった。

 真由子は、ポーカーフェイスで「いいえ」と答えた。

 大杉が質問したということは、真由子の返事を待っているということだ。

 何らかの形で、大須賀は真由子との接触を求めているのかもしれない。

 しかし、真由子はなぜかポーカーフェイスを通していた。

 レジで「あのう、大阪にいらっしゃったでしょう」

とさり気なく、尋ねてみた。途端に大杉はうつむき、口ごもりながら

「さあ、知らんなあ」

と苦しい言い訳をした。言い訳すること自体が、真由子に対して申し訳なさそうであった。

 

 相変わらず、正直な人だな。ウソをつくのが平気な人は、じっと相手の目を見ながらも、ポーカーフェイスを通す筈なのに、きっとこの人は、悪いことのできない人なんだ。

 世の中は不倫ブームだとか言われている。実際、真由子の周りには、浮気癖のある男性は何人かいた。

 SNSを使って、一度だけのフリーセックスを楽しんだり、家庭は円満にいっているのは、妻とは何年も前から、うまくいっていない。離婚寸前などと言いくるめ、ひとまわりも若い女性をだまし続けては、SEXだけを楽しんでいる、ずるい中年男もいる。

 しかし、大杉はそんな人じゃない。真由子はそう確信していた。

 実際、悪い人だったり、未婚者だと偽って真由子に近づいてきたかもしれない。

 最初は甘い言葉をささやき、真由子がすっかりその気になったところで、ホテルへ行ってジ・エンド。いわゆる、乗り捨て御免になったかもしれない。

 大杉は、きっと心から真由子のことを考えてくれたのだ。その時点は、大杉は真由子に対していくばくかの誠意と、愛情を示してくれたかもしれない。

 真由子はそんな大杉の気持ちを、大切にしたいと思った。


 大杉と偶然再会してから、二週間が過ぎた。

 真由子は、ファッションビルの本屋でグラビア雑誌を見ていた。

 アレンジメントフラワー、料理本など、女性なら、誰でも一度は手に取ってみたくなるような、優雅な家庭を連想させるようなカラーの雑誌。その中で、ぬいぐるみのグラビアが目にとまった。

 表紙を見ると、うさぎやクマ、きりんなどのぬいぐるみが、カラフルな色合いで満載されている。

 真由子はぬいぐるみの興味を持つなんて、中学のとき以来だった。中学のとき、学生カバンにマスコット人形をつけるのが、ささやかなぜいたくなお洒落だった。

 大人になってからは、ぬいぐるみには関心を示さなくなっていた。ぬいぐるみを好きな人は、きっと誰かに庇護してもらいたいといった甘えん坊の人なのかもしれない。真由子は、そう思って本屋を後にした。

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