第4話 予期せぬ落とし物ー実は大杉関連
真由子の行きつけのカフェは、セルフサービスでもないのに、リーズナブルな価格で、真由子は気分転換によく立ち寄っていた。
店内には軽いポップスが流れ、ぬるめのお風呂に入っているかのような、ゆったりとしたリッチな気分にさせてくれる。
真由子は、珍しくウインナー珈琲を注文した。
デザイナーブランドの、淵が金色で花柄の優雅なデザインのコーヒーカップのなかに、生クリームの甘い香りが鼻をくすぐると同時に、足元にふれるものがあった。
目を落とすと、ピンクとグリーンのパステルカラーの花柄の包みが落ちている。
誰かの落とし物だろうか? しかし、真由子にはまるでそれが、意図的に置いてあるかのような錯覚にとらわれた。
こんなきれいなラッピングなら、真由子に限らず、女性なら誰でも好むだろう。
腰を屈めて手に取っていたと同時に、包みの口が開いた。何が入っているんだろう。真由子は中を開けてみた。包みには、セロテープの痕跡さえない。
取り出してみると、手のひらにすっぽり収まりそうなほどの、小さな白いうさぎのマスコット人形だが、素朴で可愛い表情をしている。
人形の表情は、それをつくった人の心をも反映しているというが、このマスコット人形をつくった人は、きっと幼児のような無邪気で純粋な心の持ち主なのだろう。
思わず真由子はマスコット人形を抱きしめていた。
スポンジの温かい感触が、真由子の胸をくすぐる。
ふと、真由子はこのマスコット人形を、そのまま持ち帰りたい心境にかられた。
しかし、やはり無断拝借ーネコババはいけないことだし、いくら巧妙に実行し、成功したかのようにみえても、どこかでボロが出る筈だし、のちのち罪責感に悩まされる結果になる。
そういえば、不倫も泥棒の一種なのかもしれない。鍵をかけ忘れたスキに、他人の家に忍び込み、財産を盗んでいく・・・家を心に置き換えれば、不倫も同じではないか。ただ、違う点があるとすれば財産なら働くなどの手段で取り戻せるが、一度離れた人の心と浮気癖は、一生取り返しのつかない罪になる場合もある。
真由子は不倫願望など、毛頭なかった。好意を抱いている相手に、罪を犯されることなど、真由子の良心が許さなかった。
不倫ーそれは自分では恋愛だと錯覚していても、結局相手にとっては遊びでしかない。真由子は間違っても、そんなみじめな結果にこの恋を終わらせたくなかった。
ウインナー珈琲の生クリームはすっかり溶けてしまい、形は崩れている。
抱きしめたマスコット人形の背中には、ファスナーがついていた。マスコット人形兼財布だったとしたら、実用的だな。
これにホルダーでもついていたら、キャラクター商品として立派に通用するかもしれない。
そのとき、真由子はファスナーの縫目が、少し歪んでいるのは気がついた。手作りなのかな? ぎこちなさが感じられた。
ファスナーを開くと、なんと中から五千円札が出てきた。誰かの忘れ物!?
でもそれにしては、なぜか作為的なものが感じられた。真由子は、背後から誰かに見張られてるような気がした。ひょっとして、神様が自分を試しているのではないだろうか。
真由子は、五千円札をマスコット人形の中に戻し、紙袋に入れて駅の忘れ物センターに届け出た。一応、名前と連絡先を聞かれたが、真由子はためらいもせず答えた。
しかし、一体どんな人が落としたのだろう。真由子は、帰りの電車の中で、ずっとそのことばかり考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます