第3話 大杉の存在は燃え上がる真由子の恋の炎
数日たっても、大杉からは何の連絡もなかった。それでも、真由子の思いは冷めることはなかった。大杉の反応によって、自分の心が動くのではなく、大杉の存在そのものが真由子にとって、恋の炎になっていた。
二十五歳にもなって、バカげたことかもしれない。でも、このときめきを抑えることは、どうしても不可能だった。この感情は、理屈で割り切れるものではなく、真由子自身でも、理解し難かった。
むろん、真由子は男性体験が全くなかったわけではない。キスとペッティング止まりだったが、真由子にとっては精神面を伴わない体操のようなものだった。
相手のいいなりになって、目を閉じるだけ。喜びも感謝もない。ただ人形のような役割。相手に対して好意を抱いていなかったので、男性自身が真由子の恥部に入ることはなかったし、真由子はそれを条件に、相手と抱き合っていたのだ。
初めてキスしたのは、十五歳のとき。相手は三歳年上の大学生だった。
なかばだまされるように、相手の部屋に連れ込まれ、強引に唇を合わされた。
それからは、会うたびに、男の部屋でペッティングの繰り返し。
しかし、三か月もたった後、そんな関係に嫌気がさし、真由子の方から別れを告げた。
残ったのは虚しさと、相手に対する軽い嫌悪感。多分こういうのを、遊びというんだろうな。真由子はもうこんなことは、二度とすまいと思っていた。
それ以来、男性に興味を抱いても、恋愛に発展することはなかった。
まるで、固いつぼみのように、男性に対しては、心を閉ざしていた。男性の目的は、しょせん肉体の欲望だけ。そんな男性に対する不信感が、知らず知らずのうちに、真由子を支配し、恋心を閉ざしていた。
ふとした偶然、いやそれ以上の運命だろうか?
真由子は大杉に出会って以来、凍結してしまいそうなつぼみに、いきいきと陽光が差し込むのが感じられた。
たとえ、振りむいてくれなくても、寂しさも不満も感じられなかった。
大杉の存在そのものが、真由子にとっては、光だったから。
のちに同業者から聞いた話だが、やはり大杉は既婚者だったのだ。
でも、好き。なんとか接触をもちたい。
大杉は真由子にとって、太陽のような存在である。
真由子をいつも暖かく、優しく照らしてくれ、ときめきを与えてくれる。まるで、アイドルに憧れていた小学生の頃と同じような、無邪気な気持ちに戻っていく。
真由子は、不思議と大杉の前では、暗い出来事を思い出したり、憎悪に満ちた感情になることはなかった。
しかし、大杉は手の届かない山頂に咲き誇っている高山植物のように、触れることさえ不可能だった。
このことは、きっと神様が真由子に与えた試練なのかもしれない。
真由子の大杉に対する感情が、男性という枠を超えた人間的な愛ならば、なんらかの形で回答が得られるはずだ。
しかし、単なる自分本位の恋なら、罰として真由子の恋心の炎さえも消してしまわれるだろう。
見つめ合い、抱き合うことが、恋の表現ならば、大杉のように目を伏せ、背を向けることが愛のあかしである場合もある。
真由子の大杉に対する心の炎はいつか消えるときが訪れるのだろうか?
透明人間になって大杉のそばにいきたい。風になってもいいから、大杉と触れ合っていたい。かなわぬ夢とはわかっていながらも、真由子はかすかな希望を抱いていた。それは、まるで種を蒔かれていない地上から、花を咲かせようとするかのような、はかない夢だった。
真由子は仕事帰り、いきつけの小さいカフェに立ち寄った。
カウンターだけの小さな店だが、店全体がクリーム色で統一されていて、陽光のようなナチュラルな照明が、温室のような暖かいムードを醸し出している。
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