第2話 片思いの感情だけでもなぜか幸せ
一週間後、真由子は勤め帰り、どうしても店長に会いたくなった。
大杉に似合いそうな、ブルーのウォッシュタオルに手紙を添えて渡した。
「面接でお会いしたとき、感じのいい方だなと思いました。
もしよかったら、このタオルを使って下さい」
ストレートな気持ちを伝えるしか術がないと思った。それと同時に、薬指にマリッジリングを確認するつもりだった。
真由子が、母野味に立ち寄ると、店長は客の注文に応じながら、レジに立っていた。店長のネームプレートを確認した。‘大杉’という苗字らしい。
名物のだし巻きを食べた帰り、伝票を渡すとき
「私のこと、覚えてらっしゃいますか?」
と聞いてみた。
「もう、仕事が決まったんだね」
相変わらず、友人同志のような親しみのこもった口調だ。
「これ、受け取って下さい」
「ン!?」
大杉は、びっくりしたような顔つきで、真由子の差し出したデパートの紙包みを受け取ってくれた。真由子は、これから始まるであろう恋の予感を期待していた。
一週間後、真由子は再び母野味を訪れた。
大杉と接触する機会を探したが、声もかけてくれない。帰り際だけが、接触できるかもしれない唯一のチャンスだ。
しかし、なぜか真由子の心は燃えていた。
大杉の姿を見ることが、真由子の心に恋の炎を灯してくれるようだった。
母野味の自動ドアを開けるとき、ガラス越しに大杉の姿を確かめる。
大杉の姿を確認すると、ドキドキするときめきを押さえ、わざと平静と無関心を装い、店へと入っていく。
真由子は、自分が二十五歳という年齢であることを、忘れていた。まるで、中学の頃に戻ったみたいだった。大杉の反応を期待してみたが、済まなさそうにうつむいて
「どうも」
と言っただけだった。真由子に気がないか、それとも別の女性の存在を感じさせたかったかどちらかだった。
普通なら、これであきらめもつく。しかし、真由子は大杉の姿が目に写っただけで、条件反射のように胸のときめきを感じてしまうのだ。
大杉の存在自体が、真由子にとっては特別なものだった。まるで、思春期の少女がアイドルを応援するかのように、真由子は大杉の存在そのものが恋の対象になっていた。
真由子はなんとか、大杉にアプローチする方法を考えた。
何よりも、大杉のことを知りたくて、質問形式の手紙を書いてみた。
「大杉さんの好きな色はブルー? ご趣味は? 奥様の口紅に色はピンク? それともオレンジ系?」
まるで、中学生の交換日記の内容と同じだ。
いつものようにレジで「これ、読んで下さい」と言って渡した。
大杉のとまどった表情が気がかりだった。どうしてだろうか? 迷惑なのかな?
しかし、真由子の心の芽生えた恋の炎は、消し去ることはできなかった。
真由子は、一方的にシャッター越しに大杉宛の手紙を入れておいた。
大杉さんの姿を見ながら食べるだし巻はサイコー! 大杉さん、私の話相手になってなどと、まるで大杉に甘えるような口調の文章に添えて、エチケットブラシなどの小物をさりげなく添える。
もちろん、母野味にいくことも欠かさなかった。情が通じたのだろうか。
大杉は真由子に対して、温かい視線を注ぐようになった。
「カウンター、空いてますよ」
「これ、落ちましたよ」
別段、嫌がる様子もなく、気さくに話しかけてくれる。それだけが、真由子にとって救いだった。思い切って、真由子は自宅の電話番号を書いた手紙を入れておいた。
今度こそは、大杉となんらかのコミュニケーションがとれる筈と淡い期待を抱いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます