元アイドルの代理としてでも愛してほしい

すどう零

第1話 予期せぬ恋の出会い

 真由子が彼と巡り合ったのは、早春の春雨が、かすかに頬を撫でる季節だった。

 身体中、凍りつくような寒さからようやく解放され、細胞がひとつずつ生まれ変わっていきそうな予感がしたが、現実は虚しい期待外れに終わってしまった。

 真由子は、内定していた会社から、一方的に内定取り消しの通知を受け取ったのだ。昨今の不況の影響だということは、痛いほどわかっている。

 しかし、何も入社式直前に取り消してくることはないだろう。こちらの事情などおかまいなしに、ぬか喜びさせておいて・・・

 ちょっぴり世間を恨みたくなるような、自信喪失に陥りそうな憂鬱感をこらえ、真由子は就職先を探しあぐねていた。

 さっそく、コンビニで求人誌を買い、応募しなければならない。

 幸運なことに、求人誌の中に、高校時代にアルバイトしていた全国チェーン店のセルフサービスの弁当屋の広告が掲載されていた。

 比較的安価であることと、独自の味付けを売り物に、都市中心に急激に店舗を増加させていった有名弁当屋である。

 テイクアウトだけでなく、店内でもお茶のサービス付きで飲食できるようになっているところに、商売上手な気配りを感じさせる。

 最初は、深夜トラックの運転手をターゲットにしていたらしいが、いざフタを開けてみると、意外なことに顧客は一人暮らしの地方出身者か、パートで働く主婦層が半分以上を占めていた。

 外食産業でも常に十位以内にランクされている、株式市場でも「元気のいい会社」である。

「いらっしゃいませ。ご注文は」

 ファーストフード風とまではいかなくても、カウンターに立つのは圧倒的に女性が多い。

 回転率の良さが活気となり、この店にはつも、健やかさと、あわただしさが漂っていた。

 真由子が飲食店でバイトしてみる気になったのは、高校時代以来である。OL生活でテクノストレスに悩まされた経験のある真由子にとっては、新境地を拓く心境だった。

 真由子は今、二十五歳。まだまだ若さを売り物にできる年代である。

 人生は早い者勝ち。真由子はさっそく応募してみることにした。


「もしもし、母野味(はやみ)ですか。今、そちらで求人募集なさってますね。 

 できたら、面接にお伺いしたいのですが」

 真由子は、さっそくリクルートファッションに着替えて面接へと臨んだ。


「いらっしゃいませ」

 元気のいい掛け声に迎えられ、レジの前で挨拶をした。

 レジに立っている店長(といっても雇われ店長)らしき人に声をかけられ、面接に臨むことになった。

 三十歳を少し超えたくらいの年齢だろうか。

 余裕と貫禄さえ感じさせ、真由子に向かって軽く微笑みかけた。

 真由子の席の向かいに座るなり、店長は足を組み、お手拭きの袋を破りかけたが、三回破りかけても、破ることはできず、真由子は「斜めに切った方がいいですよ」と口を挟もうとした途端、横顔を向けて半ば、つぶやくように言った。

「母野味(はやみ)は忙しいだろう。だし巻きつくれる?」

「はい」

 店長は、真由子の差し出した履歴書を読み、納得したように大きくうなづいた。

「今、募集中なんだ。まあ、自分からも電話してきて。自分も早く決まった方がいいだろう。ほかにいろいろ賭けてるんだろう」

「いいえ、そんな」

 相手のことを「自分」という言い回しは、関西特有のものである。

 真由子は、この店一本ですと言いたいところを、気恥ずかしさからグッとこらえた。

 まるで久しぶりに出会った旧友にしゃべるような、気さくな物言いである。感じのいい人だな。真由子の心に、フッと小さな喜びがわいてきた。


 ところが、二日後の夕方、以前応募した会社から思いがけず採用通知の電話をもらった。真由子はそちらの方を、選ぶことにした。

 真由子は母野味(はやみ)に、断わりの電話を入れることにした。

「もしもし、以前面接にした杉田まゆかですが、今回は事情があり、辞退させて頂くことになりました。また機会がありましたら、よろしくお願いします」

「ああ、そうですか」

 しかし、ここで終わりにするのは、なんだか惜しいような気がした。

 店長と真由子との間には、気の合う友人のような、感情が芽生えていくような気がした。

 

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