第17話 母の思惑
私は悲鳴をのみこみ、掃除機のスイッチを押す。沈黙が訪れた奥の間に私のふるえた声が、むなしく響いた。
「なんで?」
こんなことを聞いた時点で、認めているようなもの。私は母を前にして、嘘を並べ立てるなんて器用なこと、昔からできなかった。
うつむく私の耳へ、母のため息が投げれ込む。
「まず、洗濯かごにおじいちゃんの浴衣が入っていた」
母は探偵ばりの推理を展開していく。たしかに、今朝しろくんがぬいだ浴衣はかごに入っていた。でも元々は祖父のもの。病院で着替えた浴衣だと思わなかったのだろうか。
「病院で着替えたものならば、誰かが入院後に病院へいっているはず。でも、今日はじめておじいちゃんは、髭剃りのことを口にした。ということは、誰も汚れ物をとりにいっていない」
持っている掃除機の取っ手が、汗でじんわりぬれてきた。母は昔からこういう細かいことに気づくほど、神経質なのだ。それは、誠を亡くしてからますますその傾向が強くなったと祖母がむかしいっていた。
「そして、シンクの中の二人分の食器。前からいってるでしょ。食べたらすぐ片付けなさいって」
反論の余地もない。嘘をつくよりも、昨日の状況を説明した方がいい。私はそう判断した。
「昨日、とにかくすごい雨で雷もなってて。ほら私、雷大嫌いでしょ。おびえてたら、しろくんが心配して泊ってくれて。しろくんってさっきの男の子の名前。猫田 真白くんっていう京大生で、アンティークが好きなんだって。だからアルバイトしたいって」
祖父も食いついた、京大生というネームバリューを強調する。
「昨日は私が奥の間で寝て、しろくんはソファに寝てくれたの。絶対お母さんが心配するような関係じゃないから」
少々脚色とはぶいた部分はあるものの、おおむね真実を語った。語り終えた私は、信じてくれと母の目をじっと見る。すると、母は二度目の大きなため息をついた。
「やっぱり、麻琴はお母さんのそばにいないとダメなのよ。雷がこわいなら、お母さんが一晩中いっしょにいてあげたのに」
母は私の話を信じてくれたのだろうか? しかし、不穏な空気は一掃されない。とまどう私に、母はニコリと笑った。
「しばらく、お母さん京都にいるから。安心してね麻琴。この家にひとりはさびしいでしょ。お父さんにもちゃんと、許可はとってきたから」
仕事の忙しい父は、家のことは母にまかせっぱなし。祖父の入院ともなれば、母の留守をしぶしぶ承諾したのだろう。
しばらくって、いつまでなのか。こわくて聞けずに、あいまいにほほ笑む私。
「ねえ、今日と明日はお店休みでしょ。お母さん、最近の京都ごぶさたなのよね。観光がてら、おしゃれなお店とか見てみたいわ。どこかつれていって、麻琴」
しろくんのことはそれ以上聞かれず、ウキウキした母の言葉に救われた。よかった、とりあえず乗り切った。安心した私は、それから二日間、母につきあい京都観光をしたのだった。
母は終始上機嫌で清水寺や銀閣寺あたりを観光し、おしゃれなカフェに感心していた。私も母とゆっくり京都を回るなんてこと、したことがなく。楽しかった。
このままお店をあける火曜日には、東京へ帰ってくれると思っていたら。私の店主ぶりが見たいと、火曜日の朝に言い出した。
あれほど、店を閉めて帰って来いといっていたのに。私のことを認めてくれたのかと、はりきって開店準備をすすめた。
その様子を、母は染め糸の部屋のテーブルに座り見ている。私は参観に来た母親が気になり、授業に集中できない小学生にもどったような気はずかしさでいっぱいになる。
まだお客さんがこない店内をじっくり見た母は、感心したように口をひらいた。
「アンティークの商品が多いわねえ。高価な商品から手ごろな物まで」
「そうなの、平安神宮の蚤の市で仕入れた商品もあるんだけど。しろくんに手伝ってもらって、イギリスからネットで商品を買ってるの。彼、英語ができるから助かっちゃう。この間もね、外国のお客さんが来られて対応してくれたし。それと、染め糸のネットショップもたちあげてくれて、売り上げも順調――」
私はしろくんの株をあげようと熱弁をふるう。祖父も彼のことを気に入っているといおうとしたら、母の不機嫌な声でさえぎられた。
「やっぱりダメね、その子」
この話の流れから考えて、およそ想定外のセリフが母の口からとびだす。
どういうこと? しろくんは、ダメじゃなくて優秀なのに……。
「えっと、どういう意味?」
先ほどまでにこやかだった母の顔は、能面のように無表情になる。私は反射的に身を固めた。この表情をした母は、怒っている。それもかなり。
「麻琴、そのしろくんのこと好きなのね。でも、だめよ。まだ大学生じゃない。将来有望かもしれないけど、年下の男の子になんてあなたをまかせられない。あなたの相手は、お母さんが選んであげるから」
私が、しろくんを好き? どうしてそうなるのか。いやそれよりも、私の相手は母が決めるといいきった。
「何いってるの、お母さん。私としろくんはそんな仲じゃないって。ただの店主とアルバイトだよ」
「今はそう思うなら。早くはなれた方がいいわ。もうこのお店たたみなさい。ネットショップが好調なら、東京でもできるわね。あっ、そうだ。庭に小さな小屋を建ててあげるから、そこを麻琴の仕事部屋にしなさい。そうよ、それがいいわ。お母さんも手伝ってあげるから」
母の中でどんどん進んでいく、私の東京強制送還。どうしよう、このままじゃこのリンカネーションがなくなってしまう。
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