第11話 女の子の部屋

 楓は向日葵を立たせたものの、一向に歩こうとしない向日葵に肩を貸し、半ば担ぐ要領で楓の自室まで運んだ。

 部屋は二階のため、人を運ぶことは本来重労働だったが、向日葵のことをそのままにもできず、また向日葵の体重が軽いこともあり、今の楓でも気合いで運びきることができた。

 なんとか、部屋で向日葵を横にすると、楓もまた隣で横になった。

 向日葵は部屋で楓が横になるなり、鼻をひくつかせると意識を取り戻し、勢いよく立ち上がった。

 その瞬間、向日葵の下着が見えたことで 楓はそっぽを向いた。

 楓の背後では呼吸の音が聞こえるほど大きく、向日葵が深呼吸していた。

「これが楓ちゃんの匂いか。いい匂いだね」

「部屋の匂いだよ」

 振り向いて否定すると、向日葵の顔が間近にあり、とっさに視線をそらした。

 体を大きく広げ、肺いっぱいに空気を取り込む向日葵を前に、楓は小さくなって俯いた。

「ねえ、何かないの?」

「何かって?」

「例えば、ゲームとか。私の家にはあんまりなくって」

「そうねぇ」

 と言って楓も間取りを理解していない部屋を見回した。

 だが、ゲームと言ってもどこの家にもありそうなトランプくらいで、あとはインテリアやぬいぐるみなどで囲まれ、ゲームはなかった。

 棚も置かれていたが、棚にはゲームソフトではなく、参考書や小説などが入っているだけだった。その中の一部のライトノベルは楓も知っているものだった。

 ここまで広くてパソコンがねぇ。というのがとりあえずの楓の感想だった。

 前世の楓の部屋よりも広いにも関わらず、楓にとって重要なゲームもパソコンも置かれていなかった。

 記憶の中を探してみても、ゲームの類をしまった場所の記憶はなかった。

「ゲームないの?」

「ゲームないねぇ」

「そんなぁ」

 楓の言葉に、向日葵は床に膝をつき、手をつけた。

 しょんぼりとしたのも束の間、何かを思いついたように顔をあげると、四つん這いのままでタンスの方へ移動を始めた。

 嫌な予感がして、楓はすぐに身を翻すと、タンスの前に体を広げてガードした。

「宝探ししない?」

「ダメ、別のことしよう」

「中見たらダメなの?」

「いや、ほら、さすがにここまでプライベートなものは、もう少し関係を深めてからというか。これからのお楽しみというかにした方がいいんじゃない?」

 楓は向日葵に説教をしたものの向日葵は全く聞く耳を持たなかった。

「ちらっ」

 っと言いながら、向日葵は楓のスカートの中を覗き込んだ。

 楓は今までにない反射的なスピードで裾を抑えると、大慌てで一歩下がった。

「なるほど、楓ちゃんはそういう趣味なのね?」

「どういう趣味!?」

 という楓のツッコミに向日葵は満足気に満面の笑みを浮かべた。

「いいものも見られたし、楓ちゃんがまだダメって言うなら仕方ないなぁ」

 さらに覗こううとする向日葵から逃れるため数歩下がると、楓は床に座り込んだ。

 楓の下着が見られないことを知ると、向日葵は床に大の字になって寝転がって目をつむった。

 楓としては大事なものを守れたような、守れなかったような、むしろもっと恥ずかしいものを見られた気分で赤くなっていた。

 楓はスカートの中を向日葵に見られないように位置に気をつけつつ移動すると、扇風機をつけ自らに向けた。

「ねえ、本当にないの? ゲーム」

 扇風機がつくなり、向日葵は楓の隣に鎮座すると扇風機に向かって、

「あー」

 と言い出した。

「うーん」

 もうゲームはいいのではと思ったが、楓は再び思案した。

 部屋には携帯ゲームの類もなかった。

 リビングに置いておくタイプかと思ったが、リビングに共用の携帯ゲームも、据え置きゲームも、パソコンもなかった。

 これで本当に転生した自分かと疑ったが、こればっかりは仕方ない。

 ゲームはお金もかかるのだ。部屋や記憶を見たところ、衣服にお金が注ぎ込まれているため、そっちが優先的だったのだろうと気づいた。

 楓の母がモテるための努力をしていたと言っていたことを思い出し、ゲームのない理由を理解した。

 こうなったら、あんまりないという向日葵のゲームを持ってきてもらうか、トランプをするかと諦めかけていたその時、

「あっ!」

 楓は閃いた。

「なになに? 何か思い出した? 何か見つかった?」

 向日葵は歓喜に顔をほころばせたが、楓が頷き、ポケットに手を突っ込むと怪訝な表情に変わった。

「ゲームって、手品の練習とかってこと?」

「違う違う」

 スマホになら何か入っているかもしれない。そう思い楓は自分のスマホを取り出したのだ。

 簡単に確認した時はゲームアプリなど目にもつかなかった楓だったが、改めてよくホーム画面を探索してみた。

「あった!」

「本当に?」

「スマホのゲームだけどね」

 楓の予想通り、スマホにはゲームがあった。

 お金が理由なら、ゲームが嫌いなわけではないはずという推理は当たっていた。

 実際、ゲームセンターや友達の家でパーティゲームで遊んだ光景がいくらかよみがえっていた。他にも人に借りたり、現地のもので間に合わせればやっていたのだ。

 同時に、無料でできるスマホのゲームアプリの光景も浮かんでいた。

 しかし、ゲームジャンルは音ゲー。楓が前世で苦手としていたゲームだった。それは、今の自分に、なんで入れてるんだよ。と心の中でツッコムほど苦手だった。

 前世では手汗がひどく、長くやっていると途中から画面の反応が悪くなるため、思うようにプレイできず、途中で投げ出すことがしばしばだった。

 手汗がどうにかなればいいかと言うとそうでもなく、ゲームセンターにあるようなものやコントローラーでプレイするものでも特別うまくはなかった。

 そもそもうまくないこともあり、スコアが伸びるはずもなかった。それを言い訳にやったことはあったがクリアできた曲の方が少なかった。

 楓はせっかく見つかったゲームにも関わらず、えー、と文句を垂れそうになるのを必死で我慢していた。

「それ、どうやるの?」

「やったことないの?」

「うん」

 とりあえず、スマホは持っているようなので、早速ダウンロードしてもらった。

「やってれば説明が出ると思うけど、ちょっとやって見せるね」

 音ゲーをプレイすることによって初めて期待の眼差しを向けられると、楓はプレッシャーを感じ向日葵から身を引いた。

 やって見せるねとは言ったものの、これまでの楓のプレイは、とても人様に見せられるようなものではなかった。

 超難度を華麗にフルコンボすることなどできない。下から二つの難しさをクリアできればいい方だった。フルコンボなど夢のまた夢だった。

 あくまで、ダウンロードまでの暇つぶしとして実演する軽い気持ちだったのだ。にも関わらず、熱い視線を向けられ、楓は恥ずかしいところは見せられないと思った。

 ため息を飲み込み、アプリを開く。

 ぽちぽち進めると、楓はまず、クリア履歴に圧巻させられた。

 楓なら何が起きているのかわからずに終わっていた難易度でクリアやフルコンボをとっている証がついていたのだ。

 これは、履歴通りの結果が出せなくて、どうあがいても赤っ恥かなと思った楓だったが、相手は何も知らないど素人の向日葵。画面に何が書いてあるかなどわかりっこないと気づいた。

 堂々としていれば大丈夫だろうと、曲を選ぶ。

 しかし、心理的抵抗か、楓はカッコつけてギリギリクリアできなかった難易度の曲を選んでいた。

 やってしまったと思った頃には遅く、曲が流れ始めていた。今から曲を選び直すのは何も知らなくても不自然だ。

 不安に包まれた楓だったが、指の動きは体の方に染み付いているのか、指は自然と流れるように動きだした。

「おお」

 という感嘆が楓から漏れたのか、向日葵から漏れたのか定かではなかった。

 しばらく、ゲーム音とタップ音が部屋中を響いていた。

 楓の体感では曲はあっという間に終わった。一応知っている曲ということもありテンポに乗って楽しく遊ぶことができた。

 結局、楓は一度もミスすることなく実演を終えることができただった。

 今の達成感から、下手なせいで全く音ゲーの面白さを理解できていなかった楓だったが、初めて音ゲーにハマる理由を理解した。

 これからも続けようかと真剣に検討を始めたほどだ。

「と、まあ、こんなようにタイミングに合わせて画面をタップするゲームだよ」

 フルコンボが出せたことで自分に酔いしれていた楓は、自分が画面を見せつけ、中二病のようなポーズをしていることを自覚していなかった。

「なるほど」

 と言いながら、向日葵はいつの間にチュートリアルを終えたのか、選べる中で一番難しい曲の一番難しい難易度を選んでいた。

「あ、最初は簡単なのから遊んだ方が」

「大丈夫大丈夫」

 楓はこれまでに最初から難しい曲をやろうとして挫折していたことを思い出し、止めようとしたが、向日葵は一向に聞かなかった。

 曲が始まる前から楓は気が気ではなかった。ミスが募り、クリアできないという気持ちが勝るとせっかくのやる気が萎えてしまうからだ。

 そんな楓の心配も結果から見ると杞憂に終わった。

 向日葵は初見にしてオールパーフェクトを出した。

 どうやら向日葵の完璧人間ぶりはゲームでも変わらないらしい。

「えへへ、すごいでしょー」

「ひえー」

 楓は絶叫していた。オールパーフェクトなんて現実でできたのかと開いた口がふさがらなくなっていた。

 向日葵は自分が何をしたのか理解していなかったが、良さげな結果を出したことを褒めろとばかりに頭を突き出していた。楓は応えるようにゆっくり向日葵の頭を撫でた。

 楓の手には向日葵のサラサラした髪の感覚が返ってきていた。

 撫でるたびより近づけてくる向日葵に、撫で心地が癖になってきていた楓は嫌な顔一つせず手を動かした。

「いいねぇ。好きな子に撫でられるのゾクゾクする」

 おぉおぉと変な声を出す向日葵に戸惑いながら、楓は母がペットと評したことに納得しつつ、向日葵が満足するまで撫で続けた。

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