第十二話:抜き足、差し足、千鳥足!


 「あー、気持ち良かった! もうちょっと大きいお風呂だったら一緒に入れるのにね」

 「くおん……」

 

 もともと下のお兄ちゃんの家で飼われていたアッシュだけど、そこの庭にお風呂があったんだよね。

 だからアッシュはお風呂好きなんだけど、流石にあの規模のお風呂は用意できなかったので今は毛を泡立ててお湯をかけて終わりと、なんとも寂しい状態なの。


 ま、それはそれとしてこれで今日も一日終わり。

 マウリ君にフェンリアー親子を森に放すことを告げ、一緒に行くことになった。

 何度か会いに来て遊んでいたから寂しそうだったけどこればかりは仕方ない。


 「それじゃおやすみ、アッシュ、ゴウ君!」

 「……くおん!」

 「ゴルゴル」


 そろそろサージュも帰ってくるはずだし、明日も頑張らないとね――



 ◆ ◇ ◆


 ――深夜


 「……くおん」

 「ゴル……」


 アイナがぐっすりと寝静まったころ、アッシュが大きな体をむくりと起こして立ち上がる。次いでゴウも頭と手足を甲羅から出していた。


 「くお」

 「ゴル」


 お互い顔を見合わせて部屋から出て行こうとする。


 「……ううーん……ハチミツばかりダメだよアッシュ……」

 「くお!? ……くおーん……」


 寝言かとアッシュはホッと息を吐き、アイナに布団をかけなおすとゴウを抱えて部屋を後にする。


 タンジの部屋からも大きないびきが聞こえてきてよく眠っていることが分かり、アッシュはすり足で家から出るとそのまま観覧施設へと足を運んだ。

 居住区域と施設は別の建物だが内部通路で繋がっているためアッシュでも簡単に魔物たちが居る場所へ行けるのである。


 受付の鍵束を手にしたアッシュはそのまま各魔物たちの部屋の鍵を開けて解放していく――


 「くおん、くおん」

 「ゴルゴル」

 「ウホッ!」

 「グルルル……」


 ――戦闘力の高い魔物を優先して外に出してなにやら会話をした後、アッシュは広場にどかりと座って腕を組む。

 それとは別にアイアンコングやレッドエルクといった魔物は施設内を徘徊しだす。


 アイナ達への下剋上……というわけではなく、彼らは施設で厳戒態勢を敷いているのだ


 何故か?


 三人の冒険者が施設内の魔物、及びアイナの誘拐を目論んでいることを聞いていたキングビートルがアッシュに相談。

 それを聞いた彼はアイナが誘拐されないようになにかあればすぐに飛び掛かれるようにしていた。


 「……」


 第一の狙いがフェンリアーの子やスノウラビットといった小さい魔物の誘拐、そして次にアイナ。

 部屋で寝ているアイナには隠密性の高い魔物を派遣しており、なにかあればすぐにアッシュへ報告が行くようになっているのでこうやって離れられている。


 人間と一緒にずっと暮らしていたのでアッシュの知能はかなり高い。

 やろうと思えば檻から全員解き放って逃げることは可能だが、みなアイナが好きなのでそんなことは誰もしないのだった。


 そしてアッシュが座り込んで1時間ほど経過したその時――


 「――し、入れたな。後は鍵を見つけて持って行くぞ」

 「親狼はどうする?」

 「罠にかかってねえから攫うのは難しくねえだろ? 俺が引き付けている間にかっさらえ」

 

 ――三人組の冒険者が施設の奥の死角になる場所から塀を乗り越えて入って来た。


 少し前に怪しげなカップルが訪問したことがあったが、あれは三人組に雇われて内部の調査をしてもらっており、手薄で侵入しやすいところを確認していたのである。

 そして外側に盛り土がいい感じに足場になる場所があった、というわけだ。


 魔物を入れる籠を背に、ゆっくりと中央へやってくる。


 「昼間とは打って変わって静かなもんだ」

 「鍵開けは任せな、この【手芸】スキルを持つ俺が片っ端から開けてやるぜ」

 

 そういってボブが指を鳴らす。

 親狼が居るフェンリアーは手こずるであろうと判断した彼らはまず別の魔物に狙いをつける。

 前回の観覧で概ね当たりをつけているので素早く移動する三人。


 「……っと、流石に魔物を入れている檻だな、二重錠か」

 「いけるか? 鍵を盗ってくるか?」

 

 そうターメリックが言ったその時、肩を叩かれる。


 「落ち着けよ、エドフもう少しだって」

 「ん? 俺はなにもしていないぞ? というかターメリック、なんだ?」

 「なんだ?」

 「肩を叩いているのはお前だろ? ほら……ってずいぶんごつい手だな?」

 「なにを――」

 「くおん」

 「え?」


 アッシュが一声出したその時、三人が振り返る。

 瞬間、アッシュの背後の暗闇に魔物の証である赤い目がずらりと並んでいた。


 「あ……あああ!? ま、魔物!?」

 「なんで外に出ているんだこいつら!? 夜は寝ているんじゃないのか!?」

 「いや、そこも調査をしてもらったぞ……!」


 戦慄する冒険者達がアッシュの手から逃れて離れて周囲を見渡すと彼らはすでに完全に囲まれていた。

 怪しい人間が施設の周辺に居たことは魔物達も把握しており、その時は大人しくしてたためアッシュ達の存在には気づけなかったのだ。


 「くおんくおん」

 「ゴルゥウ」

 「ブルベェェ」


 アイナ達を起こさないように小さな声で抗議の声を上げるアッシュ達。

 もちろん通じるはずはないのだが、それを見て冒険者達は少し冷静になって口を開き剣を抜く。


 「……よく見ればお嬢ちゃんの熊じゃねえか。他の魔物も声が小さいな? 飼われているなら大したことなさそうだな?」

 「下手に刺激するな。こうなったらお嬢ちゃんとフェンリアーに狙いを決めるぞ」

 「散開すればいいか。……いくぞ!」


 「くおん……!」


 冒険者達に合わせてアッシュ達も行動を開始する。

 

 

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