第5話 独立1周年

●5.独立1周年

 横田基地の本部棟には日章金星旗が翻っていた。

「本日ここに上日本国独立1周年を迎えることができたのは、日本国の支援者及び新たに上日本国人になられた方々の努力の賜物と確信しております。ありがとうございました」

織部首相は1周年式典の締めくくりの言葉を述べると、横田基地の式典会場に拍手が響き渡っていた。


 横田基地の本部棟の会議室には、式典を終えて一息入れている織部、平原、宙軍開発部の白石がいた。

「閣僚も決まったし、私が国籍を認めた宙軍200人、総人口650人とは言え、国としての形が整ってきた」

織部は軽く微笑んでいた。

「軌道上の上日本国には、今何人いるんですか」

平原は窓の外の空を仰いでいた。

「2人常駐している。だから横田基地や大使館に、ほとんどの人がいることになるな」

「もっと大きなステーションを作った方が良いのではないですか」

「そこなんだが、例のエイリアン船を動かして他の惑星に移民なんかできたら面白いのだが」

「首相、それは無理ですよ。あそこで作動するものは電重力板パネルの欠片ぐらいですから」

「それじゃ、そのぉ、ワープチューブに我々の宇宙船を入れて、他の星系を探査する必要があるな」

「同感です。宙軍の方で探査船の打ち上げ準備をしているとか聞いたのですが」

平原は織部の顔を見るが、織部は宙軍開発部の白石准尉の顔を見ていた。

「平原少尉、半年後には打ち上げられます」

白石准尉が即座に応えていた。

「意外に早いですね」

「もちろん、探査隊長は平原少尉…その時はたぶん中尉になっているはずだが、そのために軍事訓練もしてもらっている」

織部は平原の肩を軽く叩いていた。

「薬屋のチーフ止まりだと思ってましたが、上日本宙軍は人数が少ない分、出世が早くてやりがいがあります」

平原は思っても見なかった人生展開に、まんざらでもなかった。

「それと、白石准尉、まだ言いたいことがあるんだよな」

織部は本部棟の駐車場の方を窓越しに見ていた。

「はい。電重力物質を分析模倣して作ってみました。まだ弱いのですが、重力を発生させられ、その電重力板装着の試作車を作りました」

「試作車ですか」

平原は織部が見ている駐車場の方を見る。

「あそこに駐車している白い軽トラがそれです」

白石はそう言うと、窓を開けて軽トラに手を振っていた。すると軽トラは少し浮き上がった。タイヤは地面から僅かに浮いているように見えた。

「15センチ程、浮いています。重力板の角度をずらして前に進むこともできます」

「エンジンなしで動けるのですか」

平原は目を丸くしていた。

「平原少尉、後でちょっと乗って見ますか」

「それはもうぜひとも。遂にSF映画に出てくる未来の車ができたわけか」

平原は感慨深げになっていた。


 電重力板を装着した軽トラはエンジンで自走し大井埠頭の突端まで来ていた。

「いよいよ、ここからです」

白石は電重力板を作動させ足元のレバーを中程まで引いた。軽トラは少し浮いたようだったが、乗車しているとそれほど浮いている感覚はなかった。

「行きます」

軽トラは埠頭の突端から海へと進む。

「おっ、落ちるのか」

平原が思わず声を出すが、軽トラは埠頭の突端から少し落ちたものの、海面スレスレの所で浮いていた。

「浮上時の前進スピードは、時速10キロから15キロといったところです」

白石はハンドルを回すと軽トラもゆっくりと弧を描いて進んでいた。

「白石准尉、バッテリーはどのくらい持つのだ」

「走り方にもよりますが、フル充電で航続距離は20キロぐらいです」

「実用にはもう少し時間がかかりそうですね」

「はい。それではもう一回大きく回ってから埠頭に戻ります」

「准尉、あそこにいる黒いミニバン、なんか気になるな。青梅街道から環七に曲がった時にもいた気がするけど」

「自分もそれを言おうと思ってました。なんの変哲もない軽トラなのに、ここで何をするかわかっていたような感じで監視しているような…」

白石は軽トラを埠頭の上に載せ、電重力板をオフにした。

「おい、奴ら、車の中から銃を構えている」

平原がいち早く発見していた。人気のない埠頭に銃声がすると、軽トラのバックミラーが割れた。

 白石はエンジンをかけては急発進させた。黒いミニバンも走り出した。

「なんだあいつら、俺らを殺してこの車を奪おうというのか」

「少尉、間違いありません。電重力板が欲しいのでしょう」

白石は、エンジンをうならせて、埠頭の出口に向かおうとするが、別の黒いミニバンが塞いでいた。

「准尉、海にダイブだ」

「はい」

白石はさらにスピードを上げ、電重力板をオンにして埠頭の突端から軽トラをダイブさせた。

 荒々しい着水にタイヤが海水にぶつかり、しぶきを上げていたが、沈まず海面スレスレに浮いていた。

「どうします。少尉」

「帰りは多摩川の上を浮上して行こう」

平原は羽田空港の先を指さしていた。

「しかしバッテリーが」

「わかった。なんとかしよう」

平原はそう言ったものの、あては何もなかった。


 羽田空港と城南島の間の水路を抜ける頃には、黒いミニバンの姿は、どこにも見当たらなくなった。

「その先から多摩川に入ろう」

平原は大阪出身の白石に命じていた。軽トラは多摩川の水面上15センチ程に浮いて進んで行った。

 JR線の橋脚を過ぎると多摩川緑地の野球場が見えてきた。野球をやっている人達の一部が珍しいそうに眺めていた。その先のサッカー場では、中学生ぐらいの両チームが試合を止めて、川沿いに駆け寄り、軽トラを見ていた。

「これはまずいな。『軽トラ多摩川を行く なう』なんてSNSにアップされたら、ミニバンの奴らに居場所がわかってしまう」

平原はちょっと焦っていた。

「わかったとしても、多摩川に入って来れません」

「また狙撃されるかもしれない」

「とにかく急ぎます」

白石は軽トラのスピードを時速15キロにしていた。


 「救援隊は丸子橋に到着しました。平原少尉たちは今どこにいますか」

平原のスマホから宙軍救援隊の声がしていた。

「ガス橋のあたりです」

「わかりました。もう少しです。丸子橋からバッテリーパックをフロートに付けて落とします」

「助かったよ。これで拝島橋のあたりまで余裕で戻れるな」

「それなんですが平原少尉、中国のエージェントが登戸の多摩水道橋にいるとの情報が入っています。その前にどこかで陸に上がらないと行けません」

「そうなのか…」

平原は考えを巡らせていた。

「わかった。それじゃ、我々は二子玉川から支流の野川に入ってさらに途中から仙川に入って成城学園にあるホームセンターまで行く、そこでクレーンか何かで軽トラを引き上げてくれ」

「はっはい。少尉は詳しいですね」

「あた坊よ、こっちとら江戸っ子だからな。これで行く先がわからなくなるからはずだ。それに軽トラはゆっくりだから時間は充分ある。クレーンが準備できるだろう」

「了解しました」


 両側をコンクリートで固められた仙川を進む軽トラ。川筋は住宅街の中にあり、外からはほとんど見えなかった。カーナビを見ると、ちょうどホームセンターの駐車場の橋の所まで来ていた。

 辺りはすっかり暗くなり、ホームセンターには灯りがついていた。

「あれ、救援隊はいないのか」

平原は橋を見上げていた。

「何かあったんでしょうか」

白石が言っていると、クレーンの音がしてきた。クレーンのフックとそれにつかまった救援隊員が降りてきた。

 引き上げられた軽トラは、そのまま大型トラックの上に載せられた。平原たちが降りる間もなく。幌がかけられ、大型トラックは走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る