第4話 セキュリティー

●4.セキュリティ

 平原と長谷川は麻布にある上日本国大使館にいた。

「私と長谷川は上日本国人になるのですか」

平原は無重力での筋肉の衰えからすっかり回復していた。

「戸籍上はそうなりますが、日本で普通に暮らせます」

「それじゃ大使館住まいじゃなくても良いですか」

「そんなところです。それよりも駐日上日本国大使館のサーバーにサイバー攻撃を仕掛けてくる輩が多くて困っているのです」

「中国かロシアあたりのハッカーでしょう」

「私もそう思う。そこでセキュリティ部門のホワイトハッカーを募集することになった」

「ホワイトハッカーということは攻撃が最大の防御ということですね」

「うん。そこで暫定いや、平原チーフに面接官を頼みたいのだが、良いかな」

「面接官と言われても、専門知識も乏しいし無理ですよ」

「君との相性を見てもらうだけで良い。候補者たちは皆、選りすぐりだから」

「わかりました」


 デスクトップPCのカメラの位置を調整している長谷川。地球に戻ってからは、だんだん上日本国のことを乗り気になってきていた。

「このグリーンバックでごまかすよりも、本物の本棚を置いた方が、インテリっぽく見えないかしら」

「リモート面接の背景なんて、気にした方が良いのかな」

平原は久しぶりにネクタイを締めていた。Yシャツの下は短パンであった。

「もちろんよ。それっぽくないと、信用されないから」

「わかった。奥の部屋にある本棚をこっちに持って来るか」

平原は奥の部屋に向かった。


 リモート面接が始まっていた。平原の隣に座っている長谷川はウェブカメラのフレーム枠からは外れていた。

「ウクライナの暗号資産取引所で商売敵の取引所にハッキングしたことがありまして、御社のホワイトハッカーとしてお役に立てると思います」

面接女性は緊張しながら言っていた。

「あなた程の美人の方が、ハッキング技術をお持ちとは驚きました」

平原が言っていると、長谷川はニヤリとしていた。

「美人だなんてお褒め頂きありがとうございます。とにかく職を失ってしまったので、ぜひとも、よろしくお願いいたします」

「わかりました。今回の募集では、多数応募していただいているので、検討の上、合否をご連絡いたします」

平原はこの女性に決めたいところだったが、長谷川はあまり乗り気ではないようだった。


 次の面接者はいかにもオタクのハッカーといった雰囲気の男性であった。 

「数年前のことですが、ロシア、アメリカ、中国の取引所にハッキングをかけて、ちょっと荒稼ぎしたことがあります。その後、考え方を改め、履歴書にあるポータルサイトのセキュリティ部門に就職し、現在に至っています」

「上日本国を選んだ理由は何でしょうか。履歴書には将来性とありますが、ちょっと曖昧なので、具体的にお願いします」

「…えぇ、これから大きいなりそうなので、それに新しい国なので束縛されない自由さがあるようなので」

「それなりの法律があるので、自由とは言い切れないかも知れませんけど、大丈夫ですか」

「は、はい」

男性は小さい声で応えていた。

「面接は以上です。合否は改めてご連絡いしたます」

平原は回線をオフにした。

 「なんか今の人、暗いそうだし、気に入らないことがあると裏切りそうね」

「彼は不採用だな。それで次は…、11才、子供じゃないか。働かせて児童虐待にならないか」

「あ、その子ね。親の同意を得ているらしいけど」

長谷川はすっかり暫定首相の秘書官と言った雰囲気になっていた。


 「私は8才からハッキングを含めたネットセキュリティーに関心がありまして、10才まで知り合いのドイツの取引所でセキュリティに携わってきました。11才で父の転勤によって日本に戻ってきました」

「寺島君は、年齢のわりにしっかりとしていますね」

平原は微笑んでいた。

「ありがとうございます。しかしウェブ関連技術に年齢は関係ありません。私の技術力が必ず上日本国のお役に立てると思います。今回のホワイトハッカー採用を後悔させるようなことはまずないはずです」

寺島は子供の顔をしているが、話している内容は大人顔負けであった。

「わかりました。今回は応募多数のなので、合否は改めてご連絡いたします」

「ご検討の程、よろしくお願いいたします」

寺島は深々と頭を下げていた。

 「チーフ、寺島君、なんか良さそうね」 

「だぶん、裏切ることはしないだろうし、将来性もあるな」

「どんな大人になるか心配な面はあるけど」

「決まった。採用は寺島神太にするか」

平原は自分のノートパソコンの寺島の履歴書に、採用の電子印鑑を押していた。


 在日米軍の横田基地は在日上日本宙軍の横田基地になっていた。基地の本部棟の地下にはコンピュータールームがあり、寺島はそこに配属となっていた。

 寺島は、3つのモニターを目の前にして、キーボードを素早く打ち続けていた。 

「ここのロシアの暗号資産取引所にあるハッカー集団の口座にあった暗号資産900億円相当は我々のものです」

寺島は一呼吸ついていた。大仕事をやり遂げた感があった。

「寺島君は、天才じゃないか。これで我々のセキュリティー能力を知っただろう」

基地総司令官の織部の弟・正志は舌を巻いていた。 

 コンピュータールームの扉が開くと、タオルで汗をぬぐいながら平原が入ってきた。平原は総司令官を見るとすぐに敬礼をしていた。

「平原チーフ、いやここでは平原少尉だったな」

元自衛官の総司令官は敬礼が板についていた。

「総司令官、暫定首相の次は軍事訓練ですから、上日本国では一人何役もやらないと」

平原はかなり疲れていたが、充実感のようなものを感じていた。

「それもこれも正規の首相となった兄貴の考えだから、まっ一つ頑張ってくれたまえ」

「ところで、寺島君の方はどうだ」

「はい。平原少尉、バッチリです」

寺島は久しぶりに子供らしい笑顔を見せていた。

「これで上日本国のコンピューターシステムに面白半分に嫌がらせをしてこないだろう」

平原は筋肉痛の太ももを揉んでいた。

「次は本格的な妨害活動をしてくると思いますが、私の防御システムなら、そう簡単にはハッキングなどできません」

寺島は再び大人びた顔になっていた。

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