第2話 独立

●2.独立   (近況ノートに上日本国国旗をアップしています)

 「ある種の宗教と化している憲法九条の改正はまず不可能でしょう。日本がどこかの自治区なった頃に改正しても意味がありません」

モニター画面に映る元首相の織部は、真剣な眼差しであった。

「しかし国民投票はやれるのではないですか」

平原はリモートで説明を受けていた。

「現在の国際状況を考えたら、そんな悠長なことやってられないし、もし改正反対が多ければ振り出しに戻ります」

「それはわかりました。それで私は何をすれば良いのですか」

「憲法をそのままにして日本を守るには、上日本国の独立が鍵になります」

「上日本国…ですか」

「日本人としてのアイデンティティーを継承するために、男系の天皇陛下を元首とした立憲君主国家の独立という離れ業やるわけです」

「陛下のご意思はどうなのですか」

「今の所、我々が勝手に仰いでいるだけですが、オーストラリアとイギリスの関係に似た独立国です。外国にそそのかされた分離独立とは一線を画するために必要なのです。それに万一、伝統を廃した女系天皇が誕生してし

まった際の保険の役割もあるかもしれません」

「それでもどうやって日本が救えるのですか」

「日本国と上日本国が日上安保条約を結び、日本が攻められそうになったら日本を守ることにします。この際に憲法による縛りが上日本国にはないので、普通の国のように武器を行使することができます。憲法改正はしないので、野党も反日マスコミも文句の言いようがなくなるわけで、憲法九条教は神聖にして侵すべからずということになります」

「苦肉の策と言うわけですか」

「平原さんは、外国勢力による日本の二回目の占領を好みますか」

「今までの日本の価値観がガラリと変わるのはご免です」

「それでは、上日本国暫定首相として独立宣言をしてください。よろしく頼みます」

「あのぉ、織部さん、この独立は日本国だけが承認するのではないですか」

長谷川が小声で語りかけていた。

「いいえ、アメリカ、イギリスも承認することになっています」

「国連は認めるのでしょうか」

「中露は反対するでしょうが、日上米英同盟は独立と同時に締結されます」

「国連の全会一致でない点には不安がありますけど」

「長谷川さんは個人的に異議があるかもしれませんが、タカギ薬品の人間である限り、社命で従うことになります」

「それはわかってます」

長谷川は黙った。

「平原さん、後はそこにあるプロンプター原稿を見て独立宣言をするだけです」

織部は平原に呼びかけていた。

「あぁ、これですか」

平原はプロンプター原稿に目を通していた。

「えっ、あのぉ、憲法九条や日上安保条約などについては触れてないのですか」

「はい。入り口はソフトなものにしたいですから」


 予定時刻になると、地上のオペレーターが軌道上のラボ=防衛ステーションにあるカメラを遠隔操作し始めた。平原の顔をいろいろな角度が捉えていた。平原はプロンプターを見つつも、左右に語りかけるように視線を送っていた。

「…ですから洒落によるジョーク的な観光立国独立とでも言いましょうか。それほど深い意味はありません。おいおい独立の主旨を増やしていきたいと思いますが、今の所、販売用の無重力金魚の孵化やスペースデブリなどの掃除になります」

拍子抜けするようなラフな口調とラフな内容を述べる平原。長谷川は、黙って平原の様子を見守っていた。

 平原はチューブのミネラルウォーターを飲み干すと、正面のカメラに視線を合わせた。

「というわけで、ここに私、平原忠義は上日本国暫定首相として、独立を宣言します」

言い終えると平原は上日本国の国旗を広げていた。左上には小さな日章旗があり紺地に金星がほぼ真ん中に記されている旗であった。一見するとオーストラリアの旗のようだが、ユニオンジャックの所が日の丸になり金星が一つ記されていた。

 この独立宣言は、主だった動画サイトにライブ配信され、テレビでも放映されていた。一般の日本国民やマスコミの関心が薄く、世界情勢が厳しい時期に、おふざけの独立程度としか見ていなかった。米英のユーチューバーからは多数の『いいね』が付けられていた。一方で、中国、ロシアの国防筋は、真の意味をつかんでいるので、あたふたしていた。


 原宿の上日本国のアンテナショップでは独立前から無重力孵化金魚が置かれていたが、独立後は若干売れるようになった。またタカギ薬品のコスメは、信頼と実績がありそこそこ売れていたが、上日本国独立後は上日本国ブランドの、スペースコスメとして売ることになっていた。名称が変わるだけで成分に変化がないので、ユーザーは減りも増えもしていなかった。


 「我々はいつ地上に戻れるのですか」

平原はモニター越しに織部に語りかけていた。

「日上米英同盟軍事演習が終われば、戻れます」

「でも、それは地上から遠隔操作でもできるんじゃないですか」

「確かにそうですが、一応、君たちには居てもらわないと形にならないものでして」

「わかりました」

平原は交信をオフにした。

 「チーフ、あたしたち、良いように利用されてない」

「そうとも言えるが、俺はだんだん織部さんたちが考えていることが理解できてきた。これが日本を救える最良の手段かもしれない」

「チーフ、感化されたの」

「君のおやじさんは社共党の幹部だったっけ」

「えぇ、まあそうだけど、政治的には影響されてないわ」

「だといいが…」

平原は目を細めていた。


 日上米英同盟軍事演習の当日、上日本国ステーションのバッテリーは充電が完了していた。平原と長谷川は特に何もすることがなく、遠隔操作の様子を見守っていた。

「アメリカ本土から93発、イギリスから15発、グァムから6発、アラスカから6発の合計120発のミサイルがハワイ沖に向かっているけど、全部撃ち落とせるのかしら」

長谷川は不安そうにしていた。上日本国ステーション内には、微かな機械音がしていた。

「君が言っている間に全部撃ち落としたようだぞ」

「えぇっ、一瞬じゃないの」

「確かにそうだ。もう一度、この軌道上から映像を再生するよ」

平原は、静かに再生ボタンを押した。モニター画面には、ステーションのレーザー光が明滅する度に大気圏上層部で火花が散っているような映像が流れていた。

「ここにいると、音がしないから、ゲームの一シーンのようね」


 「平原暫定首相、迎撃成功です。米英軍、自衛隊関係者たちは、目を丸くしてましたよ」

織部は嬉しそうな声を出していた。

「これで上日本国ステーション独立の存在意義が示されたわけですか」

平原は、暫定首相と呼ばれることに若干の違和感を感じていた。

「そうです。特に中継映像は流していませんが、中露の軍関係者たちもこの一瞬劇は目撃しているはずです。上日本国ステーションがある限り日本はやたらに攻め込まれないし、核によって恫喝されることはなくなるでしょう」

「だと良いのですが、他国も同じようなステーションを持てば、また同じことになりませんか」

「しばらくは、大丈夫でしょう」


 この軍事演習の結果は日本のマスコミも報じ、野党も知るところになったが、日本とは別の国の軍事施設のことなので、デモをやることも国会で議論することもできなかった。ただ日上安保条約の破棄を巡っては年寄り世代が息巻いていた。またソフトな顔を持っての独立後の急展開な軍事同盟演習には、ある種の騙しであって手の平返しだと、反日系のメディアは騒いでいたが、後の祭りであった。

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