うちは困っとるんよ

oxygendes

第1話 ベッドの中で

 一日が終わってベッドに入り、ぼーんやりと眠りが訪れるんを待つんはうちにとって幸せなひと時じゃった。じゃけど、それはまったく変わってしもおた。目をつむったとたんその日の出来事が頭ん中に思い浮かんで、胸ん中が熱うなるんじゃ。みーんなあいつが原因じゃ。


 あいつは同じ「お好み」の店で働いとるバイト仲間じゃ。学年はうちと同じじゃけど、そのお店で働き始めたんはうちの方が先じゃったんで、バイトでは後輩じゃ。

 あいつは「お好み」の店で働くんは初めてじゃったんで、うちが指導役になってへらの返し方から鉄板の温度のかげんまで、「お好み」を焼く実習のてごをしたんよ。「まぜ焼き」しか作ったことがなかったちゅうあいつの指導はシフト時間内にはとても終わらんかった。しょーがないんで、バイト代無しで居残りして、てごしてあげた。数日、指導したったらあいつは鉄板で「お好み」がちゃんと焼けるところまで上達したんよ。


 それは仕事でやったことじゃけえ、別にお礼とかなんもいらんかったんよ。じゃけど、あいつはお礼がしたいとゆうた。今考えたらそん時に、何かてごしてほしいことが出てきたらゆうけぇと答えたんがいけんかったんじゃ。


 うちとあいつのシフト時間は少おしずれとるんじゃけど、あいつは出勤時と退勤前にわざわざうちのいるところまでやってきて、うちと周りの人にあいさつをし、二言三言、話をしていくんよ。皆で行うキャベツの仕込みの時には、気がつくとうちの近くの場所、すぐ隣ではなく二三人置いたところぉに陣取ってキャベツを刻んどるんじゃ。きっと、うちがなんか頼むんを待っとるんじゃろう。

 じゃけど、あいつになんか頼もおとゆうつもりはちーとも無いけぇね。必要もないのにそばに寄って来られたり、近くでうろうろしとられてもうっとおしいだけじゃ。あいつはイケメンかもしれんけど、人の顔をぼーっと眺めとったら仕事にならんけぇね。


 うちが何も頼まんかったら、あいつの行動はエスカレートしたんよ。うちが頼んどらんのに勝手にてごしてくるんじゃ。

 例えば、厨房の上の棚から千切りキャベツが入った特大のほぼろを下そうとした時じゃった。うちはそんに背が高い方じゃあないけぇ、踏み台に乗って手を伸ばし、籠の縁に手がたいかけたところで、あいつがどこからとものぉ現れて、後ろから籠の縁を掴んでひょいと持ち上げて作業台に運んでしもおた。うちが両手で抱えようとしていたものを片手でひょいじゃ。ちょいと背伸びぃするだけで踏み台も使わんかった。

 そんな風にうちが力仕事がらみでがんばろおとしとるとあいつがいついき現れて、仕事ぉ横取りしてしもうんじゃ。びっくりしたうちが口を開く前に、あいつはにこっとわろおて持ち場に帰ってしもうんよ。速やかすぎる行動に、自分の仕事ぉちゃんとしょーるんかねってゆうてやりたい気持ちじゃ。

 

 そして、どおしても我慢できんのは、付きおうてもおらんのに、毎晩、うちの夢ん中に侵入してくることじゃ。なんて図々しいんじゃろう。


 夢ん中のあいつは仕事中とはちごおて、妙になれなれしい態度を取るんよ。お店ではうちのことをきちんと名字に「さん」を付けて呼ぶのに、夢ん中では名前で呼び捨てじゃ。しょおがないのでうちもあいつを呼び捨てにしてやるんじゃ。

 夢ん中では場面はいっつも厨房の中じゃ。皆が忙しゅう仕事をしとるのに、あいつは「一緒にカープの応援に行こうやぁ」とか「面白い映画があるんじゃ」とかゆうて、うちを遊びに連れ出そうとするんじゃ。周りの人に申し訳のぉ思う気持ちで躊躇しとると、あいつはうちの手を握って強引に厨房から連れ出してしまうんじゃ。厨房から出てどおなったかは、夢が途切れてしもおたんでよーわからん。

 それにしても、仕事仲間を置きざりにして二人で遊びに行ってしもうとは、うちはなんてのーくれな人間なんじゃろう。目が覚めた後、しばらくは恥ずかしさでいっぱいになるんよ。


 実害も出とるんじゃ。夢ん中でのあいつ、なれなれしゅうてうちの心の内側までずかずかと侵入してくるずうずうしい態度と、お店でのあいつ、こまめに声をかけたりはしてくるけど礼儀正しゅうて一線を越えて踏み込んでくるこたぁない態度のギャップが大きすぎて、あいつへの対処で混乱してしもうんよ。

 今日も、あいつがうちの近くに来て「おはよう」と声をかけて来た時に、思わず「おはよう」の後ろにあいつの名前をつけて返事してしもおたんじゃ。周りのみんなに変な目で見られて、えろお、ふうの悪いことになってしもおた。


 そんなこんなで今もベッドの中でもんもんとしとるところじゃ。いったい、どおしたら……。

 そおじゃ、頭ん中で閃くもんがあった。夢ん中のことについては、うちの夢なんじゃけぇ、夢ん中でしっかり文句をゆうてやったらええんじゃ。仕事中に遊びに行ったらいけん、遊びに行くならちゃんと約束して休みの日にとか……。数日で「お好み」の焼き方をマスターしたあいつじゃ。実はできる子なんじゃ。きっとわかってくれるじゃろう。

 夢ん中で練習したら、お店でもあいつにちゃんと話ができるようなるじゃろう。あいつに話をせんといけんことがあるような気がするけぇ。なんかとっても大切なことが……。いけん、安心したら急に眠うなってきた。たちまちは夢ん中で、あいつに……、ちゃんと、……ZZZ。


                   終わり

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