6-5.理事長との会話と闖入者

 隊員たちとの訓練に協力してからしばらくして、精神的にも肉体的にも疲れてぐったりしている彼らと別れて、遊び疲れてすやすやと眠るマーナを抱いたわたしはイミティとともに理事長よって執務室へと案内された。

 そして周囲に声が漏れないようにしてくれとお願いされたので、魔法で執務室のなかの様子がわからないようにする。ただし外からの声や音は聞こえるようにしているから誰かが近づいても問題はなし。

 魔法を使ったことを告げると座るように促されたのでわたしはソファーに座り、抱き上げていたマーナを膝のうえに乗せかえて向かいのソファーに座り、イミティが隣に座る。すると理事長がいぶかしげ気な表情で訊ねてきた。


「それで、これは……どういうことですか?」

「どうって?」「どういうことですか?」


 理事長の言葉にわたしは首をかしげる。

 同じような仕草で隣に座るも同じように首をかしげる。

 ただしイミティはこの状況を楽しんでいるといった感じに見えた。


「ですからそれです。イミティさんは只野さんが魔法で変身している架空の人物のはずですよね? それなのに、何故そこに居るのですか? 幻影魔法でも使ったのですか?」

「ふふふっ、幻影だと思いますか?」

「……待ってください」


 ちょっと気づいてくれるかと思いながら理事長に尋ねてみると、ジッとわたしとイミティを見つめる。

 たぶんだけど、≪鑑定≫を使っているんだと思う。だけど、ちょっとやそっとの≪鑑定≫じゃ結果は分からないのにね。

 じじつ、結果が分からなかったようで理事長は首を横に振る。


「鑑定結果は、わかりません。ですが、幻影ではありませんよね? 今だってイミティさんが座ってるソファーが沈んでいますし……。その、触っても良いですか?」

「良いですよ。ドコを触ります? ふふふ、ヒジリさまなら触りホーダイですよ?」

「何ですか、その男性が聞いたら挑発と感じつつも試されてると感じられるような台詞と仕草は……。とりあえず、触ると言っても腕を触らせてもらいますが……」

「ちぇー」


 理事長の言葉にイミティは余裕があるようにクスリと笑い、胸元を強調するように腕を組みながら体を前に傾ける。

 ……ちょっと性格の修正が必要かも?

 そんなことを思いながら、理事長の言葉に口をとがらせながら腕組みをやめて手を差し出したイミティの腕を触る理事長を見ていると、すこしして彼女が何であるかを理解したようで驚いた表情をしている。


「え、これって……人形、ですか? しかも、只野さんが創ったと考えるならオネットさんに近い存在ですよね?」

「うん、ちょうどいいのを息抜きのときに見つけたから、試してみたくて創ってみた。けど、わたしが居るときにイミティが居るようにしたら……まわりをごまかすときに便利かもって思いはじめてる」

「マスターシミィン、それは酷いではないですか? ワタクシは単なるオモチャですか、ワタクシのことは遊びだったのですか? ひどいっ、およよよよよ」

「オモチャじゃないと思うけど、あそびだったとかいう感じにはなってないと思う」


 おどろく理事長にわたしが説明をすると、自分の説明がざつだったからか彼女は両手を胸元で組みながらうるうると見てくるけど、すぐにわざとらしく両手で顔をおおった。

 そんなイミティの反応にまた理事長がおどろいた。


「あの、只野さんが演じていたイミティさんと若干違うように見えるのですが……、いったい彼女はどのように創られたのですか? それに、真緒さんとオネットさんは知っているのですか?」

「……ふたりにはまだ言っていない。それと彼女はモルファルの家のちかくの森でほとんど自我がなくなってた霊体をたましいとして、わたしが演じていたイミティとしての設定を刻んだ石を頭脳にいれてるからたましいの影響が出てるんだと思う」


 りりすに聖魔法を使えるようにとシクハックしているさい、気分転換として暇そうにしていたマーナを連れてモルファルの家のちかく……師匠とはじめて会った森まで転移をして息抜きに散歩をしていたけど、森の近くにある共同墓地のいっかくで自我がなくなってあと少しで消え去りそうな霊体を見つけた。

 本当はむししていいかもだけど、何だか放っておくべきじゃないと感じて持っていた透明石を使ってゲットした。

 そして、どういうわけかそれを使ってイミティそっくりの人形を創って、それの核として使用しようと考えた。

 だけど、消えかけていた霊体を入れただけだったら何の反応もしないと理解していたから、わたしは核となるその霊体入りの石のほかに……イミティだったらどう考えてどう動くかといった感じの思考パターンをきざんだ『思考石:疑似イミティ』というアイテムをあたらしく製作することをきめた。


 工房に戻ると、何かに導かれるようにオネットを作成したときの技術を基にしてそれを発展して、イミティそっくりの人形を創った。

 空っぽとなっている器へと心臓部に霊体が込められた石を取りつけ、頭部には自分が思い描いているイミティとしての立ち振る舞いや考えかたといったものを刻み込んだ思考石を取りつけ、イミティ人形は完成した。

 しばらくは工房においてある椅子に座らせていたイミティ人形だったけど……石のなかに休眠していた霊体が、思考石によってイミティとしての思考や立ち振る舞いを学び、現状の自身のからだに馴染んできたみたいである程度の反応を見せるようになってくれていた。

 それから工房内での一か月の時間で、わたしやマーナを相手に話したりしていたイミティ人形はほんとうにイミティであるという風になってくれた。……けど元もと、だれか分からない霊体が持っていた性格なのか、相手をみょうにからかうような発言を言うようにもなった。ただし、気を悪くするようなからかいなどはしていない

 どこか大人の余裕っぽいものを感じさせるっぽいからかい……、たぶん『おねーさんにまかせなさい』って感じのからかいが正しいかも。


 ……あの霊体ってどこの誰だったのか気にならなくはないけど、害があるわけじゃないから放っておくことにした。

 でも、モルファルの家のちかくだから、案外……ご先祖さま、とか?

 だったら何代前のご先祖さまなんだろう? いちおうは家系図ってあるみたいなんだよね……。

 そんなことを考えながらイミティを見ると、彼女はやさしく微笑みかえしてきた。


「マスターシミィン、どうかしましたか? やっぱり、具合が悪いのですか? お胸揉みますか?」

「それは理事長にしてあげて、……ううん、そっちもいいや」

「そうですか。ところでマスターシミィン、ワタクシはこれからどうしたら良いでしょうか?」

「これから? どうしたら……あ」


 首をかしげながらイミティはわたしを見る。

 どうしたら? そんなの自分で帰ったら…………そういえば、考えなしにイミティを呼び出したけど、戻るときは自力で小屋の結界を超えて戻らないといけないんだった。

 しっぱい、しっぱい。


「……考えていなかったけど、どうしよう?」

「只野さん……、もしかしてノリと勢いでイミティさんを……?」

「…………そんなこと、ない」

「ちゃんと目を見て話してください。絶対にノリと勢いですよね?」


 ジーとうたがうように見つめてくる理事長に、わたしは何も言えずにしらを切ろうとがんばる。……むりそう。

 そんななか、バタバタとした足音が廊下から聞こえてきた。


「なんだかいやなよかんがする……」

「奇遇ですね……、私も同じようにします」

「あらあら」


 ときおり聞こえてくる叫び声に足音の主がただれであるかは理解した。

 とりあえず、この場は隠れるべきか……それとも無関係をよそおうか。

 そう思ったけど……アレの索敵範囲に入ってるだろうし、アレを追いかけて他二名も来てると思うから、出たら見つかる。

 ……ごまかすことに腹をくくろう。


「マスター? ……なるほど。そういう感じにしますね」

「うわ~ん、聖女~~~~っ! マナー教室はもういやだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 バンと扉を力強く開いて現われたアレは開口一番叫ぶ。しょうじきうるさい。

 そしてイミティとは思考はほぼ同一だから、考えていることを理解してくれたみたいだった。


「優木さん、もう少し静かに入室してくれませんか? 現在来客中なので、初対面の方でしたら問題になりますからね?」

「うわ、ごめんごめん! って、来客って言ってもイミティさんだk……――って、シ、シミィンちゃん!?」


 微笑みながらアレを叱る理事長にアレは軽く謝りつつ来客者を見た。

 けれど話し相手がイミティだと気づいて気にしていないようだったけど、わたしと目があった瞬間に大きな声をあげた。


「うわぁ! 珍しいね! 何でここにいるの!? それに何時ものギチギチ三つ編みじゃなくて、ふんわりしてるね!!」

「……どうも」


 にっこにこの笑顔でわたしを見ながら、見た目の感想を言ってくる。

 ついでにいうと、隙あらばわたしに近づこうとしているけど……理事長とイミティがガードしているので近づけないようだった。

 そんな状況をチラッと見つつも、気にしないようにしていると廊下から足音が聞こえてくる。……どうやらアレを確保しに来たようだった。


「四夜さん! 途中で逃げ出すなんて何を考えているんですか!? いい加減にして……って、只野さん?」

「四夜ずるい。あたしも逃げたいのに……只野シミィン?」

「追いつきました。せっかく獣から人未満になれる機会だというのに何を逃げるのですか。はあ、まったく…………ご主人様?」

「勇者ぁぁぁぁぁっ! キサマ、なに我を身代わりに――って、なにっ!? マスターがふた――もごっ!?」


 肩で息をしながら追いついたナイト会長がわたしを見つけると、なんでここにといった感じにキョトンとし、置いてかれたことにたいして恨めしそうにアレを見る半田先輩も同じように何でここにといった感じにきょとんとしていた。

 そんな彼女たちに遅れて自身の周囲に風を纏わせて少しだけ宙にういた状態での高速移動をしていたオネットが外のあつさに頬からたれた汗をハンカチで拭いつつ静かに室内に入ると……わたしとイミティの姿を見て目をぱちくりさせ、つづいて怒りに肩を震わせながら真緒が入ってきて、わたしたちを見て驚いた声を上げるけれど――現在の事情を察しきれなくてもアレらにわたしが力を持ってることを知られたくないと理解しているオネットによって口を塞がれていた。

 とっさの判断で行動してくれたオネットに感謝しつつ、チラッとイミティを見ると頷く。


「はいはい、皆さん慌てず落ち着いてください。彼女が怖がってしまうじゃないですか」


 パンパンと手を軽く叩きつつイミティが周囲を見渡すと全員がイミティへと視線を向ける。

 そんな彼女はしゅういの視線を気にせず、立ち上がりわたしの後ろに移動すると視線がこっちに向く。

 さっきまではイミティへの視線だったけれど、今度はわたしに視線が向いた。


「えっと、イミティさん。なんでシミィンちゃんがここに……?」

「そうですわ。何故只野さんがいるのですか? エーションさん、ご説明をお願いしますわ」


 何故ここにわたしがいるのかが気になっているアレとナイト会長がイミティへと質問する。そのいっぽうで半田先輩と真緒は給仕を行いはじめたオネットから冷たいお茶を貰っていた。……そっちは気にしないでおこう。

 そう思いながらイミティを見るように首を上に向ける。そうすることで「どうする?」って感じにみえるだろうから……イミティもそう考えて背後にまわったにちがいない。

 イミティの考えに感心していたけど、つぎの言葉にもう一度彼女を見上げることとなった。


「シミィンちゃんがここにいる理由……。それは彼女がわたしの遠い親戚だからです。

 久しぶりに会った彼女を見たときに、モンスターであるウルフをペットとしていたことからテイマーとしての才能があると感じたわたしは彼女を特訓して後日行うダンジョン探索に参加させようと思いまして今回の話しあいにつれてきました!」

「「な、なんだってーーっ!?」」


 ……いや、それ無理がない?

 イミティの見た目はわたしが成長したママそっくりな姿だから……見た目は似てるから親戚だって言っても問題ないかもだけど、明らかに無理があると思う。

 だって、テイマーの才能があったから鍛えたとか言っても簡単にできるものじゃないし、ほかの人たちにもちゃんと言い含めておかないとどこかで齟齬が生じると思う。

 やるからにはしっかりと足場を固めてからでないと、後々に面倒になるのに……。

 それを分かっているのかと思いつつイミティを見るとニコニコ微笑んでいた。

 どうにかなると思っている表情だと理解しながら周囲を見ると、彼女の説明に驚いた顔をしているアレら……。


「優木さんたちに言うと面倒になるから黙っていたのに……。私設部隊への通達、補給物資の準備、彼女たちの家族への説明……やることが多すぎるんですけどぉ?」


 理事長は頭を抱えていた。どうしたんだろう?

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賢者じゃないから 清水裕 @Yutaka_Shimizu

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