6-4.マーナと模擬戦闘(パーティー戦)

「皆さん。マーナ君……モンスターとの戦いはどうでしたか? 対人戦とは違った戦いかたをしなければいけないということもあったでしょうし、同じような体格をした野犬や軍用犬と比べたとしてもはっきり言って素早さも体力も比べ物になりませんでしたよね?」


 疲れ果てた隊員たちへと乙女は言う。

 彼女の言葉に精神的に落ち込んでいるのか、それとも体力を使い切っているからか隊員たちは何も言えずに項垂れる。

 そんな隊員たちへ激励すべく隊長が前に出ると声をあげた。


「気を付け!」

「「「――ッ!! はっ!!」」」

「今回の戦闘訓練で現状行っている訓練での問題点に気づくことが出来た! 自分たちにはまだまだモンスターとの戦いが不慣れであることが最大の問題だ! さらに知識もない!

 だが、俺たちは未熟であるがゆえに、成長する余地はある!

 それを今回の訓練で俺たちは理解した。しかもグレートシールド嬢たちから聞いた話やこの間の現破治で遭遇したモンスターの容姿を考えれば現状の対人戦だけでは危険だと理解できた! だから今回の訓練は実りあるものであったと自負させてもらう!!」


 隊長の声に一斉に立ち上がった隊員たちへと隊長は熱弁をし、彼らを奮い立たせる。

 そうだ。自分たちはまだまだ成長できる! そう思いながら隊員たちの心が燃え上がっていく。

 そんな隊員たちへと……乙女が告げる。


「最後に今から名前を挙げる隊員たちのパーティーとマーナ君との模擬戦闘を行おうと思います。

 この模擬戦闘では十中八九、貴方がた隊員のプライドをへし折ると思います。

 ですが、モンスターにはこんなことが出来る種類も居るのだということを理解してほしいと思っています。

 では名前を呼びます――」


 乙女は6名の隊員の名前を口にする。

 選ばれた彼らは冒険者カードなしの状態でもスキルに目覚めかけているメンバーであることをシミィンとともに乙女が見定めた隊員たちであるのだが、呼ばれた隊員たちはどうして選ばれたのかは彼らには分からないようであった。


「模擬戦闘ではゴムナイフだけではなく、こちらのゴム弾が装填された銃の使用も許可します。あとは現状のものよりも強度が高いプロテクターに着替えてください。

 ……それと今回の模擬戦闘の目的は『どれだけの時間生き延びれるか』となっています」

『『『え……』』』


 乙女の言葉に隊員たちはイヤな予感を感じた。

 しかし、参加を辞退することはムリだと判断したようで……隊員たちは準備を始める。

 サブマシンガン、ショットガン、アサルトライフルなど彼らが使い慣れた銃を手にし、何かの皮を鞣して創られたらしいレザー製のプロテクターを装着するが……先ほどまで着ていた防弾防刃などの機能が詰め込まれたプロテクターよりも軽く、心許なく感じてしまう代物に思えてしまうものであった。

 というよりも、プロテクターというよりもファンタジーに出てくるようなレザーアーマーとでも呼ぶべき防具だ。

 そんな彼らが模擬戦闘準備を行う中、他の隊員たちと乙女は外周の観客席へと移動をしバトルフィールド内を見守る。……のだが、6人の隊員たちとマーナとともにバトルフィールド内に残っていた人物に隊長が気づき怪訝そうな表情で乙女に問いかける。


「――って、ボス。あの子は残ってるけど、大丈夫なのか?」

「はい、彼女はこれから行われる模擬戦闘でマーナ君とパートナーとなるそうなので、バトルフィールド内に残っています」

「彼と共に戦うパートナーということか……、だがあの少女はイミティ氏と違って普通の人間なんだよな?」


 乙女の言葉に納得しつつも、隊長の目にはあの場に居るシミィンが鍛えられた歴戦の強者であるようにも見えないし、それどころか華奢な少女としか思えない。

 そんな隊長の問いかけに若干の苦笑を浮かべながら乙女は返事をする。


「普通の人間って……いえ、なんでもありません。そうですね。彼女は何の力も持たない人間です。ですがマーナ君の本来の力を解放するためには自分も一緒に居なければいけないと言っていましたので」

「……なるほど。つまりは彼と心から繋がった瞬間にどう動けばいいとか理解したということか」


 乙女の言葉に納得しながら隊長はひとり頷く。

 実際はそう言うことではないのだが……、そう思っていてくれたら良いと思いながら乙女はバトルフィールド内に視線を移す。

 一方、マーナと対峙する6人の隊員たちも何故そこにマーナの飼い主だと紹介された少女が残っているのかと戸惑っている様子であったが、彼女がマーナへと手を向けて何かを口にした瞬間に戸惑いは驚愕へと変わった――。


「マーナ、――≪リリース解放≫」

『アオオオオオオォォォ~~~~ンッ!!』


 シミィンが何らかの言葉を口にした瞬間、バトルフィールドの中を震わすほどの雄叫びがマーナの口から放たれ、全身の体毛を逆立てた。

 するとマーナの体が眩く光り、光の中で子犬のようだった小柄な体格がぐんぐんと膨れていき、光が収まるとマーナが居た場所には全長が3メートル強のシベリアンハスキーのような見た目をした四つ足の動物が居た。

 その場に居たのはマーナであるからマーナであると理解するのだが、その見た目はまさにオオカミと呼ばれてもおかしくはなく、顔つきも先ほどまで感じられた愛嬌のある可愛らしいものではない。犬のようであったそれは凛々しくスラッとしたものへと変化し、まるで野生の中で光る美しさを感じさせた。

 そんな変化したマーナの姿に隊員たちはみな驚きを見せており、バトルフィールド内でマーナと対峙する6人の隊員たちは力の開放時に放たれた雄叫びの威力とマーナから感じられる強者の気配にフリーズしている。

 しかし、そんな隊員たちの混乱を破ったのは乙女が放った柏手と続けて口から出た言葉であった。(実際には混乱を回復させ、精神を平常に戻す魔法を放ったのだが隊員たちは気づいていない)


「このように貴方がたが出会うこととなるモンスターの中には、真の力を隠した存在や相手を下に見て本気になることがない存在も居ます。……さて、バトルフィールド内にいる皆さん、模擬戦闘の準備はよろしいですか?」

「「「っっ!! は、はいっ!!」」」

「今のようにマーナ君の気配に威圧されたり雄叫びに恐怖していますが、これが模擬戦闘でなければ固まってしまっている間に殺されてしまうかも知れませんので注意してくださいね?」


 正気を取り戻した隊員たちへと乙女が告げると、その言葉に一斉に一瞬だけ顔をしかめる。

 しかし、すぐに先頭に移るべくそれぞれの立ち位置に移動し、武装を構える。

 ナイフを逆手に構えハンドガンを持ち、牽制してのショットガンを握り、狙いすますようにアサルトライフルを、範囲攻撃に最適なサブマシンガン。

 それらを対面するマーナに向けながら、隊員たちは模擬戦闘の開始を待つ。


「マーナ君のほうは準備万端で良いですね? そちらも大丈夫ですか?」

「「「問題ありません!」」」

「大丈夫……」

『アォン!』

「では、これより模擬戦闘を行いたいと思います。戦闘――開始!」


 隊員たちとマーナたちへと確認し、全員から返事を貰う。

 そして一般人と思われてるシミィンはマーナの後ろへと下がって戦闘の妨げにならないように移動するのを見届けると乙女は挙げた手を掛け声とともに下ろし模擬戦闘は始まった。


 ●


「サブマシンガン、対象をかく乱!」

「「了解!」」


 指示役となっている隊員が言った瞬間、サブマシンガンを持った隊員たちが返事とともに素早く狙いを定めるとマーナに向けてゴム弾が炸裂音とともに連続的に放たれる。

 しかし、2丁のサブマシンガンからゴム弾が放たれた時には既にマーナはその場には立っておらずゴム弾はマーナが居た場所を通り抜けて地面や壁に当たっていく。

 それを見た隊員たちは驚つつも、即座にマーナの襲撃に備えて周囲の索敵を行う。

 だが――、


『――ウォン!』

「ぐはっ!?」

「な――っ!? くそっ! 大じょ――ぐぁ!?」

「「うわっ!?」」

「あ、モフモ――ぐはぁぁっ!?」

「く――このっ!! ――なっ!? 効いてない!?」


 鋭く切れのある鳴き声が隊員たちのすぐ隣から聞こえた瞬間、マーナの電光石火のごとき体当たりが隊員のひとりを吹き飛ばし、その体を壁へと叩きつけた。

 どこからともなく突然現れ仲間を吹き飛ばしたように見えたマーナの姿に驚く隊員たちであったが、仲間の心配をしながらも即座にその場から離れようと脚に力を加える。

 だが、彼らがその場から逃げ出すよりも先に、自分たちはすでにマーナにとっての攻撃範囲の内側に入っているということを……マーナがその場でグルリと回り、自分たちを吹き飛ばしたときにようやく気づいた。

 しかし、回ったマーナの外側に居たために隊員のひとりは比較的ダメージが浅かったらしく反撃として手に持ったゴムナイフを振るう。けれど、マーナの脇腹へと振るわれたゴムナイフはまるで金属を叩いたかのように硬く、その攻撃が効いている様子はなかった。

 そのことに驚き、隊員は目を見開くが……反撃とばかりにイヌパン――ではなくオオカミパンチが放たれ、他の隊員たちと同じように彼も壁に吹き飛ばされてしまった。


『ゥワオ~~ンッ!!』

「そこまで! この勝負はマーナ君の勝ちとします!!」


 勝利、それを理解しているのかマーナが天高く鳴くと試合終了の合図を乙女が告げた。

 勝ったから誉めてというように、マーナは後ろに下がっていたシミィンに近づきながら尻尾をブンブン振い顔を舐める。

 一方で壁に叩きつけられた隊員たちへと観客席にいた仲間たちが、彼らの無事を確かめるべくバトルフィールド内に入っていき声をかけていた。


「おい、大丈夫か!?」

「ぁ、ああ……ちょっと背中が痛いけど、問題はないと思う。み、皆は?」

「そうか。他も……同じような感じだ」

「そうか……」


 声をかけられた隊員はヒリヒリと痛む背中を軽く擦りながら体を起こし、共に戦っていた仲間の心配をすると同じように無事を確かめていた仲間のハンドサインで彼らの状態を理解して安堵していた。

 そして落ち着いてきたと共に立ち上がった隊員はハァとため息を吐くと見るからに落ち込む。


「惨敗だったな……。少しは戦えると思ったんだけど……。けど、職業軍人だったとしても特殊な力に目覚めていない普通の人間がモンスターと戦ったら普通に危険と言うことは改めて理解出来たな」

「ああ、俺たちも見てたから判る。しかも、現破治みたいなことが起きたときに別世界から流れてくるモンスターにはあのマーナよりも強いのがいっぱいいるみたいだし、蹂躙劇の始まりとなっちまうな……」

「そうならないための打開策として、乙女様とイミティ氏が超常的な力を普通の人間でも発揮できるようにしているってことだ」

「「隊長!」」


 彼らの前に乙女と隊長が現れ、全員が立ち上がると敬礼する。

 そんな彼らの敬礼を手で軽く解除させるとプロテクターを装着している隊員たちを見る。


「お前たち、体のダメージのほうはどうだ?」

「えっと……壁に打ったため、まだ背中は痛いですが骨が折れているといった様子はありません」

「なるほど。お前たちが着用しているそれは、イミティ氏が製作したモンスターの皮で作られたものだそうだが問題は無さそうだな――っと、プロテクターが心許ないって思ってたみたいだけどそれらの衝撃吸収能力は半端ないって話だ」


 その言葉に異世界の技術が盛り込まれているということに驚きつつも、普通のプロテクターであれば背中を打ちつけたとき骨にヒビが入ってたのではないかと隊員たちは思いはじめる。

 事実、後日にイミティシミィンが製作したそのプロテクターという名のレザーアーマーの耐久性を調べたところ、それだけでなら巨大な鉄球に50回は潰されても壊れることはなかったという。


「理事長、これからどうするの?」

「えぇっと……どうしましょうか? もう一戦、は難しそうですね」


 話しあっている隊員たちの元へと、マーナを連れたシミィンが近づき尋ねる。

 その言葉に乙女は悩みつつ、隊員たちを見るが……勘弁というように首を振るうのが見えた。


「でしたら、ミトリゲイコというものをしてみたらどうでしょうか?」

「え、あ、イ――イミティさん!?」

「ごきげんよう、ヒジリさま」


 悩んでいる一同のもとへと、観客席の脇からイミティが現れ声をかける。

 突然現れた彼女にどういうわけか乙女は驚き、シミィンと交互に見るが誰も気づくようすはない。

 一方で現れたイミティへと隊員たちの視線は向き、近づいてくる彼女の神秘的な美貌にすこしながら見惚れてしまう。

 そんな彼女がシミィンたちと隊員の間に立つと、彼女は説明する。


「中央に立たせた隊員たちにヒジリさまが強化魔法を付与し、マーナさんにバトルフィールド内を猛スピードで走ってもらいます。それを彼らが見失わないように見続けるというものです」

「……なるほど。アレだけのスピードを出すマーナくんの速さに少しでも目で追いつけるようにか。中々面白そうだ」


 イミティの言葉に隊長は頷き、ニィと笑みを浮かべる。

 その笑みを見て、隊長の性格を理解している隊員たちは顔を青くさせた。

 その後、マーナのスタミナが消耗しきるまでバトルフィールド内を縦横無尽に疾走するマーナを隊員たちは見続けることとなった。

 マーナが疾走する際に生み出された突風、獣臭、時折聞こえる唸り声、それはまるで4DX上映で映画を見ているようであるが、その経験が後の戦闘に活かされることになるかはまだ誰も知らないのだった……。

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