6-3.訓練見学からのマーナの模擬戦闘
バトルフィールドのなかに入ると理事長といっしょに外周の外にある観客席にすわる。
マーナもいっしょに付いてきてバトルフィールドのほうへと顔を向けている。
そしてバトルフィールドでは理事長の私兵とりりすが訓練している様子が見えた。
とはいっても私兵の人たちは模擬戦闘を行っているけれど、りりすは……バトルフィールドの外周をひぃひぃと走っていた。
『ひぃ~、ひぃ~~……、も、もう限界っすよぉ~……』
『まだまだ! まだいける! 限界のその先を目指すんだ!!』
『ひっ、ひぃ~~……!』
『ほら、もっと腕を振り上げて! ファイオッ、ファイオッ!』
「あの人は?」
必死に走るりりすに応援する私兵の女性。それが誰かと理事長に尋ねると休日に昭和のスポコンドラマ視聴をしながら酒を呑むのが趣味な人らしい。
あ、うん、昭和のスポコンってあんな感じなんだ……。
ちなみに私兵の人たちは迷彩柄のズボンとか上着、またはタンクトップを着ているけどりりすは迷彩柄の上下にボディーアーマーという重装備なのはどうしてだろう?
『重いっすー……、疲れたっすー……、休憩したいっすー……!』
『諦めるな! モンスターとの戦いだと色々持って移動しなくてはいけないと聞いた。だから、その重量に慣れるんだ!!』
「ああ、そういえば理事長とかアレとかはアイテムボックス持ってるし、わたしも倉庫持ってるけど……ほかの人はないんだった」
「はい、ダンジョンに入ることとなった場合はドロップアイテムや持ち込む道具などを考えないと重量で動きが取れなくなりますからね」
りりすの格好、それがステータスを手に入れてモンスターと戦うことになる普通の人たちの基本的な格好になると思う。
たぶん……防具と武器で15キロ近くあるように見えた。
それがナイフだからだろうけど、銃とか剣とかだともっと重くなると思う。
モンスターからの攻撃を防ぐ防具、戦うための武器。ひとつひとつがおろそかにしたら命取りになるだろうし、りりすがやっている行動は必要なことなんだと理解できた。
「それにしても重そう……」
「男性でも鍛えていないとかなりキツイという話ですから」
『走れ、走るんだ! まずはその装備でしっかり走れるぐらいの力をつけるぞ!!』
『うちはムキムキマッチョになんてなりたくないっすーー!』
そんな風に泣きつづけながら走るりりすから目線をそらして、今度はバトルフィールドの真ん中あたりで訓練をする私兵の人たちを見る。
彼らはゴム製のナイフを手に1対1の模擬戦闘を行っていて、ナイフを片手に攻防をおこない、時にはキックやパンチといった格闘戦も織り交ぜていた。
たぶん、対人だといい感じの対処になるみたいだけど、モンスターとの戦いを想定していないように見える。
「理事長、あの人たちはモンスターと戦った?」
「一応現破治での戦いに参加しましたが何か気になることがありましたか?」
「うん、モンスターとの戦いよりも人との戦いを想定してるようにしか見えないのが気になった」
「……ああ、そうですね。ゴブリンはもっと小さいですし、オークは大きいうえに肉厚、それにモンスターが全部人型というわけではありませんよね。
四足のモンスターで言えばウルフが居ますし、空を飛ぶ鳥タイプのモンスターも居ますね。そして見た目で忌避感を抱く虫タイプもいます。さらにはスライムのような不定形のモンスターも居ますし対人だと厳しいですね」
わたしが言ったことでようやく理事長もモンスターとの戦闘を想定した訓練でないと理解したみたいで顔をしかめている。
まあ、しかたないと思う。だって理事長はモンスターとの戦いからずっと離れていたんだし、しかも後衛。
だからアドバイスなんて出せないと思う。でもアレらにたいしては文句は言いたい。
「けど、アレらは私兵の人たちの訓練を見てたらアドバイスは出せたと思うのに……」
「彼女たちは彼女たちで頑張っているので、ダメな印象は持たないで上げてください。それに元々の地力が違いますから……」
「わかってるけど、どうにか出来ないかな?」
『シミィン、シミィン! アレなにアレ! すげーおもしろそう!! みんな動いてて楽しそう!』
モヤモヤとした気持ちを抱いていたわたしだったけど、訓練をしている私兵の人たちを見ていたマーナが瞳をキラキラさせながら見ていた。……あ、訓練できそうかも。
浮かんだ考えをしてもいいか尋ねるように理事長を見ると同じことを考えていたみたいでこっちを見ている。
「只野さん……あの」
「最後まで言わなくてもいいよ。マーナ、遊んでるけど向こうも攻撃してきて痛いことあるけど……遊んでみたい?」
『うん! オレつえーから、いいよ! それにちちうえや、ははうえみたいに強くなりたいもん!!』
「マーナくんはなんて言ってるんですか?」
「強くなりたいって言ってる。でも、条件としては金属製の武器の使用は禁止で致命傷のある攻撃も禁止。それでいい?」
「でしたら今の状況と同じようにゴムナイフを使用しましょう。そしてマーナくんは体を切り落とすといった攻撃は禁止で良いですか?」
『うん、殺さないようにしたらいいんだな!』
「わかったって」
「ありがとうございます。それでは隊長さんとちょっと話をしてきますね」
礼を言ってから理事長は立ち上がるとバトルフィールドのギリギリまで向かい、私兵のひとに声をかけて隊長を呼び出していた。
呼び出された隊長は驚きとどうじに納得した様子で頷いていて、想定していた戦闘とは違った戦いも必要だと理解したようだった。
一方でマーナはやる気じゅうぶんといった感じにしっぽをブンブンと振っている。
『シミィンにいいとこ見せるから!』
自信たっぷりに言ってるけど、何だか不安になっちゃう。
まあ、大丈夫……だよね?
●
※ 三人称視点 ※
元々超常的な現象に対しての対処を行うために発足された聖財閥の私兵部隊。
初めは道楽の類かと思われていた隊員たちであったが、少し前から超常的な現象が本格的に起きるようになり聖財閥が本気であることを彼らは理解した。
同時にいったいこの世界に何が起きているのかという恐怖を感じつつも、聖財閥の当主である聖乙女について行けば問題はないという想いもあった。
そんな若干崇拝されつつあるような乙女のために隊員たちは日夜モンスターと戦うときのための訓練として模擬戦闘を行い続けていた。
というか彼らが居るこの空間自体が超常的な現象の塊であり、利用当初は戸惑っていたのだがあっという間に慣れてしまい気にしなくなっていた。
いちいち人目につかない郊外まで移動か県外の自衛隊の基地の一角を借りての訓練では移動するまでの時間もかかるし、満足のいく訓練は出来ない。
しかし超常的な能力で作製されたこの空間は敷地内での移動で十分な上に、空間内の設定によってはある程度のフィードバックを行ってくれるために本気を出した訓練も可能となっているため、この空間の利用は彼らにとっては大変助かるものとなっていた。
そして、この日も少し前から財閥当主である乙女の庇護下に置かれるようになった佐久羽莉々須と呼ばれた女性のための訓練と生き残るための模擬戦闘を織り交ぜながらの訓練を繰り広げるだけだと思われていたのだが、何時の間にかバトルフィールド外周で見学をしていた乙女の提案で模擬戦闘が行われることとなった。
……のだが、バトルフィールドで迎え撃つ対戦相手に隊員たちは困惑していた。
「なあ、オレの目が確かなら……目の前にいるのって犬、だよな?」
「ああ……俺の目も確かだと思うぜ。紛うことなき犬に見えるぜ」
「乙女様からはモンスターと聞いているんだが……、犬、だよな?」
『ワンワンッ! ハッハッハッハッハ……ッ!』
((((どう見ても犬だ!))))
困惑するのは無理もないだろう。
何故なら彼らが訓練を行う相手はどう見ても子犬のような見た目をしたモンスター……というか完全に犬だ。
しかもモンスターであるらしい犬は訓練に対してやる気満々といったアピールをするように尻尾を左右にブンブン振りつつ、その側に立っている飼い主である地味な見た目をした中学生ほどの見た目をした少女――シミィンをチラチラ見ていた。
――少女。
乙女とともに居たシミィンを遠目から確認した隊員たちが見たときはこの特殊空間を作り出したという異世界の賢者の弟子であるイミティと名乗ったあの白銀に輝く美しい女性かと思われた。
だが、改めて乙女とともに居た少女を間近で見ると、その見た目はどことなくイミティに似た印象があるも、地味っぽさが際立っていたため違っていたため別人だと判断した。
けれど目の前に立つ地味な少女と、犬にしか見えないモンスターという奇妙な訓練相手には目には見えないけれども強固な絆が紡がれているということが彼らの目にも明らかであった。
「あれ、あの女の子ってどこかで……」
「それではルールをもう一度説明します。今回は対モンスターとの戦闘訓練の一環として彼女がテイムをしたモンスターとの戦闘を行うこととなります。
まずは各隊員と一対一での模擬戦闘を行い、人型以外のモンスターとの戦いかたを理解してもらいたいと思います。
それと今回の訓練は彼女の善意での協力であるため、こちらが使用する武器は殺傷力が低いゴムナイフのみとなります。対戦相手であるマーナ君もそちらへの危険な攻撃を行わないと約束しているので安心してください」
「まあ、つまりはモンスターとの戦闘をまともにしたことがない俺たちにちゃんとしたモンスターとの白兵戦の体験をしろということだな。前回の現破治で行った戦闘では走行中の軍用車からの銃撃戦が主だっただろう? それも特殊な弾丸を使用しての」
一瞬、莉々須が何か言おうとしたが、彼女の言葉は乙女の戦闘訓練の概要と隊長の軽口によりあっさりと流されてしまったようで気にする者は居ない。
一方で隊長の軽口の中には、この訓練でしっかりと足りない箇所を学べと言う意図が隠されていると理解し、彼らは敬意を持って相手であるマーナを見据える。
すると戦う意志を固めたということを理解したのか、その気迫に感化されるようにマーナと呼ばれた犬――もといオオカミタイプのモンスターは尻尾をピンと立てながら『ワンッ!』と吠えた。
そうしてマーナと隊員たちとの一対一での訓練は始まった。
ある隊員は小動物のようなマーナにゴムナイフを振るうも跳ねるように移動をするマーナの動きに翻弄されながら、何度も振るうゴムナイフを回避されてしまい代わりに体へと体当たりを受けて吹き飛び。
ある隊員は見た目が小動物であるマーナに対して、モンスターなのだからと容赦はしないとゴムナイフでの攻撃だけでなく空いた拳や脚を使った格闘も使用し、勝利をもぎ取った。
またある隊員は犬好きだったことが敗因となってしまい……プルプル震えてるところにマーナが揶揄っているかのようにその場でごろんと転がって可愛さアピールをした瞬間にメロメロになって降参。
別の隊員は基本銃撃戦がメインであったからか、銃が使えない白兵戦は不慣れであったことを実感させられていた。
そんな様々な隊員との訓練が繰り広げられているのだが、マーナの体力はかなりあるのか休むことなく動き続けていた。
「マーナ君、スタミナありますね。それに頑丈です」
「うん、わたしが錬金している間はほとんどボール遊びをしてたから、体力には自信がある……と思う。あと、何人かの隊員……無意識に『身体強化』を使いはじめてるね」
「はい。ですが自分では使えないと思うので、それを後押しするのがカードになると思いますね。ですので近いうちにカードを登録して自身のステータスを理解してもらおうと思います」
「良いと思う。けど、ステータスだけが力じゃないって言うことは理解しておかないと危険」
「それはあちらで痛いほどわかっています……」
マーナと隊員たちとの訓練が一巡するまで、2人の会話は続いた。
そして、疲れ果てて地面に座る隊員たちの前でマーナはシミィンから差し出された器に入ったエルダーフラワーシロップ入りの水を飲んで尻尾を震わせていた。
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