12-4.魔改造【別視点】

 再び目が覚めた瞬間、全身を襲ってきたのは凍えるような寒気と強烈な吐き気。

 その吐き気に従うがままにえずくと吐瀉物とともに血が落ちる。そして立ち上がろうとしたが力が入らず……昨日の夜と同じように血まみれの吐瀉物に顔をダイブさせてしまう。

 鼻につくツンとした刺激臭と鉄さびのにおい。

 ……人間にとって魔の力はこれほどまでに相性が悪いということを、我は身をもって痛感した。

 だが同時に感じる魔の力の高揚感に酔いしれながら、我は勇者を誘き寄せるためにミラーとかいう魔族の核を砕き空間に衝撃を与えた。やつの記憶を読み取る限り、これで我の世界とつながるはず……。

 時期に現れるモンスターによって、この街は地獄となるだろう。そのときが楽しみだ。

 そう思いながら笑いそうになる我だったが……またも意識が朦朧としはじめ、これから起きる惨劇に期待しながら意識を手放した。


「――――――か、は」


 一瞬感じた激痛、だがそれは夢だったかのように世界は暗く閉ざされた。


 ●


 次に目が覚めたとき……頭の中を激しい狂気に侵されていた。


 ――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 ――破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ破壊せよ。

 ――喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ。


 思考を埋め尽くすのは単調な命令。

 しかし、埋め尽くす命令に逆らうことが出来ず、少しでも逆らおうとすれば我の精神と魂は擦切られるほどの痛みを与えられた。

 例えるならば足先からミキサーにかけられるようなものだった。

 だから我は頭の中を襲う強烈な殺戮衝動、破壊衝動、食欲衝動に抗うことなど出来なかった。いや、抗おうとしたが……擦り切れていくたびに存在が消されてしまい、抗う気力が失われたという方が確かか……。


 そして気づけば我にはまともな理性などなくなり、向こう側から来たらしい街中をうろついていたゴブリン、オークといったモンスターを殺し、潰し、喰らいながらどこかへと移動していた。

 あとで分かったことだが、向いていたのは勇者が居るほうだった。だから、我がその場所に移動していたのは心の奥底にある勇者への憎悪が働いたのかも知れない。

 そして移動した先に奴はいた。あの魔族の記憶から見た転生して女となった勇者がモンスターと戦っていた!

 我は歓喜した。

 勇者、勇者だ! 我はこいつを殺す。我は魔王だ。だから勇者を殺す権利がある。だから我に殺されろ、勇者よ!!

 心の中を占める憎悪に従うままに我は吼えながら、勇者に襲い掛かる。


「――っ! ――っ!!」


 勇者が何かを叫んでるが知らん。命乞いか? だがそんなことは知ったことではない。

 そう思いながら半ば無意識に体を動かしていたが、体を動かすたびに自分という存在が消えていくような感覚がした。

 ……何が起きているのかは分からない。ただ、心臓からじわじわと広がるように黒い感情が広がり、思考が削られていく。

 結果、我の体の所有権も何かに奪われているような感覚……、思考も暴れまわる理性の無いモンスターのように短絡的なものへと変化していくことに気づいた。

 そんな中で勇者どもは我に対して攻撃を仕掛けていたが、所詮は羽虫の集まり。我には痛くもかゆくもなかった。いや、痛いはずなのに憎しみに心を蝕んでいたため痛みが理解できなくなっていた。

 だが、自分の意志で体が動かせないのは腹立たしい。


『この体は我のものだ! 我に体の主導権を返せ!!』


 心の中で叫んでも、まるで体中を強固な鎖で縛られたかのように体は自らの意思では動かせない。

 そんな中で、我を庇うかのように壊れかけの人形が……いや、こやつは、我が創った……。そうだ。オネット。オネットだ。

 そこに立つしもべへと名前を口にしようとする。しかし、口はまったく動かない。いや、動くことは動くが、自分の意志とは関係がない獣のような唸り声だけが出てくる。

 そして最悪なことに……目の前のこやつに対して、我はと思ってしまった。

 何があったのか分からぬが、ボロボロとなってしまった見た目。魔力供給もまともにされていないであろう不自由な体の動かしかた。けれど、その体から漂う……とくに両目から漂う魔石の匂いに我は舌なめずりを起こす。

 ……待て、何を考えている? 我にとって、こやつはしもべであり、従順な部下であり、大事な子のような存在だっただろう?

 なのに何故、何故そんな感情を抱く? やめろ、我はそれを望んでいない。

 望んでいないというのに、我の腕はこやつを……オネットへと伸び、掴む。


『やめろ! やめろと言っている!! 我の体なのだろう!? 何故我の意志で動かせぬ!?』


 擦り切れそうになっていた意思を奮い起こすように我は叫ぶ。

 しかし、ゆっくりと我の腕は動き、掴まれたオネットは我を見た。


「どう、ぞ……」


 そう言って、ほほえむオネットを我は食べた。

 こんなことをしたくはなかった。何故、何故我はオネットを食ったのだ? 答えろ、教えてくれ!?

 我の意志と関係なく口が動くたびにオネットの四肢が口の中でゴリゴリと噛み砕かれる感触がし、ゴクリと噛み砕いたオネットを呑み込む……。

 直後、体の奥底から激しく黒い熱が沸き上がり……それに従うようにしてパキパキと肉体は変化を始めた。

 肉体が変化がする一方で、我の意識が少しずつ沼に沈むかのように沈んでいき……最後には闇に呑みこまれてしまった。


 我は……、いったい、どうなるのだ……?


 ●


 暗闇の中、かつて見たことがある輝きにぼんやりとした思考が回り出し、瞳に光が宿る。


『……我は、だれだ……? 思い、だせない……』


 だが、こちらへと駆けてくる娘に激しい怒りが込み上げてくる。

 それに付き従う2人の娘にも腹が立つ。だけど、駆けてくる娘に激しく苛立つ。

 自分が誰かは分からない。だけど、相手が誰かはわかる。

 勇者、勇者だ。我が倒すべき存在だ!!


『ゆう、しゃ……! 勇者あああああああああああっ!!』


 心の底からの叫びが咆哮となり、勇者に向けて放たれる。

 それに対して勇者は輝く剣を構え、振り下ろした。

 ――閃光。

 それはかつて見た輝き、照らさんばかりの輝きが闇を切り裂き、我を斬った。

 瞬間、空が見えた……気がした。同時に我は感じた。

 死を。それが自分にもついに来たのだと何故か思った瞬間、暗闇の中でいくつもの悲鳴が沸き上がる。

 いや違う、これは怨念。死した者たちの怨嗟の叫び。

 卵のように中で閉じ込められていた怨念が一斉に目を覚まし、外へと飛び出そうと暴れまわる。


『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』

『いやぁ! パパァァ、ママァァァァァッ!! 助けて、助けてよぉぉぉ!!』

『やめろ! やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!』

『やるなら私にしてぇ! この子を助けてっ!!』

『うわぁぁぁぁぁぁんっ! やだぁ、やだぁぁぁっ!!』


 しかし、外へと出れずもがき苦しみ続け、周囲から様々な声が響き渡る。

 恐れ、怖れ、嘆き、苦しみ、喜びや安らぎなどが一切感じられない怨嗟の悲鳴。

 声に混ざるようにして、こちらへと広がってくる負の感情に我の魂は晒される。

 その度に残っていた魂が削られ、理性も消失し、自分という存在が消えていく感覚がした。

 死を自覚していたというのに、こんな結末を迎えるというのか?


 いやだ。いやだいやだいやだ……!

 我は、我はこんな風に消えたくない、消えるはずがないのだ!

 我は、我は…………われは、だれだ?


 自分がいったい誰なのか分からない。だけどこのままこの黒い感情に呑みこまれるようにして消えたくない。それだけは理解できた。

 そんな我だったが、不意に誰かに手を引っ張られ……その存在に包まれる感覚を覚えた。

 ……あたたかい。


『大丈夫です、――様。わたくしめがお守りいたします。だから、今はしずかにお眠りくださいませ』


 我を信頼する優しい声が耳元に聞こえ、我は安らぎを覚える。

 だれだ、この者は……? われは、だれだ……?

 …………そんなの、どうでも、いいか……。

 心が白くなっていくのに従うように、我は眠りにつく。

 そんな我の周囲では、温かな声が聞こえる。


『ひかりだ……、ひかりがみえる……』

『あったかい……』

『パパ、ママ……、むかえにきてくれたんだ……』

『もう、いたくない……』

『ごめんね、助けられなくて……でも、もう離さないからね……』

『あははっ、あははははっ』


 この感情……ああ、……。

 そうだ。我は……そうだった。……あの瞬間、存在を歪められるまで、我は……ああ、ああ……。

 光りが見えた。同時に我の意志が浮上していくのを感じる。

 すると我を護ってくれていたいとし子が離れていく。


『また、お会いしましょう……』


 会えると確信しているように、いとし子は……オネットは微笑む。

 それに対して、我もこの世界に生まれ落ちて初めて純粋な微笑みを向けた。

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