10-2.その場に居ない者、背中を押す者(別視点)

 ✟ 乙女視点 ✟


 朝早く訪ねてきた只野さんが出ていって数時間、シャワーを浴びて汗を流し、着替えをし、朝食を食べてから溜まっている仕事に取り掛かっていますが……只野さんが差し出してきたポーションとアクセサリーの効果で疲れることはありません。

 ……突拍子もない行動に出やすいと思いますが、本当に彼女は根は悪い子じゃないんでしょうね。

 そんなことを考えていると部屋の扉がノックされ、返事を返すとじいやが入室してきます。


「お嬢様、只野様のアカウントへの入金が完了いたしました」

「ありがとうございます、じいや」

「いえ、この程度の雑事は構いません。……ですが、よろしかったのですか? いくらなんでも50万というのは多すぎるのでは……」

「まあ……そうでしょうね。ですが彼女が置いて行ったアクセサリーなどの値段を考えるとそれ以上の値段を支払うべきだと思います。ですが、彼女はきっとそれ以上の入金をすると絶対にこちらに乗り込んでくるでしょうし……」

「それは……ありえそうですね」


 本当ならばその4倍ぐらいの報酬を送りたいですよ。

 だって、彼女が何の気なしに創ったアクセサリーですが効果は抜群とのことでした。


 『体力回復』のペンダントを夜勤明けで疲れている護衛に渡して仮眠を取ってもらったところ、1時間で疲れが取れていたという報告が上がっていました。


 『身体強化』の指輪をはめれば戦闘力が上がっていました……実戦投入はまだですが、期待できると着けた本人は言っています。


 『速度上昇』のアンクレットを足首に巻き、訓練として屋敷の外周を走ってもらうとその人物のベストタイムを3分も縮めるという結果になりました。


 だからこのようなアイテムがあれば……私たちのように異世界を潜り抜けた者ではない、一般人でもモンスターと対抗できる可能性だってあるのですから。


「まあ、そんなことにならなければ良いんですけどね……」

「お嬢様?」

「いえ、なんでもありません。それで今日は用事などはありますか?」

「特にはございませんが……ああ、優木様たちから本日は現破治に遊びに行くと連絡をもらいました」

「現破治にですか? 珍しいですね」

「はい、ウォッチングしたいから行くのだそうです……」

「ああ、なるほど……」


 顔をしかめるじいやですが、優木さんのことですから女性の尻を追っかけることですね。

 そしてグレートシールドさんと半田さんは巻き込まれた形でしょう……ご愁傷様です。

 この場には居ない二人に心の中で手を合わせ、軽く休憩を挟みつつ仕事を再開させます。

 カチカチと時計の針が動く音、紙をめくる音が聞こえるほどに室内は静かでゆっくりと時間は進みます。

 時折コーヒーの香りと味を楽しんでいると、ポーンと30分を知らせる音が時計から鳴りました。

 その音に顔を上げ、時計を見ると時間は11時30分。あと30分でお昼ですか……。

 都合のいいところで一区切りしましょうか。

 そう考えながら積み上げられた書類を取ろうとした……瞬間でした。

 机の上に置かれたスマートフォンが震えました。この振動は通話ですね。


「誰からでしょうか……只野さん?」


 表示されている名前はつい先ほど新たに設定をした名前。

 ですが基本的には連絡はしてこないと思われていたのに、どうしたのでしょうか?

 もしかして入金されたことに対する文句ですか? そう思いながら通話ボタンを押し、只野さんの連絡を取ります。


「もしもし、只野さんですか? もしかして突然の送金に驚いたので――」

『理事長。あいさつは抜きにするけど、現破治でモンスターがでてくる。それもこれまでとは違って、大量のうえに強いのも混じるかも知れない』

「は、はい? え、どういうことですか?!」


 通話に出た私へと只野さんは間髪入れずに言いますが、こちらからは戸惑った声しか出ません。

 現破治でモンスターが出る? いったいどういうことですか??

 戸惑う私の様子に、何か良くないことが起きたことを察したようでじいやが近づいてきます。

 それを目で追いながら、只野さんの言葉を待ちます。


『どこかのバカが壁に魔力を叩きつけて、世界の境界を無理矢理叩き壊した。……そっちにモンスターと戦えと言わないけど、人を避難するために手を貸してほしい』

「わ、わかりました。じいや、至急関係各所に連絡をお願いします!」

「かしこまりました」


 私の言葉にじいやは返事をし、頭を下げますが……通話が終わり次第詳しく言いましょう。

 そう思っていると只野さんも急いでいたみたいで、通話が切られます。


『ん、よろしく……おねがいします。それじゃあ』

「任せてくださ――って言い終わる前に切られましたね。じいや、もう一度言いますが関係各所に連絡をお願いします。まもなく現破治でモンスターが大量に発生するそうです」

「な――っ!? し、至急連絡を行いますっ!!」


 改めて行った説明に驚いた様子を見せるじいやは急いで連絡を行うために行動を始めます。

 私も……グレートシールドさんに連絡を行いましょう。彼女なら的確な指示を行ってくれるでしょうし……。

 優木さん? 彼女に指示をさせるのは……基本的に『ガンガン行こうぜ』ですから。

 運悪くなのか、運良くなのか……現在、現破治に居るグレートシールドさんに連絡を行います。


『理事長ですか、どうかなさいましたの?』

「グレートシールドさん、まだ現破治に居ますか?」

『え? ええ、はい。四夜さん、半田さんも一緒です。それと……戦士、魔術師、格闘家とも再会しました』

「……それは好都合、と言えば良いでしょうか…………」


 戦力が増えるのは渡りに船と言えば良いでしょうけど、転生した彼らの強さがどれだけか分からないので不安ですね。

 戦力として見るべきですか?

 そんな私の様子に気づいたのか、グレートシールドさんは尋ねます。


『理事長? どこか焦っているように感じますが、どうかなさいましたの?』

「…………ある筋の情報から、まもなく現破治でモンスターが現れるそうです」

『っ!? そ、それは本当ですの!?』

『ナイト、どうしたの? 急に大きな声を出して』

『し、四夜さん。実は……』


 グレートシールドさんの近くで優木さんの声が聞こえ、戸惑いを孕んだグレートシールドさんの声が聞こえます。

 どうやら説明をしているようですね。そう思っていると、突然何かが砕けるような激しい音とノイズ音が聞こえました。


『っ!? な、――すの!? ――れは!?』

『ッッ!? あれ、オー――!? ――ブリ――も!』

『ち――、ワイ――ンッ!?』

『とに――く、避な――し――』

「っ!? グレートシールドさん! 優木さん! 半田さん!」


 何が起きたのか、それが分からないまま三人に向けて声を掛けますがこちらからの声は届かないようでした。

 そして聞こえていた通話も徐々に途切れ途切れとなり、最終的に通話は終了しました。

 ……電波障害が起きた……ということですよね。


「優木さん、グレートシールドさん、半田さん…………無事でいてください。そして只野さん……お願いします、皆さんを……護ってください」


 届かないであろう願いを呟きながら、手を組み……祈ります。

 どうか、皆さんが無事でありますように。


 ●


 ◆ 瑠奈視点 ◆


 ……トイレから戻ってきたシミィンちゃんの様子がおかしい。

 さっきまでは会話に参加していなかったけど、ちゃんと話を聞いてくれていたのに……今はどこか周りを警戒している? なんていうか、集中できていないようだった。

 何か、あったのかな? 聞いてみる? けど、なぁ……。でも……。


「……シ、シミィンちゃん」

「……………………なに?」

「その、さ。何か、あったの?」

「……まだない」

「でも……なんだか集中できてないじゃん」

「それあーしも思ってた。シミィンちゃんどしたん? 相談乗るよ」

「変なことが起きたからビクビクしてるとか~?」


 ツムとショーコも気になってたみたいで、話に乗っかかってきてくれた。

 そしてショーコの言葉で思い出したけど、空が変になったあたりからシミィンちゃんの様子は変だった。

 まるで何かが起きることを理解しているみたいに思えた。

 それもあるし、シミィンちゃんの雰囲気……なんだか覚えがあるんだよね。


「…………あ」

「どしたの瑠奈?」

「瑠奈っち、なんかあったの~?」

「ああ、いや、うん……」


 思い出した。

 シミィンちゃんの雰囲気、覚えがあると思ってたんだけど……これあれだ。アタシがシミィンちゃんと友達になりたいって思っててうだうだしてたときに似てるんだ。

 ってことは、シミィンちゃんも今悩んでたりする? それとも、迷ってるってやつ?

 これって悩んでいると自分じゃ解決しにくいんだよね。

 アタシの場合は悩んでいるのが何だって分かってたから、ツムとショーコがグイグイ押してくれたから何とかなったんだけど……、シミィンちゃんって相談してくれなさそうだから抱え込んじゃってそう。

 でも、悩んでいるシミィンちゃんを放ってはおけないかな。だって、アタシはシミィンちゃんを友達だって思ってる。だから……、背中を押してみる。


「…………シミィンちゃん、何があったのかわかんないけど……アタシらは良いから行ってきなよ」

「え……」

「悩んでるんだよね? それって、アタシらがいるから? でも、行きたいならさ、行ってきなよ」

「…………でも、伊地輪たちが……」

「アタシらは大丈夫だから。だからさ、行ってきなよ、行かないといけないんでしょ?」

「……………………………………………………」


 ちょっと、というかかなりキャラじゃないと思うけど、シミィンちゃんにはそう言ってあげないと分からないと思った。

 そんなアタシの言葉にシミィンちゃんは黙った。……気、悪くしちゃったかな?

 また遊んでくれるか分からないのに、こんなことを言ったら次はないかも。そんな不安が頭の中に浮かぶけど、アタシの言葉は本心だった。

 だって、いつも静かなシミィンちゃんだけど……今みたいに何かに悩みすぎてるとか迷ってる姿なんて似合わないと思う。

 そう思ってるとシミィンちゃんがポシェットから何かを取りだした。


「「「え、えぇ……? え?」」」


 瞬間、アタシらの口から声が漏れた。

 ……いや、ちょっと待って、シミィンちゃん。そのポシェット、どう見てもそんな大きさの物入るサイズじゃないよね?

 ツムとショーコを見たけど、同じことを思っているみたいでよく分からないといった風に首を振っている。

 それほどまでに、シミィンちゃんの取りだした……が異様だった。

 お坊さんが持っているような、上に輪っかがいっぱいついててシャラシャラ鳴るような杖。……確か錫杖っていうタイプだよね?


「……伊地輪、これ持ってて」

「え、あ、う……ん?」

、これをギュッと握りながら『助けて』って強く想って……そうしたら大丈夫だから」

「わ、わか……った??」


 怖いことって、何か起きること前程で話してるよね、シミィンちゃん。

 というか想ったら何か起きるの? いろいろと聞きたいことが思い浮かぶけど、この錫杖を渡すだけ渡して満足したみたいでシミィンちゃんは立ちあがった。

 そんなシミィンちゃんからはさっきまで感じてた不安な様子なんて感じられない。


「……ありがと。ちょっと行ってくる」

「っ!? う、うん、気をつけてね。シミィンちゃん!」

「ん、ありがと。それじゃあ、またあとでね」


 アタシらにそう言うとシミィンちゃんは店内から出ていった。

 たぶん、これで良かったと思う。


「とりあえず、あーしら……どうする?」

「シミィンちゃんみたいに、うちらも外に出る~?」

「……ここで待ってよ。シミィンちゃんも、やることやったらここに戻って来るかもだしさ」


 ツムとショーコの言葉にアタシは言う。

 そんなアタシをふたりは見てたけど、諦めたように背中を座席の背もたれに深く沈めた。


「そだね。んじゃ、待ってようか」

「じゃあ、デザートでも食べようよ~」


 呆れて帰るなんてことをしないで、待っていてくれる面倒見のいいツムとショーコに感謝しながらアタシもメニューを見ることにした。

 もらった錫杖? それはシミィンちゃんが座っていた椅子に掛けるようにして置いた。

 というか怖いことって何だろう?


 このときはまだ、出ていったシミィンちゃんも1時間ほどしたら用事を済ませて戻ってくる。そんな風に思っていた。

 だけど……パリンとガラスが割れるような音がどこかから響いた瞬間、ビルの外から悲鳴が聞こえ、現実ではありえないものが窓の外を飛んでいるのが見えて、アタシの日常が壊れたのを……知った。



 ―――――――――――――――

 次回からしばらく第三者視点になる予定です。

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